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6・裏庭
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朝起きて障子戸を開けると、日光に満ちた居心地のよさそうな縁側が現れた。
乾いた板にそっと足を踏み入れると、風雨にさらされないようにガラス戸で守られていて、日差しがよく届く。
そこから見える家の裏手に、わずかな驚きがあった。
木々が広がる景色の中、手前は庭になっていて、その隅で冬霧が背中を丸めて屈みこんでいる。
私は玄関まで戻ってスニーカーを取ってくると、ガラス戸を開けて縁側から外に出た。
鳥たちのさえずりが澄んだ空気に冴えわたる。
森と庭の間は緩やかな境界線のように、枯草の下からフキノトウの群生が芽吹いていたり、小花がちらほら顔を出していた。
早朝のひんやりと流れる空気を胸いっぱいに吸い込む。
「なにしてるの?」
私が声をかけると、冬霧は耳を動かして振り向いた。
昨夜の悲しい気持ちが嘘みたいに、にこにこしている。
「おはよう、うみ」
冬霧の足元には縦長の植物の葉が数本、地面から膝のあたりまで突き上げるように伸びていた。
変わった観葉植物なのかもしれないけれど、少し大きすぎる気がする。
「これ、冬霧が育ててるの?」
「うん。昨日の味噌汁のネギだよ」
「えっ」
私は土からたくましく生えている野菜を見つめなおすと、確かにネギに見えてくる。
料理はお母さんに任せっぱなしだったし、ネギがどんな形で地面にはえているのかも考えたことすらなくて、言われるまでわからなかった。
「もしかして昨日の夕食は、ここでとれたものなの?」
「全部じゃないけどね。帽子かぶってスーパーも行くし。あ、盗んでないよ。綾子は俺があやかしの間も困らない様にって、へそくりの場所とか買い物の仕方とか、ちゃんと教えてくれてたから」
冬霧は数本生えたネギの根の周りの土を掘りおこしていたらしく、白い根元を掴みながら丁寧に引き抜く。
しめった土だらけのネギは、根も茎もがっしりとしていて、食べたときの歯ごたえも納得なほどたくましかった。
「ネギはもう終わりなんだ。綾子はネギが好きだから、また植えて食べられるようにするけどね。これからはいろんな野菜が育つ時期だし、今年はうみの好きな野菜も作りたいな」
「私?」
「うみはなにが好きなの?」
「私、好き嫌いないんだ。なんでも好き」
「へぇ、それはいいね」
「あ、でもトマトは大好き。にんじんも、じゃがいもも、ピーマンも、きゅうりも、キャベツも、だいこんも、かぼちゃに、枝豆と、それに、」
「すごいな。聞いておいて、もうくじけそうだ」
「全部は無理だね」
「でもやるよ。ほら、うみはパセリをとって」
「パセリもあるの?」
冬霧は地面置いていたはさみを持ち、チョキチョキして見せてから私に渡すと、少し離れたところを指し示す。
近づいてみると、こまかいブロッコリーのようなものが一株、生えている。
「はさみで、ぱちん、ぱちんって食べる分だけ切っていけばまた出てくるから、好きなだけとればいいよ」
「うん」
言われた通り、細い茎を切りながらてのひらに集めていくと、あっというまにこんもりとしたパセリの山が出来上がる。
顔を近づけると、爽やかなのに癖のある独特の香りがした。
「私、パセリは普段食べたことなかったけど……大丈夫かな。どうやって食べるの?」
「それならふりかけにしよう。白ごまと海苔とかつおぶし、味付けに塩と砂糖をぱらっと加えて、あとは全部すりこぎでやっつけるだけで簡単なんだ。それをあったかいご飯にのせたら、上からしょうゆを垂らすんだよ」
食べたことはないけど、聞いているだけで空腹感を覚えてくる。
「色々混ぜるから、パセリが苦手でも食べられそうだね」
「パセリを侮ったらだめだよ。こいつは本当に自己主張が強いから……もし負けかけたら、奥の手だけどひとかけらのバターをのせてね。あいつにはパセリも大人しくなる」
「冬霧、そうやっていつも作ってるの?」
「うん。他にすることもないし。うみは普段、なにしてるの?」
「え、私? 料理は全然してなかったよ。音楽聞いたり、本を読んだりするのは好きだけど。この間まで受験生だったし、最近は勉強ばかりだったかも」
冬霧の表情がぱっと華やいだ。
「すごいな。うみは勉強が得意なのか」
なぜか予想以上に喜ばれてしまい、私は気おくれする。
「えっ、それは……どうかな?」
勉強していれば誰にもとがめられないし、なんとなく安心だった。
それに集中できるかはともかく、嫌なことを考えない理由にもなる。
「だけど、ご飯も作らず勉強ばかりしてたってことだろ。もしかして高校も、今まで住んでいたところより、もっと遠い場所も選べるくらい努力してここに来たの?」
「まぁ、そうとも言えるのかもしれないけれど……」
「すごいな」
「でも、そこまでできるってわけじゃなくて」
「そんなことないよ。うみは綾子に似てがんばりやなんだろうし」
妙にいきいきとしている冬霧とは対照的に、私の心が冷めていくのがわかる。
「……冬霧。残念だけど、私はそんなにできがいいわけじゃないんだ。もう、この話はやめよう」
私はふいと背を向けて、縁側へと戻っていく。
冬霧が不思議そうに眺めてくる視線を感じたけれど、振り返らなかった。
乾いた板にそっと足を踏み入れると、風雨にさらされないようにガラス戸で守られていて、日差しがよく届く。
そこから見える家の裏手に、わずかな驚きがあった。
木々が広がる景色の中、手前は庭になっていて、その隅で冬霧が背中を丸めて屈みこんでいる。
私は玄関まで戻ってスニーカーを取ってくると、ガラス戸を開けて縁側から外に出た。
鳥たちのさえずりが澄んだ空気に冴えわたる。
森と庭の間は緩やかな境界線のように、枯草の下からフキノトウの群生が芽吹いていたり、小花がちらほら顔を出していた。
早朝のひんやりと流れる空気を胸いっぱいに吸い込む。
「なにしてるの?」
私が声をかけると、冬霧は耳を動かして振り向いた。
昨夜の悲しい気持ちが嘘みたいに、にこにこしている。
「おはよう、うみ」
冬霧の足元には縦長の植物の葉が数本、地面から膝のあたりまで突き上げるように伸びていた。
変わった観葉植物なのかもしれないけれど、少し大きすぎる気がする。
「これ、冬霧が育ててるの?」
「うん。昨日の味噌汁のネギだよ」
「えっ」
私は土からたくましく生えている野菜を見つめなおすと、確かにネギに見えてくる。
料理はお母さんに任せっぱなしだったし、ネギがどんな形で地面にはえているのかも考えたことすらなくて、言われるまでわからなかった。
「もしかして昨日の夕食は、ここでとれたものなの?」
「全部じゃないけどね。帽子かぶってスーパーも行くし。あ、盗んでないよ。綾子は俺があやかしの間も困らない様にって、へそくりの場所とか買い物の仕方とか、ちゃんと教えてくれてたから」
冬霧は数本生えたネギの根の周りの土を掘りおこしていたらしく、白い根元を掴みながら丁寧に引き抜く。
しめった土だらけのネギは、根も茎もがっしりとしていて、食べたときの歯ごたえも納得なほどたくましかった。
「ネギはもう終わりなんだ。綾子はネギが好きだから、また植えて食べられるようにするけどね。これからはいろんな野菜が育つ時期だし、今年はうみの好きな野菜も作りたいな」
「私?」
「うみはなにが好きなの?」
「私、好き嫌いないんだ。なんでも好き」
「へぇ、それはいいね」
「あ、でもトマトは大好き。にんじんも、じゃがいもも、ピーマンも、きゅうりも、キャベツも、だいこんも、かぼちゃに、枝豆と、それに、」
「すごいな。聞いておいて、もうくじけそうだ」
「全部は無理だね」
「でもやるよ。ほら、うみはパセリをとって」
「パセリもあるの?」
冬霧は地面置いていたはさみを持ち、チョキチョキして見せてから私に渡すと、少し離れたところを指し示す。
近づいてみると、こまかいブロッコリーのようなものが一株、生えている。
「はさみで、ぱちん、ぱちんって食べる分だけ切っていけばまた出てくるから、好きなだけとればいいよ」
「うん」
言われた通り、細い茎を切りながらてのひらに集めていくと、あっというまにこんもりとしたパセリの山が出来上がる。
顔を近づけると、爽やかなのに癖のある独特の香りがした。
「私、パセリは普段食べたことなかったけど……大丈夫かな。どうやって食べるの?」
「それならふりかけにしよう。白ごまと海苔とかつおぶし、味付けに塩と砂糖をぱらっと加えて、あとは全部すりこぎでやっつけるだけで簡単なんだ。それをあったかいご飯にのせたら、上からしょうゆを垂らすんだよ」
食べたことはないけど、聞いているだけで空腹感を覚えてくる。
「色々混ぜるから、パセリが苦手でも食べられそうだね」
「パセリを侮ったらだめだよ。こいつは本当に自己主張が強いから……もし負けかけたら、奥の手だけどひとかけらのバターをのせてね。あいつにはパセリも大人しくなる」
「冬霧、そうやっていつも作ってるの?」
「うん。他にすることもないし。うみは普段、なにしてるの?」
「え、私? 料理は全然してなかったよ。音楽聞いたり、本を読んだりするのは好きだけど。この間まで受験生だったし、最近は勉強ばかりだったかも」
冬霧の表情がぱっと華やいだ。
「すごいな。うみは勉強が得意なのか」
なぜか予想以上に喜ばれてしまい、私は気おくれする。
「えっ、それは……どうかな?」
勉強していれば誰にもとがめられないし、なんとなく安心だった。
それに集中できるかはともかく、嫌なことを考えない理由にもなる。
「だけど、ご飯も作らず勉強ばかりしてたってことだろ。もしかして高校も、今まで住んでいたところより、もっと遠い場所も選べるくらい努力してここに来たの?」
「まぁ、そうとも言えるのかもしれないけれど……」
「すごいな」
「でも、そこまでできるってわけじゃなくて」
「そんなことないよ。うみは綾子に似てがんばりやなんだろうし」
妙にいきいきとしている冬霧とは対照的に、私の心が冷めていくのがわかる。
「……冬霧。残念だけど、私はそんなにできがいいわけじゃないんだ。もう、この話はやめよう」
私はふいと背を向けて、縁側へと戻っていく。
冬霧が不思議そうに眺めてくる視線を感じたけれど、振り返らなかった。
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