Vapor Trail

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1st Dive:Vapor Trail

1‐18 Vapor Trail

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  二〇九九年、八月十四日。人類が再び空の自由を手にした日。未宙がノルンたちのもとへ還ることはなかった。その代わりに焼け付くような夕空から舞い降りた白銀の巨人——天螺《あまつみ》——のコクピットに抱かれていたのは、一人の紅い髪の少女だった。

 その少女は安らかに、まるで揺篭に抱かれる赤子のように眠っており、その両手には白銀の髪飾りと、小さな黒い端末が握られていた。



 あれから三年の月日が経った。

 二一〇二年、七月。

 あの日、世界中のIFFがベイカントを友軍機扱いするよう書き換えられた後、完全復旧には数日を要した。しかしベイカントはその後ただ空を飛ぶのみで、我々に対し攻撃はおろか接触することはなくなった。フェンリルと旧軌道エレベーターを破壊されたベイカントは統率を失い、何者とも交わることなく地球の空を飛んでいる。現在は人類側も不必要に刺激を与えることはせず、ただ経過を観察するにとどめている。

 旧軌道エレベーターは銀の矢作戦《オペレーションシルバーアロー》で起こった無人機の同時出撃、自爆によって崩壊。その際内部と海中に存在したDDLが誘爆。以降半径百五十キロ圏内は時間と空間の流れが歪み、大気組成も変化。まるで壊れたテープのように崩壊と再生を繰り返す文字通りの異界となった。

 現在の世界各国の目論見は当然ベイカント技術の研究であるが、その思惑は近づくことすら困難な周辺環境によってこの三年頓挫し続けている。

 そしてノルンはといえば軍を退役し、ジャーナリスト兼特殊技術研究部のベイカント研究特任サポーターとして八洲軍海上基地内で生活していた。

 基地の最上階、地上ブロック、その外端。旧軌道エレベーターがうっすらと見えるその場所にノルンはいた。あの日、未宙と最後に会話した場所に。

 くせのある赤毛は腰ほどまで伸び、コンタクトレンズをやめ黒縁の眼鏡をかけているものの確かにそれはノルン・ルーヴ本人だった。

 高い空。遠くで海鳥の鳴き声が聞こえる。遥か遠くの旧軌道エレベーター周辺は薄紫に染まり、崩れ、巻き戻り、また崩れを繰り返している。白銀の残光だけが、揺らぐことなく存在していることが基地からも見えた。

 風がノルンの頬を撫でる。慣れ親しんだ潮の香りを孕んだ風。未宙を、先輩をさらっていった風。ふと、ポケットに入れていた黒い端末を取り出す。未宙が最後の出撃をする前、司令が技研のスタッフに作らせ彼女に渡したという餞別。天螺帰還後、除染等再三の徹底的なチェックの後にノルンが引き取ったものだ。しかしどこにも異常がないにも関わらず、この三年間一度も起動することはなかった。

 ノルンは思う。あの軌道エレベーターの先、だれも行ったことのない場所。時間の止まったあの塔に、まだ未宙がいるのではないかと。確証も根拠もない。けれど彼女はそう信じるしかなかった。それが彼女にとっての、前を向くための理由だった。

 沈黙を貫く黒い端末をポケットに戻し、少し間をおいてノルンは後ろを見やる。

 地上ブロックを駆け回る紅い髪の少女。あの日人類が唯一持ち帰った、ベイカントの謎を解く鍵。その少女の髪には、白銀の翼を模した髪飾りが輝いている。まるで夕焼け空を飛ぶ鳥のようだとノルンは思った。

「リコ、行くよー」

 ノルンはその少女に声をかける。リコと呼ばれた少女は跳ねるように振り返り、ノルンの元へ駆けてゆく。

「いまいくー!」

 その無邪気な声は、遮ることのない空にどこまでも響いてゆく。

 ここは八洲軍基地。蒼穹と海原をのぞむ、かつて対ベイカント戦の最前線だった場所。

 戦争を終わらせた、白銀の英雄がいた場所。

 また、夏が来る。どこまでも深い空に、誰かの残した航跡雲がたなびいていた。



 第一部完







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予告

 翌週より第二部『Crimson Advent』の連載を開始します。カクヨム版に追いつくまでは毎日更新、追いつき次第毎週更新となります。

 未宙の戦友であるノルン・ルーヴを主人公に据え、ベイカントやクレイドルシステムの謎を解き明かすいわば回答編です。もしよければ、最後までお付き合い頂けると幸いです。
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