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2・2 秘められていた才能
「ディートハルト!」
王妃は王子の名を叫んだ。
そしてエルーシャが抱いている、まだ2歳ほどの銀髪の息子に手を伸ばす。
王子は無邪気に笑っているが、彼の母は悲痛な表情で抱き寄せた。
「よかった……戻ったのね」
王妃は恐れるように声を震わせ、手紙に書けなかった話を打ち明けた。
近ごろ王子の体には、猫の耳や尾が現れては消える。
昨夜はとうとう、全身が猫の姿になってしまった。
「エルーシャ、正直に教えて。私の息子が猫の姿に変化するのは……重度の魔病にかかっているせいなの? それとも悪い黒魔術で姿を変えられているの?」
「天恵ですね」
「えっ!?」
王妃が驚きに満ちた顔でエルーシャを凝視する。
エルーシャは平然と頷いた。
「魔病や黒魔術で姿が変わることもありますけど、それとこれは別物です。ディートハルト殿下は、猫が好きではありませんか?」
「もちろん好きよ。子ども向けの生き物図鑑を見て、『ねこたん!』を連呼しているわ」
「なるほど。それで無意識に天恵の『変化自在』を発現させて、猫に変身してしまったんですね」
「天恵!? しかも『変化自在』!?」
王妃は信じられないかのように目をしばたたく。
最悪の想定までしていたはずが、息子の類まれな才能を告げられ、しばし呆然としていた。
「ディートハルトが、『変化自在』を……」
「今は子猫以上の大きさになるのは無理だと思います。でも念のため、ドラゴン図鑑は見せないようにしてくださいね」
王妃は何度も頷く。
安堵から表情が和らぎ、次第に笑顔まで浮かんだ。
「虫図鑑もやめておくわ」
母の腕の中で、王子はつぶらな瞳を輝かせる。
「どらごん? むし?」
「そっ、そのことは忘れましょうね! 興味を持つなら、ねこたんより小さい、そう……ねこたん、ハムスター、シマエナガ……」
「ねこたん、はむたー、しまままが!」
「そうよ、そっちよ!」
王妃は真剣な様子で、愛らしい小動物の名を暗唱しはじめた。
*
王子は猫に変化する直前、寝巻き姿だったらしい。
王妃が乳母を呼んで着替えを頼むと、王子はおやつの言葉につられて宮内へ向かう。
中庭に静けさが戻った。
エルーシャは自分の侍女を手招きする。
そして布にくるまれたものを両手で受け取ると、再び侍女を下げた。
「アライダ殿下、これが依頼されていたものです」
布を取り払うと、人の頭ほどもある無色透明の魔石が現れた。
エルーシャは魔石を卓上に置く。
するとそれはカップの高さほどの空間を保って浮遊した。
王妃は心を奪われたように、神秘的にきらめく魔石を見つめる。
「今までの魔力測定の儀で使う魔石と、見た目は変わらないのね」
王妃は慎重な手つきで、その透明な石に触れた。
すると魔石のそばの空中に、光り輝く文字がつらつら編まれていく。
そこには王妃の魔力の質や量が、箇条書きで書かれていた。
エルーシャは一番下の文面、王妃が今までに発症した『魔病履歴』と『荒魔履歴』の記述について説明する。
「アライダ殿下がディートハルト殿下を身ごもったときの不調は、『魔病履歴』の項目に記録されています。誹謗中傷を受けた時期に黒魔術を仕込まれた被害は、『荒魔履歴』の方です」
前者は魔力の乱れによって起きた不調、後者は魔力を荒らす外的要因を受けた証拠だ。
「すごいわエルーシャ。この魔力測定は正確ね。これならディートハルトの魔力が乱れているのかどうか、すぐ魔力の状態を確認できるわ」
「アライダ殿下のお役に立ててなによりです」
近ごろ王子の体には、猫のような耳や尾が現れるようになっていた。
王妃はそれを天恵だと知らず、魔力に関する不調か黒魔術の被害だろうと恐れる。
そして魔病や荒魔に害されていないか確認できる品を、先日の夜会でエルーシャに依頼していた。
「ねこたん! はむたー! しまままが!」
着替えを済ませた王子が、乳母と手をつないで戻ってくる。
王妃はさっそく透明な魔石を渡し、息子の魔力測定をした。
王妃は『魔病履歴』と『荒魔履歴』の項目を何度も確認してから、ようやく胸を撫でおろす。
「ディートハルトは魔病でも荒魔でもなく……。自分の力、それも天恵の『変化自在』で子猫に変化していたのね」
エルーシャは頷いた。
「でも今のディートハルト殿下は年齢的に、魔力のコントロールが難しいはずです。天恵だと説明しても、私の言葉だけでは信じない者や、よからぬ噂が飛び交う危険もあります」
王妃は表情を曇らせた。
「でも、隠し通せるものなのかしら。私がディートハルトを身ごもって魔病を起こしたときのように、悪い噂が流れる可能性もあるわ。黒魔術に操られて悪事を働いていると、冤罪をかけられたら……」
「そのことにも関係あるのですが。実は今日、アライダ殿下に相談があって来ました」
「エルーシャが私に? なにかしら」
王妃は王子の名を叫んだ。
そしてエルーシャが抱いている、まだ2歳ほどの銀髪の息子に手を伸ばす。
王子は無邪気に笑っているが、彼の母は悲痛な表情で抱き寄せた。
「よかった……戻ったのね」
王妃は恐れるように声を震わせ、手紙に書けなかった話を打ち明けた。
近ごろ王子の体には、猫の耳や尾が現れては消える。
昨夜はとうとう、全身が猫の姿になってしまった。
「エルーシャ、正直に教えて。私の息子が猫の姿に変化するのは……重度の魔病にかかっているせいなの? それとも悪い黒魔術で姿を変えられているの?」
「天恵ですね」
「えっ!?」
王妃が驚きに満ちた顔でエルーシャを凝視する。
エルーシャは平然と頷いた。
「魔病や黒魔術で姿が変わることもありますけど、それとこれは別物です。ディートハルト殿下は、猫が好きではありませんか?」
「もちろん好きよ。子ども向けの生き物図鑑を見て、『ねこたん!』を連呼しているわ」
「なるほど。それで無意識に天恵の『変化自在』を発現させて、猫に変身してしまったんですね」
「天恵!? しかも『変化自在』!?」
王妃は信じられないかのように目をしばたたく。
最悪の想定までしていたはずが、息子の類まれな才能を告げられ、しばし呆然としていた。
「ディートハルトが、『変化自在』を……」
「今は子猫以上の大きさになるのは無理だと思います。でも念のため、ドラゴン図鑑は見せないようにしてくださいね」
王妃は何度も頷く。
安堵から表情が和らぎ、次第に笑顔まで浮かんだ。
「虫図鑑もやめておくわ」
母の腕の中で、王子はつぶらな瞳を輝かせる。
「どらごん? むし?」
「そっ、そのことは忘れましょうね! 興味を持つなら、ねこたんより小さい、そう……ねこたん、ハムスター、シマエナガ……」
「ねこたん、はむたー、しまままが!」
「そうよ、そっちよ!」
王妃は真剣な様子で、愛らしい小動物の名を暗唱しはじめた。
*
王子は猫に変化する直前、寝巻き姿だったらしい。
王妃が乳母を呼んで着替えを頼むと、王子はおやつの言葉につられて宮内へ向かう。
中庭に静けさが戻った。
エルーシャは自分の侍女を手招きする。
そして布にくるまれたものを両手で受け取ると、再び侍女を下げた。
「アライダ殿下、これが依頼されていたものです」
布を取り払うと、人の頭ほどもある無色透明の魔石が現れた。
エルーシャは魔石を卓上に置く。
するとそれはカップの高さほどの空間を保って浮遊した。
王妃は心を奪われたように、神秘的にきらめく魔石を見つめる。
「今までの魔力測定の儀で使う魔石と、見た目は変わらないのね」
王妃は慎重な手つきで、その透明な石に触れた。
すると魔石のそばの空中に、光り輝く文字がつらつら編まれていく。
そこには王妃の魔力の質や量が、箇条書きで書かれていた。
エルーシャは一番下の文面、王妃が今までに発症した『魔病履歴』と『荒魔履歴』の記述について説明する。
「アライダ殿下がディートハルト殿下を身ごもったときの不調は、『魔病履歴』の項目に記録されています。誹謗中傷を受けた時期に黒魔術を仕込まれた被害は、『荒魔履歴』の方です」
前者は魔力の乱れによって起きた不調、後者は魔力を荒らす外的要因を受けた証拠だ。
「すごいわエルーシャ。この魔力測定は正確ね。これならディートハルトの魔力が乱れているのかどうか、すぐ魔力の状態を確認できるわ」
「アライダ殿下のお役に立ててなによりです」
近ごろ王子の体には、猫のような耳や尾が現れるようになっていた。
王妃はそれを天恵だと知らず、魔力に関する不調か黒魔術の被害だろうと恐れる。
そして魔病や荒魔に害されていないか確認できる品を、先日の夜会でエルーシャに依頼していた。
「ねこたん! はむたー! しまままが!」
着替えを済ませた王子が、乳母と手をつないで戻ってくる。
王妃はさっそく透明な魔石を渡し、息子の魔力測定をした。
王妃は『魔病履歴』と『荒魔履歴』の項目を何度も確認してから、ようやく胸を撫でおろす。
「ディートハルトは魔病でも荒魔でもなく……。自分の力、それも天恵の『変化自在』で子猫に変化していたのね」
エルーシャは頷いた。
「でも今のディートハルト殿下は年齢的に、魔力のコントロールが難しいはずです。天恵だと説明しても、私の言葉だけでは信じない者や、よからぬ噂が飛び交う危険もあります」
王妃は表情を曇らせた。
「でも、隠し通せるものなのかしら。私がディートハルトを身ごもって魔病を起こしたときのように、悪い噂が流れる可能性もあるわ。黒魔術に操られて悪事を働いていると、冤罪をかけられたら……」
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