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第一部第一章
視察と事務の狭間で
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「またラザフォード伯爵の元に向かうんですか?」
「うん」
翌日、遠くへ出張に出る直前、セバスチャンに尋ねられて昭弥は即答した。
「何を調べるんですか?」
「農作物の状況だよ。王都に運んでも十分な量があるか。売れるかどうか確かめるんだ」
「難しいのでは? 帝国領から送られてきますから」
「いや、普通の野菜が売れるかどうかだよ」
「売れるんですか? 王都の周りに結構な量の畑がありますよ」
王都の周りは畑となっており、王都への野菜供給源となっている。
「見てみないと解らない。あと、石炭が十分かどうか調べる必要があるんだ」
「石炭ですか?」
セバスチャンは怪訝な顔をした。
「あんなもの売れますかね。ドネツの石炭ならともかく、ラザフォードの石炭は硫黄が多いので売れませんよ」
「ドネツにもあるのかい?」
「ええ、質の良いのがあるそうです。余り出てきませんが」
「何故です?」
「木炭で十分ですからね。周りにいくらでも原料になる木がありますし、簡単に作れますから売れないんですよ」
確かにそれだと売れないだろうな。
身の回りの品で十分なのに、わざわざ買って使おうとする人間など居ない。
「でも、これから売れるようになると思うよ」
「どうしてです?」
「これから作る会社が買うから」
どういうことかセバスチャンは尋ねようとしたが、その前に昭弥が足早に出て行ってしまったため慌てて追いかけた。
「あ、昭弥様」
廊下で紙の束を持ったエリザベスと鉢合わせした。
「ああ、おはようございますエリザベスさん」
「おはようございます。丁度良かった。ご依頼されていた回答が出来ました」
そう言ってエリザベスは、リグニア語がビッシリ書かれた紙の束を昭弥に叩き付けた。
「早いですね」
「徹夜で纏めさせて頂きました。前回の回答分もありますので」
「よかった。視察の途中で読ませて貰いますよ」
「わかりました。ではお気を付けて」
「あ、忘れるところだった」
「はい?」
そう言って昭弥が渡したのは、またしても質問がギッシリ書かれた書類だった。
しかも、リグニア語の文法がムカつくほど、前より洗練されていた。
「新たな質問です。こちらも視察が終わるまでに回答して頂くとありがたいです。どうか宜しくお願いします。それでは、向こうで何かお土産を買ってきますよ。あ、あなたの出身地でしたね。何か欲しいものはあります? エリザベスさん?」
エリザベスからの返事は無かった。
今度の出張では、川をさかのぼったため、時間がかかったが無事に到着した。
再びの滞在だったがラザフォード伯爵は文句を言わず、二人を迎えた。
部屋に案内されると、すぐさま昭弥は公務を理由に歓迎の宴を断り、早速石炭の採掘場所に向かった。
「ここです」
連れてこられたのは湿地帯に近い場所だった。
「こちらが石炭です」
セバスチャンが見せてきたのは、泥にまみれた葉っぱのような物だった。
「泥炭か」
石炭になりかけのものだ。
石炭は植物が地面に埋まり地熱などで炭化が進み、泥炭、褐炭、瀝青炭、無煙炭の順で炭素の含有量が多くなり、熱量の高い石炭になる。
「これぐらいですね。暖炉の火を絶やさずに済みます」
泥炭は炭素の含有量が少なく熱量も少ないが、低い温度で燃え続ける事が出来る。そのため寝るときに暖炉に入れておき、長時間部屋を暖めるのに使われる。
「もっと石のような奴は無いかな?」
「まあ、有りますけど」
セバスチャンは口を濁しながら答えた。
「見せて」
「良いですけど、余りよくありませんよ」
それでも構わない、と昭弥は言って直ぐに向かった。
案内されたのは丘の麓だった。
少し黒い部分があり、その場所に案内された。黒い部分は昭弥の背丈よりも高く、かなり厚い層になっているようだ。
「ここは?」
「前に売れないかと、試しに掘ってみたんです。けど大した値段にならず、運ぶだけ赤字だったので止めたんです」
昭弥は少し掘ってみて手に取った。
「汚れますよ」
セバスチャンの言葉は昭弥に届かなかった。石炭を見て絶句していた。
「最高級の瀝青炭だ」
「そうなんですか」
「そうだよ! 宝の山だよ!」
昭弥の居た世界では瀝青炭は最も高い値段で取引されている。文字通り黒いダイヤモンドだ。
「本当ですか?」
だがセバスチャンは半信半疑で昭弥を見た。
そこで昭弥も気が付いた。使う人間、つまり買い求める人間が居なければ、ただの黒い石炭でしか無い。
何らかの利用価値が生まれなければ、商品としての価値は無いのだ。
「どれくらい採掘出来るか調べてみないと」
「何処にでもありますよ」
「……なんだって?」
「丘の周辺だったら何処でも採れますよ」
「……ははははは……は」
途方も無い量に昭弥は笑うしか無かった。
石炭の位置を地図に纏めるようラザフォード伯爵に依頼した後、昭弥はすぐさま王都に戻り次の仕事に取りかかった。
「お帰りなさいませ昭弥様」
光の無い瞳で出迎えたのはエリザベスだった。
「求められていた資料は、あちらにございます」
机の上には山のような資料や予算表が置かれていた。
「ありがとうございます」
昭弥はそれだけ言うと、早速机の前に座り資料を読み始めた。
「やはり、高く付きそうですね」
求めたのは主に、鉄道の建設費用だった。
王国鉄道や帝国鉄道の建設費の概算を元に昭弥の計画にいくら必要かが書かれていた。
「この土手の建設費用、高くありませんか?」
線路を引くのに重要なのは地盤だ。レールだけで無く、その上を通る汽車や荷物を積んだ貨車の重量に耐えられるだけの地盤、耐久力が無ければレールごと列車が沈んでしまう。
それを避けるために土手で地盤を固める必要があるのだ。
「無理です。これ以下では必要な強度が維持出来ません」
エリザベスがきっぱりと言った。
「よく分かりますね」
「川の土手の工事をよく行いますので、いくら必要かは解ります」
「本当に?」
「はい、治水は政治の根幹ですから」
「いや、川の土手っていったよね。これぐらい立派な土手があるの?」
「はい、何しろルテティアはルビコン川に沿って発展した国ですから。河川の整備は国家事業。土手などルビコン川にいくらでもあります。特に本流は、水量が多く氾濫時の力も強いのでこれとは比べものにならないくらい、巨大な土手が作られています」
それを聞いた昭弥は、にっこりと笑った。
「ありがとうございます」
昭弥はそれを聞くと、直ぐに地図を見直した。そして、必要な部分に線を引いていく。
「昭弥様?」
「出来た」
昭弥は直ぐに指示書を作成してエリザベスに渡した。
「この条件で再試算して下さい。大分安くなるはずですから」
「は、はい」
「明日の朝、また出張するのでそれまでにこの資料は見ておきます」
「わかりました」
エリザベスはホッとした。今回はそれほど無茶な指示を出さずに行ってくれそうだ。
「あ、そうだ」
昭弥は、忘れ物を取り出すようにカバンから紙の束を出した。
「……これは?」
「新たな事業に必要な試算を出すための指示書です。川船の中で書いたので、少し見にくいでしょうが、これを元に出して下さい」
「……はい」
一瞬目眩がしたがエリザベスは、自分に発破を掛けて奮い立たせた。
「ああ、出来た資料を元にして出張前に新たな指示を出すと思うので、それもお願いします」
返事は無かった。エリザベスは立ったまま気絶した。
翌日、昭弥は再び出張に出ていった。
今度はルビコン川を下って河口にあるオスティアの港町を視察する。
「結構人が多いな」
「貿易船が来ますから」
インディゴ海に面した東方貿易の要がこのオスティアにあるトラヤヌス港だ。
ルビコン川東岸にあるこの港には各国からの貿易船が数多くやって来ている。
沖合に停泊する貿易船から荷物が降ろされて次々と、港の倉庫へ運ばれて行く。
だが、埠頭と倉庫街が狭いため、荷物を入れるのに苦労している。
「なんか、雑然とした町だね」
「王国と帝国の支配が進むにつれて、貿易量が拡大したので比例して町が発展したのですが」
「継ぎ足していったから、このように雑然とした訳か」
予想外に発展したために雑然とした待ちになることはよくある。日本の町でもあるし、ヨーロッパの町でも入り組んだ路地がある場所などはその典型だ。
「あと、どうして倉庫に入れるんだ? 川船に直接乗せた方が手間がかからないんじゃ?」
「貿易船は風任せですから。いつ港に着くか解りません。そして到着するときは、同じ風に乗って何隻も一緒に入ってくることも多いです。そのため、王都に向かう川船の数が足りず、倉庫に入れざるを得ないのです」
「なるほど」
昭弥はメモした。
「沖合に止めないとダメかい?」
「ええ、岸の近くは浅くて大型船が横付けできません」
「確かにね」
昭弥は、メモをして次の視察場所に向かった。
今度は沿岸地域を眺めていた。
多くは漁村で魚を捕って生計を立てている。
「干物が多いね」
昭弥は、漁村の風景を眺めていた。
「現金収入が入るのはこれしかありませんから」
セバスチャンが説明する。鮮魚は腐りやすいため干物にしないと王都に運ぶことが出来ないのだ。
「だから皆、干物を作っているのか」
「はい」
続いて、塩田を見てみた。あまり、規模は大きくなく、塩の生産量も少なく見えた。
「どうしてこんなに少ないんですか?」
「塩は塩田で海水を蒸発させてから、その砂を集めて海水につけて濃い塩水を作ります。
「うん」
セバスチャンの説明は知っていたが、昭弥は知らない振りをした。
「そして、その塩水を煮詰めて塩を作るんですけど、煮詰める燃料がないのです」
「どうして?」
「沿岸部の木々を取り尽くしたんです。他からも持ってくるわけにもいきませんし。それに売る当ても少ないのです」
「なるほどね」
昭弥はメモをしてその場を去った。
六日後に城に帰った。
そして、作成された資料を確認すると共に、また新たな質問と指示書を渡すと再び出張し別の場所を視察しに行った。
そんな事を数回続けたとき、移動時間を短縮させようと翼竜を昭弥に付けたのだが、あまりにも酷使しすぎて、翼竜が次々と疲労で交代する事となった。
資料作成の方も、非常に多岐にわたり、詳細を求めてくるため早々にエリザベスのみでは足りず、メイドや役人が多数かり出される事となった。
何しろ、昭弥の居た時代とは違い、パソコンもインターネットもない世界であり、全ては手作業で行わなくてはならない。
例えばグラフ作成なら、インターネット上で見つけたり、表だけであってもエクセルにコピペして、グラフを作成するなど数分で出来る。
しかしこの世界では、必要な情報は書庫から手に入れ、メモに書き写し、それを元に手作業で描いて行く。また数字が大きいとグラフを調整する必要もある。それらも全て手作業なので、時間がかかる。
故に大勢が動員されたが、誰も文句を言わなかった。
昭弥の指示が的確で、作成される資料も素晴らしいものが多く、役人の中には自分の仕事に使おうと考える者さえいた。
そんな事を二ヶ月ほど繰り返し、最後の出張後、半月の間自室に籠もって計画を立て続けた。
「できた」
「ひっ」
半月後、扉が開いた時、エリザベスは悲鳴を上げた。
半ば妖怪じみた表情で昭弥が呟いたからだ。
頬はコケ、隈は濃い。
だが、目から出てくる精気は衰えておらず、むしろギラギラと輝いていた。
「うん」
翌日、遠くへ出張に出る直前、セバスチャンに尋ねられて昭弥は即答した。
「何を調べるんですか?」
「農作物の状況だよ。王都に運んでも十分な量があるか。売れるかどうか確かめるんだ」
「難しいのでは? 帝国領から送られてきますから」
「いや、普通の野菜が売れるかどうかだよ」
「売れるんですか? 王都の周りに結構な量の畑がありますよ」
王都の周りは畑となっており、王都への野菜供給源となっている。
「見てみないと解らない。あと、石炭が十分かどうか調べる必要があるんだ」
「石炭ですか?」
セバスチャンは怪訝な顔をした。
「あんなもの売れますかね。ドネツの石炭ならともかく、ラザフォードの石炭は硫黄が多いので売れませんよ」
「ドネツにもあるのかい?」
「ええ、質の良いのがあるそうです。余り出てきませんが」
「何故です?」
「木炭で十分ですからね。周りにいくらでも原料になる木がありますし、簡単に作れますから売れないんですよ」
確かにそれだと売れないだろうな。
身の回りの品で十分なのに、わざわざ買って使おうとする人間など居ない。
「でも、これから売れるようになると思うよ」
「どうしてです?」
「これから作る会社が買うから」
どういうことかセバスチャンは尋ねようとしたが、その前に昭弥が足早に出て行ってしまったため慌てて追いかけた。
「あ、昭弥様」
廊下で紙の束を持ったエリザベスと鉢合わせした。
「ああ、おはようございますエリザベスさん」
「おはようございます。丁度良かった。ご依頼されていた回答が出来ました」
そう言ってエリザベスは、リグニア語がビッシリ書かれた紙の束を昭弥に叩き付けた。
「早いですね」
「徹夜で纏めさせて頂きました。前回の回答分もありますので」
「よかった。視察の途中で読ませて貰いますよ」
「わかりました。ではお気を付けて」
「あ、忘れるところだった」
「はい?」
そう言って昭弥が渡したのは、またしても質問がギッシリ書かれた書類だった。
しかも、リグニア語の文法がムカつくほど、前より洗練されていた。
「新たな質問です。こちらも視察が終わるまでに回答して頂くとありがたいです。どうか宜しくお願いします。それでは、向こうで何かお土産を買ってきますよ。あ、あなたの出身地でしたね。何か欲しいものはあります? エリザベスさん?」
エリザベスからの返事は無かった。
今度の出張では、川をさかのぼったため、時間がかかったが無事に到着した。
再びの滞在だったがラザフォード伯爵は文句を言わず、二人を迎えた。
部屋に案内されると、すぐさま昭弥は公務を理由に歓迎の宴を断り、早速石炭の採掘場所に向かった。
「ここです」
連れてこられたのは湿地帯に近い場所だった。
「こちらが石炭です」
セバスチャンが見せてきたのは、泥にまみれた葉っぱのような物だった。
「泥炭か」
石炭になりかけのものだ。
石炭は植物が地面に埋まり地熱などで炭化が進み、泥炭、褐炭、瀝青炭、無煙炭の順で炭素の含有量が多くなり、熱量の高い石炭になる。
「これぐらいですね。暖炉の火を絶やさずに済みます」
泥炭は炭素の含有量が少なく熱量も少ないが、低い温度で燃え続ける事が出来る。そのため寝るときに暖炉に入れておき、長時間部屋を暖めるのに使われる。
「もっと石のような奴は無いかな?」
「まあ、有りますけど」
セバスチャンは口を濁しながら答えた。
「見せて」
「良いですけど、余りよくありませんよ」
それでも構わない、と昭弥は言って直ぐに向かった。
案内されたのは丘の麓だった。
少し黒い部分があり、その場所に案内された。黒い部分は昭弥の背丈よりも高く、かなり厚い層になっているようだ。
「ここは?」
「前に売れないかと、試しに掘ってみたんです。けど大した値段にならず、運ぶだけ赤字だったので止めたんです」
昭弥は少し掘ってみて手に取った。
「汚れますよ」
セバスチャンの言葉は昭弥に届かなかった。石炭を見て絶句していた。
「最高級の瀝青炭だ」
「そうなんですか」
「そうだよ! 宝の山だよ!」
昭弥の居た世界では瀝青炭は最も高い値段で取引されている。文字通り黒いダイヤモンドだ。
「本当ですか?」
だがセバスチャンは半信半疑で昭弥を見た。
そこで昭弥も気が付いた。使う人間、つまり買い求める人間が居なければ、ただの黒い石炭でしか無い。
何らかの利用価値が生まれなければ、商品としての価値は無いのだ。
「どれくらい採掘出来るか調べてみないと」
「何処にでもありますよ」
「……なんだって?」
「丘の周辺だったら何処でも採れますよ」
「……ははははは……は」
途方も無い量に昭弥は笑うしか無かった。
石炭の位置を地図に纏めるようラザフォード伯爵に依頼した後、昭弥はすぐさま王都に戻り次の仕事に取りかかった。
「お帰りなさいませ昭弥様」
光の無い瞳で出迎えたのはエリザベスだった。
「求められていた資料は、あちらにございます」
机の上には山のような資料や予算表が置かれていた。
「ありがとうございます」
昭弥はそれだけ言うと、早速机の前に座り資料を読み始めた。
「やはり、高く付きそうですね」
求めたのは主に、鉄道の建設費用だった。
王国鉄道や帝国鉄道の建設費の概算を元に昭弥の計画にいくら必要かが書かれていた。
「この土手の建設費用、高くありませんか?」
線路を引くのに重要なのは地盤だ。レールだけで無く、その上を通る汽車や荷物を積んだ貨車の重量に耐えられるだけの地盤、耐久力が無ければレールごと列車が沈んでしまう。
それを避けるために土手で地盤を固める必要があるのだ。
「無理です。これ以下では必要な強度が維持出来ません」
エリザベスがきっぱりと言った。
「よく分かりますね」
「川の土手の工事をよく行いますので、いくら必要かは解ります」
「本当に?」
「はい、治水は政治の根幹ですから」
「いや、川の土手っていったよね。これぐらい立派な土手があるの?」
「はい、何しろルテティアはルビコン川に沿って発展した国ですから。河川の整備は国家事業。土手などルビコン川にいくらでもあります。特に本流は、水量が多く氾濫時の力も強いのでこれとは比べものにならないくらい、巨大な土手が作られています」
それを聞いた昭弥は、にっこりと笑った。
「ありがとうございます」
昭弥はそれを聞くと、直ぐに地図を見直した。そして、必要な部分に線を引いていく。
「昭弥様?」
「出来た」
昭弥は直ぐに指示書を作成してエリザベスに渡した。
「この条件で再試算して下さい。大分安くなるはずですから」
「は、はい」
「明日の朝、また出張するのでそれまでにこの資料は見ておきます」
「わかりました」
エリザベスはホッとした。今回はそれほど無茶な指示を出さずに行ってくれそうだ。
「あ、そうだ」
昭弥は、忘れ物を取り出すようにカバンから紙の束を出した。
「……これは?」
「新たな事業に必要な試算を出すための指示書です。川船の中で書いたので、少し見にくいでしょうが、これを元に出して下さい」
「……はい」
一瞬目眩がしたがエリザベスは、自分に発破を掛けて奮い立たせた。
「ああ、出来た資料を元にして出張前に新たな指示を出すと思うので、それもお願いします」
返事は無かった。エリザベスは立ったまま気絶した。
翌日、昭弥は再び出張に出ていった。
今度はルビコン川を下って河口にあるオスティアの港町を視察する。
「結構人が多いな」
「貿易船が来ますから」
インディゴ海に面した東方貿易の要がこのオスティアにあるトラヤヌス港だ。
ルビコン川東岸にあるこの港には各国からの貿易船が数多くやって来ている。
沖合に停泊する貿易船から荷物が降ろされて次々と、港の倉庫へ運ばれて行く。
だが、埠頭と倉庫街が狭いため、荷物を入れるのに苦労している。
「なんか、雑然とした町だね」
「王国と帝国の支配が進むにつれて、貿易量が拡大したので比例して町が発展したのですが」
「継ぎ足していったから、このように雑然とした訳か」
予想外に発展したために雑然とした待ちになることはよくある。日本の町でもあるし、ヨーロッパの町でも入り組んだ路地がある場所などはその典型だ。
「あと、どうして倉庫に入れるんだ? 川船に直接乗せた方が手間がかからないんじゃ?」
「貿易船は風任せですから。いつ港に着くか解りません。そして到着するときは、同じ風に乗って何隻も一緒に入ってくることも多いです。そのため、王都に向かう川船の数が足りず、倉庫に入れざるを得ないのです」
「なるほど」
昭弥はメモした。
「沖合に止めないとダメかい?」
「ええ、岸の近くは浅くて大型船が横付けできません」
「確かにね」
昭弥は、メモをして次の視察場所に向かった。
今度は沿岸地域を眺めていた。
多くは漁村で魚を捕って生計を立てている。
「干物が多いね」
昭弥は、漁村の風景を眺めていた。
「現金収入が入るのはこれしかありませんから」
セバスチャンが説明する。鮮魚は腐りやすいため干物にしないと王都に運ぶことが出来ないのだ。
「だから皆、干物を作っているのか」
「はい」
続いて、塩田を見てみた。あまり、規模は大きくなく、塩の生産量も少なく見えた。
「どうしてこんなに少ないんですか?」
「塩は塩田で海水を蒸発させてから、その砂を集めて海水につけて濃い塩水を作ります。
「うん」
セバスチャンの説明は知っていたが、昭弥は知らない振りをした。
「そして、その塩水を煮詰めて塩を作るんですけど、煮詰める燃料がないのです」
「どうして?」
「沿岸部の木々を取り尽くしたんです。他からも持ってくるわけにもいきませんし。それに売る当ても少ないのです」
「なるほどね」
昭弥はメモをしてその場を去った。
六日後に城に帰った。
そして、作成された資料を確認すると共に、また新たな質問と指示書を渡すと再び出張し別の場所を視察しに行った。
そんな事を数回続けたとき、移動時間を短縮させようと翼竜を昭弥に付けたのだが、あまりにも酷使しすぎて、翼竜が次々と疲労で交代する事となった。
資料作成の方も、非常に多岐にわたり、詳細を求めてくるため早々にエリザベスのみでは足りず、メイドや役人が多数かり出される事となった。
何しろ、昭弥の居た時代とは違い、パソコンもインターネットもない世界であり、全ては手作業で行わなくてはならない。
例えばグラフ作成なら、インターネット上で見つけたり、表だけであってもエクセルにコピペして、グラフを作成するなど数分で出来る。
しかしこの世界では、必要な情報は書庫から手に入れ、メモに書き写し、それを元に手作業で描いて行く。また数字が大きいとグラフを調整する必要もある。それらも全て手作業なので、時間がかかる。
故に大勢が動員されたが、誰も文句を言わなかった。
昭弥の指示が的確で、作成される資料も素晴らしいものが多く、役人の中には自分の仕事に使おうと考える者さえいた。
そんな事を二ヶ月ほど繰り返し、最後の出張後、半月の間自室に籠もって計画を立て続けた。
「できた」
「ひっ」
半月後、扉が開いた時、エリザベスは悲鳴を上げた。
半ば妖怪じみた表情で昭弥が呟いたからだ。
頬はコケ、隈は濃い。
だが、目から出てくる精気は衰えておらず、むしろギラギラと輝いていた。
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