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1・先客
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本当に、この道であっているのかな。
公道からそれた砂利道を踏みしめながら、私はいよいよ不安になってくる。
すでに日は暮れていた。
キャリーケースを握りしめながら辺りを見回すと、うっそうと茂る木々の不気味な黒いシルエットに囲まれている。
なにかがひそんでいる気配を感じるのは、考えすぎだろうか。
だいじょうぶ。
誰もいない、誰もいない。
胸の中でくり返してみるけれど、自分の歩いている音が妙に響いていることが気になって、自然と早歩きになる。
春から高校生になるんだから、ここにひとりで暮らすんだから。
このくらい、平気にならないと。
曲がり道を越えたその先に、黒々とたたずむ家の影が現れた。
心臓が跳ね上がるほどびっくりしたけど、そんな自分を笑うくらいは余裕が出てくる。
あれはきっと、おばあちゃんがひとり暮らしをしていた古民家だ。
小走りでかけよって、スマホを電灯代わりに玄関を照らして鍵を開ける。
それなのに何度試しても、引き戸が開かなくて中に入れなかった。
私は焦りながらも、再び鍵を回して確認する。
「あれ、やっぱり鍵は開いているのに……あっ」
そういえば、少し浮かせるようにして開けなければいけないと、お母さんが文句を言っていた。
お母さんがおばあちゃんと住んでいた家のことを漏らしたのは珍しくて、よく覚えている。
私は引き手に指をかけて、お母さんの助言を参考に何度かチャレンジしてみたけれど、浮かせ方のコツをつかめていないのか、扉が開く様子はない。
このまま入れなければ、寝ることすらままならないのに。
不安に焦りはじめたとき、玄関の内側に明かりがともった。
あれ、空き家のはずなのに。
室内で人影が揺らぎ、玄関が開く。
目を疑った。
印象的な切れ長の目に見下ろされて、私はその場で固まる。
見たこともないような美形の男性だった。
透明感のある顔には上品で薄い唇と筋の通った鼻、色味の薄い整った眉が、理想的なバランスで配置されている。
それに反して服装はカジュアルで、すらりとした長身にかなりゆったりとしたパーカをはおり、ついているフードを目深にかぶっていた。
あのフードを利用している人、初めて見た。
「なんか用?」
のんきな言葉が投げかけられて、私は後ずさる。
人がいるなんて、聞いていない。
聞いてないよ、璃月さん。
助けを求めるように、今年28歳になる美人のいとこを思い浮かべる。
手際のいい璃月さんが、なにか間違えたのか。
──あはは、そんなこともあるある! いい人生経験だと思えばおもしろいでしょ!
……言いそうだ。
「なんか用?」
再び催促されて慌てて視線を上げると、黄色の瞳と目が合いどきりとする。
フードからはみ出ている頬にかかった金髪といい、まつげのふさふさぶりといい、海外から来た血筋の方だろうか。
同じくらいの年に見えるけれど、もっと年上にも、だけど年下のようにも思えて、結局わからない。
とりあえず、日本語が通じそうなのは助かった。
「あ、あの。ここの家、おばあちゃ、えっと……滝、綾子さんの家ですよね」
「そうだよ」
やっぱりおばあちゃんの家だとわかり、私はとりあえずほっとする。
問題はおばあちゃんちから出てきたあなたは誰でしょう、ということだけだ。
だけど率直に聞くのはどうも苦手で、私はおろおろしながらも、とりあえず名乗ってみる。
「あの。私、孫のうみです。白木うみ」
一瞬、電流に触れたような、鋭い緊張感が伝わってくる。
え?
私はその顔をまじまじと見つめたけれど、男の人は表情を変える様子もなかった。
緊張しているようには見えない。
だれど確かに感じた。
この人から、張り詰めた心の動きを。
でもそうだとすると、おかしいことがある。
「ああ、綾子の孫か」
おばあちゃんのこと、呼び捨て……?
確かに知り合いなら名前くらい呼ぶとは思うけれど、私と同じくらいの年にも見えるせいか、変な感じがする。
「あなたは、おばあちゃんの知り合いですか?」
「俺は冬霧」
「ふゆぎり?」
「そう。俺の名前。いいでしょ」
冬霧と名乗った男の人は、にっこりというかにやりというか、妙な笑い方をした。
「ねえ、うみ。残念だけど、綾子はいないんだ」
さっそく呼び捨てにされる。
そしてそこにこだわっても通じそうにない相手だということは、これまでのちょっとしたやりとりだけでなんとなく感じた。
私はいちいち指摘せず、話を進めることにする。
「あの、この家が空き家なのは知っています。私、今日からここにひとりで住むことになっていて、それで来たんですけど……」
なんであんたがいるの、と聞いていいのか迷いながら、私は今さらになって恐ろしいことに思い当たった。
もし彼が脱獄や窃盗をはじめ、なにかの犯罪者だと考えれば、空き家に無断で侵入している理由が簡単に説明できる。
血の気が引いていくのを感じながら立ち尽くしていると、冬霧は親切にも私の持っているキャリーケースに目をとめ、気さくに持ち上げてくれた。
「それなら、どうぞ」
「えっ」
冬霧はくるりと背を向け、玄関から顔を引っ込める。
「ちょっ、待っ……荷物!」
私は慌てて追いかけると、足元の引き戸レールに引っかかり、前のめりに転んだ。
つい手が出て、そのまま冬霧の背中にしがみつく。
その拍子に彼が来ていたパーカを引っ張ってしまい、フードがずりおちた。
そこからふさふさとした狐の耳が現れて、私は目を丸くする。
思わず腕に力が入ると、抱き着いている冬霧の腰の辺りから柔らかい感触が伝わってくることに気づいた。
「嘘……」
もふもふの尾が、パーカの裾からはみ出ている。
公道からそれた砂利道を踏みしめながら、私はいよいよ不安になってくる。
すでに日は暮れていた。
キャリーケースを握りしめながら辺りを見回すと、うっそうと茂る木々の不気味な黒いシルエットに囲まれている。
なにかがひそんでいる気配を感じるのは、考えすぎだろうか。
だいじょうぶ。
誰もいない、誰もいない。
胸の中でくり返してみるけれど、自分の歩いている音が妙に響いていることが気になって、自然と早歩きになる。
春から高校生になるんだから、ここにひとりで暮らすんだから。
このくらい、平気にならないと。
曲がり道を越えたその先に、黒々とたたずむ家の影が現れた。
心臓が跳ね上がるほどびっくりしたけど、そんな自分を笑うくらいは余裕が出てくる。
あれはきっと、おばあちゃんがひとり暮らしをしていた古民家だ。
小走りでかけよって、スマホを電灯代わりに玄関を照らして鍵を開ける。
それなのに何度試しても、引き戸が開かなくて中に入れなかった。
私は焦りながらも、再び鍵を回して確認する。
「あれ、やっぱり鍵は開いているのに……あっ」
そういえば、少し浮かせるようにして開けなければいけないと、お母さんが文句を言っていた。
お母さんがおばあちゃんと住んでいた家のことを漏らしたのは珍しくて、よく覚えている。
私は引き手に指をかけて、お母さんの助言を参考に何度かチャレンジしてみたけれど、浮かせ方のコツをつかめていないのか、扉が開く様子はない。
このまま入れなければ、寝ることすらままならないのに。
不安に焦りはじめたとき、玄関の内側に明かりがともった。
あれ、空き家のはずなのに。
室内で人影が揺らぎ、玄関が開く。
目を疑った。
印象的な切れ長の目に見下ろされて、私はその場で固まる。
見たこともないような美形の男性だった。
透明感のある顔には上品で薄い唇と筋の通った鼻、色味の薄い整った眉が、理想的なバランスで配置されている。
それに反して服装はカジュアルで、すらりとした長身にかなりゆったりとしたパーカをはおり、ついているフードを目深にかぶっていた。
あのフードを利用している人、初めて見た。
「なんか用?」
のんきな言葉が投げかけられて、私は後ずさる。
人がいるなんて、聞いていない。
聞いてないよ、璃月さん。
助けを求めるように、今年28歳になる美人のいとこを思い浮かべる。
手際のいい璃月さんが、なにか間違えたのか。
──あはは、そんなこともあるある! いい人生経験だと思えばおもしろいでしょ!
……言いそうだ。
「なんか用?」
再び催促されて慌てて視線を上げると、黄色の瞳と目が合いどきりとする。
フードからはみ出ている頬にかかった金髪といい、まつげのふさふさぶりといい、海外から来た血筋の方だろうか。
同じくらいの年に見えるけれど、もっと年上にも、だけど年下のようにも思えて、結局わからない。
とりあえず、日本語が通じそうなのは助かった。
「あ、あの。ここの家、おばあちゃ、えっと……滝、綾子さんの家ですよね」
「そうだよ」
やっぱりおばあちゃんの家だとわかり、私はとりあえずほっとする。
問題はおばあちゃんちから出てきたあなたは誰でしょう、ということだけだ。
だけど率直に聞くのはどうも苦手で、私はおろおろしながらも、とりあえず名乗ってみる。
「あの。私、孫のうみです。白木うみ」
一瞬、電流に触れたような、鋭い緊張感が伝わってくる。
え?
私はその顔をまじまじと見つめたけれど、男の人は表情を変える様子もなかった。
緊張しているようには見えない。
だれど確かに感じた。
この人から、張り詰めた心の動きを。
でもそうだとすると、おかしいことがある。
「ああ、綾子の孫か」
おばあちゃんのこと、呼び捨て……?
確かに知り合いなら名前くらい呼ぶとは思うけれど、私と同じくらいの年にも見えるせいか、変な感じがする。
「あなたは、おばあちゃんの知り合いですか?」
「俺は冬霧」
「ふゆぎり?」
「そう。俺の名前。いいでしょ」
冬霧と名乗った男の人は、にっこりというかにやりというか、妙な笑い方をした。
「ねえ、うみ。残念だけど、綾子はいないんだ」
さっそく呼び捨てにされる。
そしてそこにこだわっても通じそうにない相手だということは、これまでのちょっとしたやりとりだけでなんとなく感じた。
私はいちいち指摘せず、話を進めることにする。
「あの、この家が空き家なのは知っています。私、今日からここにひとりで住むことになっていて、それで来たんですけど……」
なんであんたがいるの、と聞いていいのか迷いながら、私は今さらになって恐ろしいことに思い当たった。
もし彼が脱獄や窃盗をはじめ、なにかの犯罪者だと考えれば、空き家に無断で侵入している理由が簡単に説明できる。
血の気が引いていくのを感じながら立ち尽くしていると、冬霧は親切にも私の持っているキャリーケースに目をとめ、気さくに持ち上げてくれた。
「それなら、どうぞ」
「えっ」
冬霧はくるりと背を向け、玄関から顔を引っ込める。
「ちょっ、待っ……荷物!」
私は慌てて追いかけると、足元の引き戸レールに引っかかり、前のめりに転んだ。
つい手が出て、そのまま冬霧の背中にしがみつく。
その拍子に彼が来ていたパーカを引っ張ってしまい、フードがずりおちた。
そこからふさふさとした狐の耳が現れて、私は目を丸くする。
思わず腕に力が入ると、抱き着いている冬霧の腰の辺りから柔らかい感触が伝わってくることに気づいた。
「嘘……」
もふもふの尾が、パーカの裾からはみ出ている。
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