【完結】精霊獣を抱き枕にしたはずですが、目覚めたらなぜか国一番の有名人がいました

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

文字の大きさ
5 / 32

5・暇らしい

しおりを挟む
 *

「つまりだ」

 調度品の並べられた応接間に、貫禄のある声が響く。

 リセの父に当たるオース伯は、小太りでどこか可愛らしい雰囲気の顔をリセとジェイルへ交互に向けながら渋く唸った。

「リセは溺れ谷を散歩していたところ、酔っぱらったジェイル殿が倒れていたのでお連れしたと。お前が言っているのはそういうことだな、リセ」

 オース伯は苦い表情をしていたが、リセから見て父はとても優しく、長い間過ごしてきた安心感や自分にとって苦手な要素も薄いため、緊張せずに話せる数少ない相手でもある。

 それでも、リセの表情はいつも通り動かなかった。

「そういうことなの、お父様」

「リセ、これでわかったと思うが、人に会わない時間帯だからといって夜な夜な館を抜け出して体を鍛えたり、精霊を探すのは本当に危険なのだよ。今回はたまたまジェイル殿だったが、もし悪漢どもと遭遇していたら……娘を心配して食事も喉を通らないワシの心労を想像しておくれ」

 リセはふくよかな父が医者から「少しダイエットしましょうか」と小言をもらっているのを知っていたが、素直に頭を下げる。

「ごめんなさい。それで私、お父様の心の負担を軽くするためにいいことを思いついたの」

「ほお。なんだね」

「ジェイル様に私の護衛をしてもらおうと思って」

 人見知りのリセは迫力のあるジェイルを直視する勇気が出ず、てのひらを向けて彼を示した。

 隣に座るジェイルは侍女に用意してもらった貴人向けの衣装を着ていたが、座っているだけで余裕と風格がある。

 先ほどから狡猾にも不敵にも見える迫力を放つ美しい若者を前に、オース伯からにじみ出る困惑が一層重苦しくなった。

 もちろんオース伯も、愛娘が連れて来た国内随一と名高い美貌の魔術師を知っている。

 数多の噂を知らないはずがない。

 この数百年使い手が現れなかった古の魔術を学院時代に習得したことや、山菜取りのついでに一人で黄金竜を倒したこと、選ばれし者だけが手に取れる伝説の聖剣を知らずに引き抜いたが慌てて戻した話など、人間離れしたものがごろごろ転がっていた。

 そんな美しくもたくましい魔術師の逸話は貴族にも庶民にも人気があるため、吟遊詩人たちが好んで使い、ジェイルは二十三歳にして誰もがその名を知る伝説の人となっている。

「しかしな。リセも知って通りジェイル殿は偉大なお方だ。それをお前の遊びにつき合わせるための護衛など……」

「だけどお父様。ジェイル様は、その……暇で」

「暇か」

「そう、ジェイル様はとても暇なの」

 誰も表情を崩さなかったが、父の方からは戸惑いが、ジェイルの方からは笑いをこらえている気配がまざまざと伝わってきた。

「お父様、だから今なら館に住ませるだけで、無料でジェイル様が借り放題という特典を見逃すのはもったいないというか……」

「ジェイル殿がここにいることが人に知れれば、そうも言っていられないだろう」

「だからお父様、ジェイル様がいることは秘密にして欲しいの」

「しかしだ。ジェイル殿はこの一年ほど行方をくらませていたと、国の皆が知っている。それが一体どうして、突然リセの目の前に現れたのか、ワシにはどうもわからないな……」

 面倒なことに巻き込まれるのではないかと、娘を心配する父の眼差しにリセは気づく。

 しかしそれでも、リセはジェイルの身を守らねばという一心で言い募った。

「それはもちろん、ジェイル様には事情があって」

「事情?」

「その……その」

 リセは自分を大切にしてくれる父にどうすれば納得してもらえるかと、ひたすら考え続ける。

「私、ジェイル様は私と同じだと思ったから」

「ジェイル殿が、リセと同じ?」



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

政略妻は氷雪の騎士団長の愛に気づかない

宮永レン
恋愛
これって白い結婚ですよね――? 政略結婚で結ばれたリリィと王国最強の騎士団長アシュレイ。 完璧だけど寡黙でそっけない態度の夫との生活に、リリィは愛情とは無縁だと思っていた。 そんなある日、「雪花祭」を見に行こうとアシュレイに誘われて……? ※他サイトにも掲載しております。

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

婚約者から悪役令嬢と呼ばれた自称天使に、いつの間にか外堀を埋められた。

石河 翠
恋愛
王都で商人をしているカルロの前に、自称天使の美少女が現れた。彼女はどうやら高位貴族のご令嬢らしいのだが、かたくなに家の名前を口に出そうとはしない。その上、勝手に居候生活を始めてしまった。 カルロとともに過ごすうちに、なぜ家出をしたのかを話し始める少女。なんと婚約者に「お前を愛することはない」と言われてしまい、悪役令嬢扱いされたあげく、婚約解消もできずに絶望したのだという。 諦めた様子の彼女に、なぜか腹が立つカルロ。彼は協力を申し出るが、カルロもまた王族から脅しを受けていて……。 実は一途で可愛らしいヒロインと、したたかに見えて結構お人好しなヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:3761606)をお借りしております。 こちらは、『婚約者から悪役令嬢と呼ばれた公爵令嬢は、初恋相手を手に入れるために完璧な淑女を目指した。』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/582918342)のヒーロー視点のお話です。

「悪役令嬢は愛おしきモフモフ♡へ押しかけたい‼︎」(完結)

深月カナメ
恋愛
婚約者候補として王子に会い。 この世界が乙女ゲームだと、前世の記憶を思い出す。 誰かに愛されたい悪役令嬢は、王子を捨て、どうせ追い出される公爵家も捨てて 愛しのもふもふを探す。 愛されたい彼女と 愛が欲しい彼との出会い。 ゆるい設定で書いております。 昔、ここで書いていたものの手直しです。 完結までは書いてあります。 もしよろしければ読んでみてください。

皇帝から離縁されたら、他国の王子からすぐに求婚されました

もぐすけ
恋愛
 私はこの時代の女性には珍しく政治好きだ。皇后となったので、陛下の政策に口を出していたら、うるさがられて離縁された。でも、こんな愚鈍な男、こちらから願い下げだわ。いつもお花畑頭の側室を側に置いて、頭に来てたから、渡りに船だったわ。  そして、夢にまで見たスローライフの始まりかと思いきや、いろいろと騒がしい日々が続き、最後には隣国の王子が求婚に来た。  理由を聞いているうちに、自分の国がかなりまずい状況であることがわかり、とりあえず、隣国に旅行に行くことにしたのだが……

先読みの姫巫女ですが、力を失ったので職を辞したいと思います 【完結済み】

皇 翼
恋愛
元・踊り子で現・姫巫女であるオリヴィエ=クレンティア。 彼女はある日、先読みの能力を失ってしまう。彼女は想い人であり、婚約者でもあるテオフィルスの足を引っ張らないためにも姫巫女を辞めることを決意する。 同作者の作品『今日、大好きな婚約者の心を奪われます』に若干繋がりのある作品です。 作品URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/496593841/958277293 ****** ・基本的に一話一話が短くなると思います。 ・作者は豆腐メンタルのため、厳しい意見を感想に書かれすぎると心が折れて、連載をやめることがあります。 ・一応構想上は最後までストーリーは完成してはいますが、見切り発車です。 ・以前、アルファポリスに掲載しようとしたのですが、システムがバグってたっぽかったので、再掲です。

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

風変わり公爵令嬢は、溺愛王子とほのぼの王宮ライフを楽しむようです 〜大好きなお兄さんは婚約者!?〜

長岡更紗
恋愛
公爵令嬢のフィオーナは、両親も持て余してしまうほどの一風変わった女の子。 ある日、魚釣りをしているフィオーナに声をかけたのは、この国の第二王子エリオスだった。 王子はフィオーナの奇行をすべて受け入れ、愛情を持って接し始める。 王宮でエリオスと共にほのぼのライフを満喫するフィオーナ。 しかしある日、彼の婚約者が現れるのだった。 ほのぼのハッピーエンド物語です。 小説家になろうにて重複投稿しています。

処理中です...