【本編完結】長し夜に、ひらく窓<天神一の日常推理 呪われた女>

ユト

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空と鳥と新しき怪異

第20話 呪いの距離

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――早川さん ご連絡を誠にありがとうございます。小鳥が助かって、心から安堵いたしました。
 また、最後までお役に立てることが出来ず、誠に申し訳ございませんでした。この度は、『呪われた生物学科』の調査に誘っていただけましたこと、感謝しております。
 機会がございましたら、私にも天神さんの推理をお聞かせいただければ幸いです。今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 藤枝

「ありがとう、早川。ちなみに、君はなんと返事を?」
「天神に見せてからにしようと思ったから、まだ返事はしてない」
「ふむ。では、『喜んで』と伝えておいてくれるかな?」
「分かった」

 俺はテキスト画面に返信文を打ち込む。

「……なあ、天神。どうして藤枝さんに協力を頼んだんだ?」
「それは、彼女が『呪われている』からだよ」
「は? え?」
「僕は、彼女が呪いをどう考えているのか。呪いに対して、どれくらいの距離を持っているのかを知りたかったのさ」

 天神にしては分かりやすい説明。だと言うのに、残念ながら俺には理解が出来なかった。
 スリーピースの男は紙コップを傾ける。喉仏が動くのを凝視していると、彼と目が合った。

「『呪われた生物学科』が、どんな内容だったか覚えているかい?」
「裏鬼門で少なくない数の小鳥が死ぬ、だろ? のっぺらぼうは、嘘だったけど」
「早川。簡単に嘘という言葉を使うのは、僕はあまりおすすめしないね。それは、間違ったバイアスを掛けることに繋がりかねない。なによりも、美しくない」

 きっぱりとした口調に思わず、たじろぐ。
 反論したい気持ちがないわけではなかったが、俺は大人しくうなずいた。

「……分かったよ」
「ありがとう、早川。話を戻そうか」
 天神がくつろぐようにソファに座り、長い足を組む。
「『呪われた生物学科』の対象にされたのは、誰だと思う?」
「生物学科だろう?」
「生物学科が受けた実害は?」

 実害と言われて、俺は眉根を寄せた。

「風評被害?」
「そうだね。では、呪いを掛けたのは?」
「実験動物?」
「そのとおり。動物実験慰霊祭が遅延になったことが、呪いを引き起こす大きな理由とされていた。
 けれどもね、早川。もしも実験動物たちが何かを呪うのであれば、その対象は動物実験を行った人間になるとは思わないかい? 
 わざわざ無関係な鳥を介するのは、あまりにも不自然だった」
「たしかに、そうだな」

 天神は紙コップを見ながら、ゆっくりと円周を描く。

「『呪い』というのは非常に厄介なものだと、僕は思っている」
「それは、まあ呪いだからな」

 天神が小さく笑うのが聞こえた。

「君は本当に普通だね、早川。とても良い。素晴らしいよ。でも、そうじゃない。呪いには、白と黒があると言われていのを知っているかい?」
「白と黒?」
「憎む相手に掛けるのを黒。病気が治るように、災いが起こりませんようにと掛けるのが白とされているらしいね。
 いずれにしても呪いには、掛けたものと掛けられたものがいるのだよ。でも、それだけじゃない。呪いは、副産物を出す。いや、副産物も併せて呪いなのかも知れないね。
 呪いを知り、時に歪ませ、時には広めるものがいて、膨れ上がりながら形成されていく。実に厄介だよ」

 口調は穏やかながらも、苦々しい表情。

「なるほど。今回のも、そういういうことか」
「そうだね。ある意味正しく、『呪われた生物学科』だったということさ」

 天神が紙コップに口を付ける。俺もコーヒーを啜った。

「彼女の依頼を覚えているかい?」
「呪いを教えて欲しい、だったか?」
「正確には、『私に掛けられた呪いを教えてください』だね。彼女は、どうして自分に呪いが掛かっていると考えているのだと思う?」
「それは、雨を見たからか? いや、『狐の窓』をしたから?」
「では、早川。もしも君が呪いを掛けられたとして、どうやって気が付く?」

 考えたこともない質問。否、考えたくもない質問だった。呪いを掛けられると言うことは、俺からしてみれば、人から悪意を向けられていることに直結する。出来れば気が付きたくないと言うのが、本音だ。

 ブーンという機械音と断片的な人の声が、やけに聞こえてくる。

「運が悪い。ついてないとかでも、構わないよ」
「それなら、嫌なことが立て続けに起きたときとかだろうな」
「理想的な解答だね。質問を変えよう。一度だけ、君に不運が起きたとして、それを君は呪いだと認識するかい?」
「いや?」
「そうだね。それが、だよ」
「でも、彼女は『狐の窓』をしたから、」
「人はそうやって、無意識に何かと何かを結びつけようとする心理を持つ。でも、一回だけ起きた事象を結びつけることは、普通はあまりしない。もっとも、心のどこかで現象を信じていたり、不安や怯え、何かやましい覚えがあったりするのなら別だけれどもね。あとは、罪悪感」
「罪悪感」

 レトロ・アヴェが『告解室』と呼ばれていたことを思い出しながら、冷たくなったコーヒーを口に含む。
 少し苦くなった気がした。

「早川。もう二つ、質問をしても良いだろうか?」
「ああ」
「もしも自分が呪われたら、呪った相手を知りたいかい? それとも、知りたくないかな?」
「俺は、知りたくないな。自分を嫌う人間を知るメリットがない。ただ疲弊ひへいするだけだ」
「じゃあ、呪いを解いて欲しいとは?」
「それは思うだろうな。怖いし」
「そうだね。でも彼女は、呪いを解いて欲しいとは言わなかった」

 天神の言葉にハッとした。
 だが、すぐに考え直す。

「おまえに言っても仕方ないと思ったからじゃないのか?」
「君は自分が呪われたとしても、僕には相談しないと?」
「どうだろうな。相談するとしても、おまえが呪いを解けるとは流石に思わない。呪いを解くって、もっとスピリチュアルな感じだろ? お祓いとかに行く方がまだ理解出来る」

 俺の答えに、天神は納得するようにうなずいた。

「なるほど、それが普通なのだね。しかし、それならば、なぜ彼女は僕たちに依頼をしたのだろう?」
「それは、ただ話を聞いて欲しかったとか? 雨の話もあったし」
「それもあったかも知れないね。
 依頼人というのは、往々にして話を聞いて欲しいというのがメインな場合も多い。けれども、僕が呪いを解けるとは思っていないのに、呪いの内容は分かると考えているのだとすれば、とても奇妙なことだと思わないかい?」
「それも、そうだな……」
「それに、先ほどのメッセージの文面。
 察するに、彼女は『呪い』に恐怖心を抱いているようには、あまり見えない。
 どうにも、見えにくいのだよ。自分に掛けられた呪いを知って、彼女は一体どうしたいのだろうね」

 天神の言葉を反芻はんすうしながら、空になった底面をジッと見つめる。薄らと残ったコーヒーが端に寄っていた。

「早川、そろそろ帰ろうか」

 スマートフォンに表示される時刻は、六時をとっくに過ぎていた。差し出された手に飲み終わった紙コップを渡して、帆布のリュックを背負う。

「もう、明日からは行かなくて良いんだろう?」

 天神がちらりと、小講義室のある方向に視線を彷徨さまよわせる。

「そうだね、うん。付き合ってくれて、感謝するよ」

 少しだけいたずらっぽく微笑んだ天神の顔がどこか印象的で。その理由を、俺は後から知ることになる。

 次の日から小講義室にカーテンが付くまで。あの部屋の窓ガラスに変な絵が貼られるようになり、新しい怪談が生まれた。
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