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第一部第二章
ラザフォード領にて
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一番列車は予定通りラザフォード伯爵領にあるラザフォードに到着した。
女王の明日以降の予定なども考えて日帰りできる範囲に収めるためにラザフォードを到着地にした。
女王は全線に乗ろうと考えていたが、翌日からの執務などを考えると日帰りが限界だった。昭弥としても残念だったが、こればかりは仕方ない。
ラザフォードの駅では領民一同が総出で女王陛下を迎えた。
筋肉質の男性が多いのは、ここに出来た炭鉱の労働者だろう。鉄道のために筆余蘊あ石炭を採掘しているのだ。それらは王都に運ばれて機関車に使ったり、コークスに帰られて製鉄に使われたりする。
「ようこそおいで下さりました」
ラザフォード伯爵自らが女王一同を迎え入れた。
「では屋敷にどうぞお越し下さい」
用意された馬車に乗り、昼食場所であるラザフォード伯爵の屋敷に向かう。
「まあ、どうぞこちらに」
昼食の用意されたホールに向かい一同はそれぞれ着席した。
「本日はおめでとうございます。王国の発展のために鉄道が役に立つ事を祈っております」
ラザフォード伯爵は、祝辞を述べて女王の横に座った。
主が王族を迎えるのは当然である。
「本日は我が領地にお越し頂きありがとうございます」
「心からの歓迎、感謝いたします」
二人は、互いに礼を述べ合う。
「しかし、本当に鉄道が王国に富をもたらすのでしょうか」
懐疑的にラザフォード伯爵が尋ねてきた。
「帝国鉄道によって王国は貧しくなりました。鉄道はそれを拡大すると考えますが」
「豊かになると私は信じております」
だが、女王はそれを否定した。
「これまで王国には鉄道は一部の地域しか有りませんでした。ですがこれからは王国全土を結ぶことによって全ての地域が鉄道がもたらす利益を享受することが出来ます」
「果たして上手く行くでしょうか?」
「上手く行くよう、使うのが上に立つ者です」
静かに女王は答えた。
「ははは、確かに。いくら豊かな国でも分配が疎かでは国民は貧しくなる」
「ええ、そのためには優秀な人材が必要です」
「人材は揃っているように思えますが。あれだけの鉄道を建設し王都南岸に工業地帯を建設したのですから」
「ですが、優秀な人材はいくらでも必要でしょう」
「確かに」
ラザフォード伯爵は肯定した。
「ですが、人材は富と同じで偏ると国が貧しくなってしまいます」
「でも……」
「それに折角出来上がった料理に下手に新たな調味料を入れても、かえって不味くなる事がありますから」
「はい……」
女王は悲しそうに答えた。
「それより楽しみましょう! そうだ剣の舞をご披露いたしましょう」
ラザフォード伯爵はそう言って、いきなり剣を持ち出しホールの中央に躍り出ると鞘から白刃を抜いて踊り出した。
本来なら女王陛下の前で抜刀したら、反逆罪ものの重罪である。
だが、あっけらかんとしたラザフォード伯爵の性格は誰もが知っており、訴えたり告発しようとする人間はいなかった。
楽団も心得たもので陽気な音楽を流して助長していいる。
踊りは、見応えはあり、流麗なのだが何処か殺伐としたもので少し息が苦しくなる。
見せるための舞では無く、人を斬るための技を陽気なステップで表していると言って良いのだろうか。
全員が少し生暖かい目で見つつ、大人の対応をしていた。
ただ、女王付のメイドであり伯爵の娘であるエリザベスだけは、頭を抱えてその場で伏せていた。
彼女にとってこの場はどんな拷問や地獄より過酷なのだろう。見ていて痛々しくなるくらいだ。
やがて楽団の演奏が終わると伯爵も鞘に剣を収めて女王の元に戻った。
「いやあ、お見苦しい物をお見せしました。ただ少しでも場をなごませるための余興と思ってご勘弁を」
「い、いえ」
女王も少し引き気味で先ほどの話の事もあり、露骨に言えなかった。
「さて、陛下。実は少しお話しが」
伯爵が小さな声でユリアに耳打ちした。
一同は昼食を終えた後、駅に戻り折り返しの列車に乗り込んだ。
「どうかなさいましたか」
昭弥はずっと窓を見ているユリアに話しかけた。
「伯爵に何かされたのですか?」
「フラれました」
「え?」
昭弥は、驚いた。自分の幼なじみとも言えるメイドの父親に恋愛感情を持つのだろうか。と言うよりあの行動を見て、惚れる要素など有るのだろうか。
「違います。私はラザフォード伯爵に閣僚になって欲しかったのです」
「どうして」
「彼が優秀だからです」
「はあ」
曖昧に昭弥は答えた。会ったときの印象などを見て貴族の考えが主だが、物事の道理を見極めることの出来る聡明な人物だと思っている。ただ行動が支離滅裂というか、奔放なのでその姿を見ると、昭弥が若いと言うこともあり、優れていると素直に認められない。
「私が即位したときの内乱で彼はいち早く私の元に参じ、反乱軍を討伐してくれました。特に戦後処理は巧みで、多くの貴族を私の元に忠誠を使うよう誘導してくれた恩人です」
「そうですか。ですが何故、一領主のままなのですか?」
それだけの功績を挙げればユリアの元で宰相をしてもおかしくない。
「それも伯爵の献策です。もし就任すれば貴族達は不満に思いさらなる反乱を企てるでしょう。ここは反乱の中に加わりまとめ上げた人物を登用すべきです。反乱の不満の元を知り、抑止の対策を採らせることでこれからの反乱を阻止させるべきです。何より、貴族達の中に女王が反乱に参加した貴族でも登用する寛大な女王であると示すことが出来ます。もし優柔不断と見て侮るなら剣を頭上に落とせば良いでしょう、と」
「はあ……」
穏健策に見えてしっかりと強硬策を入れているのは、ルテティア王国だからだろうか。
「元々貴族は辺境の守りの要としておかれており、王国では北方に貴族が多くいます。勿論南方や東方にもおりますが、ラザフォード伯爵は特に西の要として統治して貰っています」
「どういう事ですか?」
帝国に近く、安全に見えるが。
「帝国と近いと言うことは、連絡線ということです。もし王国に侵略があり、王都が包囲されたとき、伯爵は帝国に救援を求める重要な役割があります。そして、王都を包囲する敵の後方を扼す重要で危険な役目も。そして帝国の援軍あらば彼らに補給を行いつつ、先鋒に立って解囲軍を率います。それ故、謀反でも起こされようものなら帝国への連絡もままならず王国は滅びるしかないでしょう。現にルテティアは幾度か王都を包囲されましたがその度に歴代ラザフォード伯爵が救援を呼び寄せ、王都を助けてくれました」
王国成立当初は、特に領地が小さく包囲されやすかったのだろう。だから忠誠心の熱いラザフォード伯爵を要地にあてがい、治めさせていたのだろう。
「そして歴代国王、女王もラザフォード伯爵を信頼しております。そして伯爵が代々有能であり、王国に度々献策をしていることも。伯爵の献身無くして王国は成り立たなかったのでしょう。ですから、この度も閣僚にと頼んだのですか」
「ダメだったと」
「はい。先ほども言ったように王国の貴族は北方に多く西方のラザフォード伯爵は別格です。もし、登用すれば彼らから反感を買い、内乱の火種となる。だから、閣僚になれないと言われてしまいました」
「それだけですか?」
昭弥は尋ねた。
「何ですか?」
「いや、それだけで顔を背ける理由にはならないかと」
「背ける必要があるからです」
見せられる訳が無い。顔が真っ赤なのだから。
「ご熱心なのは、心に決めた人がいるからですか?」
会談の時、剣の舞が終わった後、ラザフォード伯爵が耳打ちした途端、ユリアは顔が真っ赤になり俯いた。
「な、な、な」
「いえ、鉄道を敵視していた陛下が、これほど鉄道に熱心になるのが疑問だったので」
「そ、そのような、ことは、私は」
「ええ、公正な女王陛下。国のために尽くし良策を受け入れて実行する。陛下は、まことに名君です」
伯爵は口が回らないユリアに代わって話した。
「今回の事は良策なのでしょう。結果は直ぐに出るでしょうが、悪くても直ぐに良い物に変えてくれるでしょう。彼は優秀で誠実ですから。心に決めるには、十分値する青年です」
遂にユリアは黙り込んでしまった。
「鉄道とその周辺だけが優秀なようですが、大丈夫でしょう。彼は真摯で明るいですから。近くにいても何ら問題はないでしょう。自分が決めたからと言って遠ざける理由にはなりません。彼は、あなたを助けてくれる素晴らしい青年だ。私が出て行く必要も無いくらいにね」
その後、ユリアは伯爵の屋敷を出るまで何も言葉を発しなかった。
翌日、鉄道は本開業を向かえ、本格的に営業を開始した。
女王の明日以降の予定なども考えて日帰りできる範囲に収めるためにラザフォードを到着地にした。
女王は全線に乗ろうと考えていたが、翌日からの執務などを考えると日帰りが限界だった。昭弥としても残念だったが、こればかりは仕方ない。
ラザフォードの駅では領民一同が総出で女王陛下を迎えた。
筋肉質の男性が多いのは、ここに出来た炭鉱の労働者だろう。鉄道のために筆余蘊あ石炭を採掘しているのだ。それらは王都に運ばれて機関車に使ったり、コークスに帰られて製鉄に使われたりする。
「ようこそおいで下さりました」
ラザフォード伯爵自らが女王一同を迎え入れた。
「では屋敷にどうぞお越し下さい」
用意された馬車に乗り、昼食場所であるラザフォード伯爵の屋敷に向かう。
「まあ、どうぞこちらに」
昼食の用意されたホールに向かい一同はそれぞれ着席した。
「本日はおめでとうございます。王国の発展のために鉄道が役に立つ事を祈っております」
ラザフォード伯爵は、祝辞を述べて女王の横に座った。
主が王族を迎えるのは当然である。
「本日は我が領地にお越し頂きありがとうございます」
「心からの歓迎、感謝いたします」
二人は、互いに礼を述べ合う。
「しかし、本当に鉄道が王国に富をもたらすのでしょうか」
懐疑的にラザフォード伯爵が尋ねてきた。
「帝国鉄道によって王国は貧しくなりました。鉄道はそれを拡大すると考えますが」
「豊かになると私は信じております」
だが、女王はそれを否定した。
「これまで王国には鉄道は一部の地域しか有りませんでした。ですがこれからは王国全土を結ぶことによって全ての地域が鉄道がもたらす利益を享受することが出来ます」
「果たして上手く行くでしょうか?」
「上手く行くよう、使うのが上に立つ者です」
静かに女王は答えた。
「ははは、確かに。いくら豊かな国でも分配が疎かでは国民は貧しくなる」
「ええ、そのためには優秀な人材が必要です」
「人材は揃っているように思えますが。あれだけの鉄道を建設し王都南岸に工業地帯を建設したのですから」
「ですが、優秀な人材はいくらでも必要でしょう」
「確かに」
ラザフォード伯爵は肯定した。
「ですが、人材は富と同じで偏ると国が貧しくなってしまいます」
「でも……」
「それに折角出来上がった料理に下手に新たな調味料を入れても、かえって不味くなる事がありますから」
「はい……」
女王は悲しそうに答えた。
「それより楽しみましょう! そうだ剣の舞をご披露いたしましょう」
ラザフォード伯爵はそう言って、いきなり剣を持ち出しホールの中央に躍り出ると鞘から白刃を抜いて踊り出した。
本来なら女王陛下の前で抜刀したら、反逆罪ものの重罪である。
だが、あっけらかんとしたラザフォード伯爵の性格は誰もが知っており、訴えたり告発しようとする人間はいなかった。
楽団も心得たもので陽気な音楽を流して助長していいる。
踊りは、見応えはあり、流麗なのだが何処か殺伐としたもので少し息が苦しくなる。
見せるための舞では無く、人を斬るための技を陽気なステップで表していると言って良いのだろうか。
全員が少し生暖かい目で見つつ、大人の対応をしていた。
ただ、女王付のメイドであり伯爵の娘であるエリザベスだけは、頭を抱えてその場で伏せていた。
彼女にとってこの場はどんな拷問や地獄より過酷なのだろう。見ていて痛々しくなるくらいだ。
やがて楽団の演奏が終わると伯爵も鞘に剣を収めて女王の元に戻った。
「いやあ、お見苦しい物をお見せしました。ただ少しでも場をなごませるための余興と思ってご勘弁を」
「い、いえ」
女王も少し引き気味で先ほどの話の事もあり、露骨に言えなかった。
「さて、陛下。実は少しお話しが」
伯爵が小さな声でユリアに耳打ちした。
一同は昼食を終えた後、駅に戻り折り返しの列車に乗り込んだ。
「どうかなさいましたか」
昭弥はずっと窓を見ているユリアに話しかけた。
「伯爵に何かされたのですか?」
「フラれました」
「え?」
昭弥は、驚いた。自分の幼なじみとも言えるメイドの父親に恋愛感情を持つのだろうか。と言うよりあの行動を見て、惚れる要素など有るのだろうか。
「違います。私はラザフォード伯爵に閣僚になって欲しかったのです」
「どうして」
「彼が優秀だからです」
「はあ」
曖昧に昭弥は答えた。会ったときの印象などを見て貴族の考えが主だが、物事の道理を見極めることの出来る聡明な人物だと思っている。ただ行動が支離滅裂というか、奔放なのでその姿を見ると、昭弥が若いと言うこともあり、優れていると素直に認められない。
「私が即位したときの内乱で彼はいち早く私の元に参じ、反乱軍を討伐してくれました。特に戦後処理は巧みで、多くの貴族を私の元に忠誠を使うよう誘導してくれた恩人です」
「そうですか。ですが何故、一領主のままなのですか?」
それだけの功績を挙げればユリアの元で宰相をしてもおかしくない。
「それも伯爵の献策です。もし就任すれば貴族達は不満に思いさらなる反乱を企てるでしょう。ここは反乱の中に加わりまとめ上げた人物を登用すべきです。反乱の不満の元を知り、抑止の対策を採らせることでこれからの反乱を阻止させるべきです。何より、貴族達の中に女王が反乱に参加した貴族でも登用する寛大な女王であると示すことが出来ます。もし優柔不断と見て侮るなら剣を頭上に落とせば良いでしょう、と」
「はあ……」
穏健策に見えてしっかりと強硬策を入れているのは、ルテティア王国だからだろうか。
「元々貴族は辺境の守りの要としておかれており、王国では北方に貴族が多くいます。勿論南方や東方にもおりますが、ラザフォード伯爵は特に西の要として統治して貰っています」
「どういう事ですか?」
帝国に近く、安全に見えるが。
「帝国と近いと言うことは、連絡線ということです。もし王国に侵略があり、王都が包囲されたとき、伯爵は帝国に救援を求める重要な役割があります。そして、王都を包囲する敵の後方を扼す重要で危険な役目も。そして帝国の援軍あらば彼らに補給を行いつつ、先鋒に立って解囲軍を率います。それ故、謀反でも起こされようものなら帝国への連絡もままならず王国は滅びるしかないでしょう。現にルテティアは幾度か王都を包囲されましたがその度に歴代ラザフォード伯爵が救援を呼び寄せ、王都を助けてくれました」
王国成立当初は、特に領地が小さく包囲されやすかったのだろう。だから忠誠心の熱いラザフォード伯爵を要地にあてがい、治めさせていたのだろう。
「そして歴代国王、女王もラザフォード伯爵を信頼しております。そして伯爵が代々有能であり、王国に度々献策をしていることも。伯爵の献身無くして王国は成り立たなかったのでしょう。ですから、この度も閣僚にと頼んだのですか」
「ダメだったと」
「はい。先ほども言ったように王国の貴族は北方に多く西方のラザフォード伯爵は別格です。もし、登用すれば彼らから反感を買い、内乱の火種となる。だから、閣僚になれないと言われてしまいました」
「それだけですか?」
昭弥は尋ねた。
「何ですか?」
「いや、それだけで顔を背ける理由にはならないかと」
「背ける必要があるからです」
見せられる訳が無い。顔が真っ赤なのだから。
「ご熱心なのは、心に決めた人がいるからですか?」
会談の時、剣の舞が終わった後、ラザフォード伯爵が耳打ちした途端、ユリアは顔が真っ赤になり俯いた。
「な、な、な」
「いえ、鉄道を敵視していた陛下が、これほど鉄道に熱心になるのが疑問だったので」
「そ、そのような、ことは、私は」
「ええ、公正な女王陛下。国のために尽くし良策を受け入れて実行する。陛下は、まことに名君です」
伯爵は口が回らないユリアに代わって話した。
「今回の事は良策なのでしょう。結果は直ぐに出るでしょうが、悪くても直ぐに良い物に変えてくれるでしょう。彼は優秀で誠実ですから。心に決めるには、十分値する青年です」
遂にユリアは黙り込んでしまった。
「鉄道とその周辺だけが優秀なようですが、大丈夫でしょう。彼は真摯で明るいですから。近くにいても何ら問題はないでしょう。自分が決めたからと言って遠ざける理由にはなりません。彼は、あなたを助けてくれる素晴らしい青年だ。私が出て行く必要も無いくらいにね」
その後、ユリアは伯爵の屋敷を出るまで何も言葉を発しなかった。
翌日、鉄道は本開業を向かえ、本格的に営業を開始した。
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