【完結】あやかしの隠れ家はおいしい裏庭つき

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

文字の大きさ
23 / 30

23・手紙

しおりを挟む
 ワンちゃんがいなくなって、数日経った。

 家は穏やかだ。

 冬霧は今日も裏庭の手入れをしている。

 私は縁側に続くガラス戸と障子を開け放ってその様子を眺めながら、四角い折り畳みテーブルの前に座り、市販の英単語帳を開いていた。

 集中しているというより、ぼんやりしている。

 こんな調子で入学したあと、だいじょうぶなのかな。

 身が入らないまま立ち上がり、部屋の隅にあるたんすの取っ手を引いた。

 そこには男の子の服が入っている。

 ワンちゃんがいなくなった次の日の朝、庭のそばの森の中に落ちていたのを見つけて、冬霧が洗ってくれた。

 あれからワンちゃんは帰ってこないけれど、私はたまに、こうやって引き出しを開けて服を眺めている。

 何気なく他の引き出しを開けると、お母さんが着ていたものらしい女の子の服や、私の服、わかりきっているものばかりがしまわれていた。

 私はそれから一番上の引き出しを開けて、見たくもないのに通知表を手に取る。

 息をのんだ。

 以前は気づかなかったけれど、引き出しの底に色あせた白い封筒が置かれている。

 宛名として書かれた大人びた文字から、目が離せない。

『うみへ』

 じわじわと動悸を強まってきた。

 おばあちゃんが、私に書いてくれた?

 まだそうだと決まったわけではないのに、嬉しいのか怖いのか、胸の動悸がおさまらない。

 でも、期待していた。

 その中に、おばちゃんは事情があって会えなかったけれどもう大丈夫だから、今度遊びにいらっしゃい、そんな話が書いてあるんじゃないかって。

 緊張しつつも、封筒に伸ばした手が止まる。

 ここに来る前お世話になった璃月さんの家族からちくちくと聞かされた、私のお父さんの素行が良くないという悪口や、お母さんの方のおばあちゃんが結婚に大反対して絶縁状態だったとか、そんな噂を思い出す。

 私はお母さんの努力を数値化したともいえる通知表に目を落とした。

 そうだった。

 私を産んだから、優秀だったお母さんは進学も諦めたはずだ。

 状況から考えてみると、引き出しの底にしまわれていた白い封筒には、私に対する恨み言が書かれているとしか思えなくなる。

 私は通知表を封筒の上にかぶせて引き出しを閉めた。

 おばあちゃんの考えなんて、私にはわからない。

 わからないから、手紙を見るのは怖い。

 だけど。

 冬霧ならおばあちゃんが私のことをどう思っていたのか、知っているかもしれない。

 聞いても仕方がないことではあるけれど、手紙を開けるのならそれからのほうが気楽だ。

 たとえ望んだ事実ではなくても、冬霧の話なら安心して聞ける。

 私は縁側から裏庭に降りると、先ほどまでいた冬霧の姿が見えないことに気づいた。

 あたりを見回して、そばの森に目をとめる。

 帽子を被らないまま深い森に分け入る、狐耳の後ろ姿が見えた。

 それがワンちゃんと別れたあの夜、森に吸い込まれて行った少年の影と重なり、ぞっとする。

 庭を踏み荒らすことも気にせず、私は夢中で追いかけた。

「冬霧!」

 息を切らしながら叫ぶと、冬霧はのんきに振り返る。

 そして血相を変えた私が駆けよってくるのに気づいて、足を止めてくれた。

「うみ、なにかあったの?」

 心配そうに戻ってきた冬霧の腕を捉まえて、私は息を整える。

「だって冬霧、ワンちゃんみたいに森の中に入っていくから……」

 もしそのまま戻って来なかったらと思うと、いてもたってもいられなかった。

「ああ、そっか。驚かせてごめん」

 冬霧は私を落ち着かせようとして、ゆっくり背中を撫でてくれる。

 言われなくても、わかってはいた。

 冬霧がふらりと散歩するなんて、いつものことだから。

 だけど、もし違ったら。

 冬霧だって、いつワンちゃんみたいにあやかしから元の姿に戻るのか、私にはわからない。

 きっかけがあるとすれば、きっとおばあちゃんだ。

 もしおばあちゃんに会えないさみしさが、冬霧をあやかしにさせている原因だったら。

 冬霧がそのことを納得して、森の奥へ消えてしまったら。

 私はたんすに入っている手紙のことを思い出す。

 だけどもう、冬霧におばあちゃんの話を聞く気は失せていた。

 黙り込んだままの私を見て、冬霧は困ったように笑うと、森の先を指した。

「俺、あれを見に来たんだ」

 密集した木々の一か所に、幹を残して切断された倒木がいくつも横たわっている。

 その表皮にはころんとした茶色っぽいものが、群れるようにぽこぽこ生えていた。

「あれって……きのこ?」

「うん。しいたけだよ」

「へぇ」

 私は不安定な足元に気をつけながら倒木に近づいて、幹にまとわりつくシイタケの群れをしげしげと観察する。

 日の当たりすぎない森の中は居心地のいい環境なのか、どのしいたけも小さいながら結構張りがあった。

 かさの側面部分を中心に白い斑点や筋が模様のように入っているのが、なんだかかわいい。

「私が知っているしいたけより小さいかも」

「そうだね。そのうち大きくなるから、うみが採りなよ」

「いいの?」

「もちろん。うみはしいたけ好き?」

「うん」

「しいたけは便利でね、てんぷらはもちろん、チーズをのせて焼いてもいいし、野菜と炒めてもいいし、味噌汁でも佃煮でもなんでもできる。でもやっぱり、おいしいしいたけはバターで焼いてしょうゆを垂らすのが一番かな」

「冬霧が話せば、なんでもおいしそうだね」


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...