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17・行方
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数日、少しゆっくり過ごしたこともあるのか、倦怠感は無くなった。
そうなると寝たきりでいるのも退屈になって、私は家の中をあちこち回ってから、最後に冬霧の使っている和室を覗く。
畳のしかれた部屋の真ん中には、机とも椅子とも違う古めかしいアイロン台が置かれていて、冬霧はその上にのせたニット帽を、電動の毛玉取り器で手入れしていた。
「冬霧、ワンちゃん見なかった?」
毛玉を刈り取るモーター音を止めて、冬霧は顔を上げる。
「うん。ここには来てないよ」
「おかしいな。庭も台所もトイレまで確認したのに。それに出かけるとしても行く場所なんて……」
ふと私と冬霧は顔を見合わせて、互いの考えている内容が一致していることを確認する。
「まさか、メイちゃんの引っ越した団地?」
「だろうね」
そういえば噂話をしていた人たちが、メイちゃんが引っ越した団地はおひさま公園の隣にあると言っていた。
ワンちゃん、ひとりで行ったんだ。
迷わず玄関に向かおうとした私の腕を、冬霧がさっと立ち上がって掴む。
「ワンは俺が捜しに行くよ。うみはまだ休んでいて」
「だけど……」
昨日のあの暗く沈んだ心境を知っているのに、事情も分からないまま突然姿を消したワンちゃんを待っているなんて、出来そうにない。
「冬霧、やっぱり私も行く」
「ダメだよ」
冬霧はいつになく厳しい口調だった。
「俺がワンのこと見てくる。だからうみはおとなしく留守番していて」
仕方がないので、私は珍しく従順に頷く。
「わかった。冬霧お気に入りの帽子コレクションにいたずら書きしながら待ってるね」
私の最終手段を聞いて、冬霧は黄色い瞳を丸くした。
そして不満げにため息をつくと、和室のたんすから丁重に仕舞っていたツバ付きの帽子を取り出して耳を隠す。
「わかったよ、一緒に行こう。でもワンが落ち込んでいるってわかったら、絶対に近づかないって約束してよ」
「うん、ありがとう!」
「感謝よりも、おとなしくしていて欲しいんだけど……」
聞こえないふりをする私と口をとがらせている冬霧は早速家を出た。
スマホの地図を片手に、隣の校区にあるらしいおひさま公園を目指す。
私はワンちゃんのことを思うとつい早歩きになるけれど、冬霧は自分のペースで歩くのでなかなか進まなくてもやもやする。
でもそれも私の身体を気づかう冬霧なりの優しさだとわかっているから、我慢してつき合った。
それにもし私が疲れ切った様子でも見せれば、若干過保護気味な冬霧はワンちゃんの行方より私を休ませることを優先して家に連れて帰ろうとしそうだ。
「でもなぁ」
道路を颯爽と歩いていた冬霧は赤信号に気づいて立ち止まると、気が進まない様子で呟く。
「ワンはきっとうみに来てほしくないから黙って出て行ったんだよ。もしショックなことがあって、うみの負担になる影響を与えたら嫌だから」
「そんなの意味ないよ。追いかけるもん」
冬霧は自分の頭にのった帽子の位置を調整しながら苦笑した。
「本当、変なところ似てるよ」
そう言われると、やっぱり気になってくる。
信号が変わり、私たちは再び歩き出した。
「私のおばちゃんって、どんな人なのかな」
「うみみたいな感じだよ。似てるって言われない?」
「そういう話、お母さんとしなかったから」
お母さんはおばあちゃんに関わる話をいつも避けていた。
「綾子、見た目は俺に似てるよ」
「えっ!」
衝撃的な事実につい大きな声が出てしまったが、そこそこ交通量のある市街地に入ったところだったので、恥ずかしくなって口を押えた。
おそるおそる隣を見上げると、切れ長の眼差しが意味ありげにほほ笑んでいる。
鼓動が勝手に高鳴るほどの妖艶さに当てられて、私は反射的に赤くなった顔をわざとらしくそらした。
まさか……おばあちゃんが絶世の美女だとは。
ただ残念ながら、私にその血筋を感じられないのはどうしてなのだろうか。
「うみも綾子に似てるよね」
「えっ、嘘!」
冬霧にしれっと言われ、私は思わず上げた声にまた周囲の人目が気になり、さらに手で口をしっかり押さえてからぼそぼそと続ける。
「……だって私、お父さん似だって言われるよ。それにどこにでも並んでそうな顔だし」
「似てるよ」
「……そう、なの?」
「うん」
頷く冬霧の妖艶な眼差しが、清廉な微笑に変わった。
「例えばね。ピンと立った耳とか、黒々とした鼻とか、品よく伸びたひげとか、ふわふわの白い胸元や、赤みを帯びた黄金色の毛並みも」
その言葉を想像していくと、古風な戸棚の上にある写真に写った狐の冬霧が浮かぶ。
そうしてようやく、私はもう何度ひっかかったのかわからない妙な話術の中にいることに気づいた。
「また、変な嘘……?」
「違う。俺がうみのためだけに考えた、聞いた後は元気になる話だよ」
冬霧クラスの美女の血が流れているのなら、私も成長すればいつか……という淡い期待が一瞬で打ち砕かれる。
「あ、そうですか……」
傷心である乙女の私は素っ気なく話を切り上げると、鈍感な冬霧が得意げに話を締めくくった。
「綾子を狐化させたらそんな見た目でした。おしまい」
「それ、おばあちゃんだけじゃなくて、どんな人でも同じだよ」
つい浮かれてしまった恨みを込めて睨むと、冬霧はあっけらかんと笑う。
「でもうみと綾子は似てるよ。俺のことかわいがってくれるし」
「はいはい」
にこにこと無邪気で甘え上手な隣の輩が憎らしい。
そうなると寝たきりでいるのも退屈になって、私は家の中をあちこち回ってから、最後に冬霧の使っている和室を覗く。
畳のしかれた部屋の真ん中には、机とも椅子とも違う古めかしいアイロン台が置かれていて、冬霧はその上にのせたニット帽を、電動の毛玉取り器で手入れしていた。
「冬霧、ワンちゃん見なかった?」
毛玉を刈り取るモーター音を止めて、冬霧は顔を上げる。
「うん。ここには来てないよ」
「おかしいな。庭も台所もトイレまで確認したのに。それに出かけるとしても行く場所なんて……」
ふと私と冬霧は顔を見合わせて、互いの考えている内容が一致していることを確認する。
「まさか、メイちゃんの引っ越した団地?」
「だろうね」
そういえば噂話をしていた人たちが、メイちゃんが引っ越した団地はおひさま公園の隣にあると言っていた。
ワンちゃん、ひとりで行ったんだ。
迷わず玄関に向かおうとした私の腕を、冬霧がさっと立ち上がって掴む。
「ワンは俺が捜しに行くよ。うみはまだ休んでいて」
「だけど……」
昨日のあの暗く沈んだ心境を知っているのに、事情も分からないまま突然姿を消したワンちゃんを待っているなんて、出来そうにない。
「冬霧、やっぱり私も行く」
「ダメだよ」
冬霧はいつになく厳しい口調だった。
「俺がワンのこと見てくる。だからうみはおとなしく留守番していて」
仕方がないので、私は珍しく従順に頷く。
「わかった。冬霧お気に入りの帽子コレクションにいたずら書きしながら待ってるね」
私の最終手段を聞いて、冬霧は黄色い瞳を丸くした。
そして不満げにため息をつくと、和室のたんすから丁重に仕舞っていたツバ付きの帽子を取り出して耳を隠す。
「わかったよ、一緒に行こう。でもワンが落ち込んでいるってわかったら、絶対に近づかないって約束してよ」
「うん、ありがとう!」
「感謝よりも、おとなしくしていて欲しいんだけど……」
聞こえないふりをする私と口をとがらせている冬霧は早速家を出た。
スマホの地図を片手に、隣の校区にあるらしいおひさま公園を目指す。
私はワンちゃんのことを思うとつい早歩きになるけれど、冬霧は自分のペースで歩くのでなかなか進まなくてもやもやする。
でもそれも私の身体を気づかう冬霧なりの優しさだとわかっているから、我慢してつき合った。
それにもし私が疲れ切った様子でも見せれば、若干過保護気味な冬霧はワンちゃんの行方より私を休ませることを優先して家に連れて帰ろうとしそうだ。
「でもなぁ」
道路を颯爽と歩いていた冬霧は赤信号に気づいて立ち止まると、気が進まない様子で呟く。
「ワンはきっとうみに来てほしくないから黙って出て行ったんだよ。もしショックなことがあって、うみの負担になる影響を与えたら嫌だから」
「そんなの意味ないよ。追いかけるもん」
冬霧は自分の頭にのった帽子の位置を調整しながら苦笑した。
「本当、変なところ似てるよ」
そう言われると、やっぱり気になってくる。
信号が変わり、私たちは再び歩き出した。
「私のおばちゃんって、どんな人なのかな」
「うみみたいな感じだよ。似てるって言われない?」
「そういう話、お母さんとしなかったから」
お母さんはおばあちゃんに関わる話をいつも避けていた。
「綾子、見た目は俺に似てるよ」
「えっ!」
衝撃的な事実につい大きな声が出てしまったが、そこそこ交通量のある市街地に入ったところだったので、恥ずかしくなって口を押えた。
おそるおそる隣を見上げると、切れ長の眼差しが意味ありげにほほ笑んでいる。
鼓動が勝手に高鳴るほどの妖艶さに当てられて、私は反射的に赤くなった顔をわざとらしくそらした。
まさか……おばあちゃんが絶世の美女だとは。
ただ残念ながら、私にその血筋を感じられないのはどうしてなのだろうか。
「うみも綾子に似てるよね」
「えっ、嘘!」
冬霧にしれっと言われ、私は思わず上げた声にまた周囲の人目が気になり、さらに手で口をしっかり押さえてからぼそぼそと続ける。
「……だって私、お父さん似だって言われるよ。それにどこにでも並んでそうな顔だし」
「似てるよ」
「……そう、なの?」
「うん」
頷く冬霧の妖艶な眼差しが、清廉な微笑に変わった。
「例えばね。ピンと立った耳とか、黒々とした鼻とか、品よく伸びたひげとか、ふわふわの白い胸元や、赤みを帯びた黄金色の毛並みも」
その言葉を想像していくと、古風な戸棚の上にある写真に写った狐の冬霧が浮かぶ。
そうしてようやく、私はもう何度ひっかかったのかわからない妙な話術の中にいることに気づいた。
「また、変な嘘……?」
「違う。俺がうみのためだけに考えた、聞いた後は元気になる話だよ」
冬霧クラスの美女の血が流れているのなら、私も成長すればいつか……という淡い期待が一瞬で打ち砕かれる。
「あ、そうですか……」
傷心である乙女の私は素っ気なく話を切り上げると、鈍感な冬霧が得意げに話を締めくくった。
「綾子を狐化させたらそんな見た目でした。おしまい」
「それ、おばあちゃんだけじゃなくて、どんな人でも同じだよ」
つい浮かれてしまった恨みを込めて睨むと、冬霧はあっけらかんと笑う。
「でもうみと綾子は似てるよ。俺のことかわいがってくれるし」
「はいはい」
にこにこと無邪気で甘え上手な隣の輩が憎らしい。
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