【本編完結】長し夜に、ひらく窓<天神一の日常推理 呪われた女>

ユト

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君想う、心は開かずの箱のなか

第24話 音の条件

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 ソファに座る三人からは、安堵の色が浮かんでいた。

「ありがとう、感謝するわ。報酬は、」
「報酬の追加は不要。お節介を焼くのが探偵の性分だからね!」
「本当に変わっているのね。じゃあ、せめてここは私が奢るわ」
「では、早川の分をご馳走してもらえるかな?」
「いや、僕が二人の分を出すよ。元々、僕は報酬が出せなくて心苦しいと思っていたんだ」

 穏やかに、しかし、きっぱりと述べる楓貴に、「感謝するよ!」と天神はにこやかに返した。

「さて、三ツ橋咲工くん。いくつか質問させてもらおう。聞こえてくる『耳鐘みみがね』の音に、種類はあるかな?」
「いや、キーンっていう音だけだ。他にはない」
「音が聞こえるときに、目眩や頭痛、聞こえにくくなるなどの症状は?」
「ない」
「今、話している間にも『耳鐘』は聞こえているのかい?」
「いや、外では聞こえねぇんだよ」
 
 天神は顎を引っ張る。

「ふむ。では、聞こえる場所が限られているのかい?」
「ああ。音が聞こえるのは、家の中だけだ」
「その音が聞こえる時間や天候などは、決まっていたりするのだろうか?」
「時間や天候か……」

 咲工は吊りがちの目をギュッと瞑り、首を傾げて唸る。

「天気は分かんねーけど、寝るときはほぼ必ず聞こえてる気がする。おかげで眠るときは、スマホを充電しながら、音楽を流しっぱなしだわ」

 ヘーゼルアイを瞼の裏に隠し、天神は薄唇に手をやった。奏でるジャズは余韻を残して消え、隣に座る彼の呼吸音が聞こえそうなほどの静寂が降りる。
 ゆっくりと見開かれた天神の切れ長の目が、咲工を捕らえた。

「状況は見えてきた。しかし、推理しようにも、あまりに手札がないのが現状だね。空論で結論付ければ、三ツ橋理桜くんにも面目が立たない。
 何よりも、僕自身が貴殿を怖がらせているものの正体を知りたい。貴殿の家にお招きいただき、本物の怪異の可能性も含めて、僕に検分をさせてもらえないだろうか」

 身振り手振りを交え、表情をコロコロと変化させて話す様は、さながら舞台役者。
 慣れている俺ですら呑まれる饒舌。咲工は予想に違わず、しっかり絡め取られているようだった。
 辛うじて残る思考力で、「でも部屋が汚ぇし……」と抵抗する彼に、天神は優しく微笑む。

「もちろん、今日じゃなくても構わない。お祖父様が退院した後でも良い」
「それなら、」

 咲工の言葉は、理桜に遮られる。

「いいえ、今日にしましょう。こういうのは、早ければ早いほど良いのよ。もしも本当に『耳鐘』なら心構えが出来るわ。私たちだって、気を付けて生活しようと思えるもの。逆に、ただの聞き間違いなら、咲工だって少しは安心するでしょう?」
「僕も理桜ちゃんと同意見。でも、いきなり人を部屋上げるのに抵抗があるのも、理解出来る。だから、僕は咲工の気持ちを優先したいかな。咲工は、どうしたい?」

 咲工は眉間に皺を寄せて黙り込む。
 流れていたジャズのフレーズに聞き飽きた頃。彼は、まっすぐに天神を見た。

「分かった、来るのは今日で良い。ただ部屋を片付ける時間をくれ」
「もちろんさ」
「あと俺のアパートまで、ここから自転車で三十分くらいかかるんだけど、おまえらはどうやって来る?」

 チャリで三十分。歩いたら、その倍以上の時間が掛かるだろう。夏のような暑さはないとはいえ、往復二時間越えの徒歩は堪えるものがある。
 俺は遠慮しようかと考えていると、「僕が車を出すよ」と、楓貴が助け船を出してくれた。

「ああ、そっか。楓貴は実家通いだもんな」
「うん。箱を抱えてここまで来るのは大変だと思ってね、理桜ちゃんも途中で乗せて来たんだよ」
「理桜。おまえ、楓貴に迷惑を掛けてんじゃねーよ」
「違うよ、咲工。うちと咲工たちの実家は近所だろう? それなら、僕の車で行こうって僕から誘ったんだよ。まあ、そんな感じだから、天神くんたちも僕が乗せて行くよ。あとで咲工の住所だけ、メッセージに送っておいてくれる?」
「じゃあ、片付けが終わったら連絡するわ」
「ありがとう」

 楓貴の背中から、理桜がひょっこりと顔を出す。

「ねえ、部屋の片付けって、どれくらい掛かりそうなの?」
「あ? あー。分かんねーけど、十五分もあればいけんじゃねーの?」
「ふーん」
「なんだよ。おまえには関係ないだろ?」
「そんなことないわよ。私も行くつもりだもの」
「は? なんで来るんだよ」
「別に良いじゃない。楓貴くんだってそのつもりのはずよ? ね、楓貴くん?」
「理桜ちゃん、それを今言っちゃ駄目だよ。まあまあ、その辺りはアパートに着いたら臨機応変に対応すれば良いんじゃないかな。とりあえず、天神くんたちの時間を無駄にしないためにも、咲工は早く家に帰って片付けをしておいで」

 扱いに慣れているのか。調整役の楓貴は、なあなあにするのも上手らしい。
 咲工は来たときと同じように、寄木細工の箱をタオルにくるむ。それをナイロンのリュックに仕舞うと、彼は財布から千円札を取り出してテーブルに置いた。

「じゃあ、ちょっと行ってくるわ。天神と早川は、また後でな」
「ああ」

 天神はひらりと手を振り、俺は軽く会釈する。
 カランコロンと響く柔らかな鐘の音が、咲工を見送った。
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