鉄道英雄伝説 アルファポリス版

葉山宗次郎

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第一部第三章

鉄兜酒場

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「以上、報告を終わります」

「よし」

 助役の報告を受けてトムは、満足した。

「私の今日の業務は終了します。後はお願いします」

「はい!」

 駅長は基本的に平日の九時から午後五時までの業務で、夜勤は駅員が交代で行う。駅長の業務は管理であり、構内に出てくることは基本的に無い。駅長個人の心情などで頻繁に構内に出て業務を行う事もあれば、部下に任せることもある。小規模駅の場合は、駅員が足りないので、駅長も駅の業務に関わることが多い。
 カンザス駅は小規模で無いが大規模でもないので、トムが出て行くことが多く、それでいて定時に帰れる余裕もある。
 勿論、悪天候や事故などが起きれば、休日だろうと夜間だろうと直ぐに駆けつけてくるが。

「家に帰るんですか?」

「いや、半分公用、半分私用の用事がある。鉄兜酒場で飲んだあと、家に帰るから何かあったら来てくれ」

「はい」



 カンザスの駅前にも鉄道会社によって建物が建てられ、ホテルや貸店舗がある。短期間に作る必要があったため、大半は仮設の安上がりな粗末な建物だが、本格的な建物の建設も始まっている。それらの建物が出来れば、立派な町となるだろう。
 鉄兜酒場は、そのうちにある貸店舗の一つで、酒場として営業していた。
 駅に近いこともあり、トムをはじめとする駅従業員や町の労働者、旅の商人が利用していた。

「やあ、トムか」

 声を掛けてきたのは、この店の女主人アデーレ・ユンガーだ。

「ガブリエル坊やはそこに居るよ」

「坊やは止して下さいよ」

 先に着いていたガブリエルが抗議の声を上げるが

「あんだって?」

「いいえ何でもありません」

 ユンガーの右目に睨まれてガブリエルは黙り込んだ。
 ちなみに左目は眼帯が付いている。

「トム、何にする」

「何があります?」

「タマネギのスライス、タマネギの炒め物、タマネギのスープ、オニオンリング」

「タマネギ料理ばかりですね」

「タマネギは兵士の好物だ」 

 アデーレは元軍人で負傷により予備役になった。王都で酒場を経営していたが、色々あってこのカンザスに移ってきた。
 ガブリエルは色々について聞きたがっているが、いつも睨まれるため聞けずにいる。

「タマネギ一つで兵士は獅子になれる」

「じゃあ、いつものやつで」

「あいよクリスタ」

「あーい、あねご」

 出てきたのは、身長の低い、可愛らしいメイド服とカチューシャを着た少女だ。クリスタ・ゼルテというこの酒場のウェイトレスだ

「何か用、へぐっ」

 出てきた瞬間、アデーレはクリスタの腹に拳を喰らわせ、壁に吹き飛ばした。

「また、つまみ食いしたろ」

「ちょ、ちょっと、だけ」

「お前の一寸は、半分だろう」

 つまみ食いの常習犯としてクリスタは有名だった。そのためいつもアデーレの鉄拳制裁を喰らうのだが、客から文句は来ない。

「ほら、これをトムとガブリエル坊やに持っていきな。つまみ食いするなよ」

「あーい」

 先ほどのダメージが回復したクリスタは、渡された皿を持って二人のテーブルに向かった。

「お待たせしました」

 出てきたのは、山盛りのベーコンとタマネギの炒め物と、タマネギの丸焼き数個だった。
 この鉄兜酒場は、料理が美味しくて、量が多くて、安いので人気だ。
 肩とテーブルの高さがほぼ一緒のクリスタが持ってくるとより、多く感じる。

「ビールだよ」

 更に木製のジョッキに並々注がれたビールをクリスタは持ってきた。

「じゃあ、とりあえず乾盃な」

「ああ」

 ジョッキを空中でぶつけ、一気に飲み干した。

「ああ、美味い」

 更にベーコンとタマネギを食べる。油と塩加減が絶妙で本当に美味い。かりっと揚がったベーコンとタマネギの甘みが絶品だ。ビールと一緒に食べると本当に美味い。

「じーっ」

 とそんな二人を見る小動物が一人。
 料理と酒を持ってきたクリスタだ。
 テーブルの上に顎を載せて物欲しげに二人を見ている。

「食べる?」

 そう言ってガブリエルは、フォークでタマネギとベーコンを刺して、口の近くに持って行く。
 するとクリスタはそのまま口を開いて食べた。
 口の中で数回噛んで飲み込んだ後、にっこり笑い、更に食べたいと瞳をキラキラさせながらガブリエルを見る。
(可愛い)
 そう思って、ガブリエルは更に食べさせた。
 このような行為をクリスタはどの客に対しても行う。その小動物のような行動が、可愛らしく、ついつい上げてしまう。
 この酒場が繁盛する理由の一つだ。
 しかし反則気味に可愛い。
 アデーレの元部下で、ガブリエルとほぼ同年代とは思えない。

「こらっクリスタ。食事の邪魔だろう。ガブリエル坊やも甘やかすんじゃない」

「良いじゃないか」

「バカを言うな、後々困るぞ。お前、子供の頃捨て犬拾って親に怒られた口だろう」

「そんなことありません」

「育てた仔牛が売られていくのを泣いて止めようとしたことはあるけどな」

「言うな!」

 そんなバカ話を終えた後、二人は本題に入った。

「で、今回の依頼は?」

「ああ、家畜を王都に運びたい」

「家畜?」

「牛や豚だ。王都では肉が食われるようになっている」

 労働者が増えた上、賃金が上がっているため、食事の改善を望む王都の民は多い。一般的に賃金や収入が上昇すると、肉類の需要が増えるのは、何処でもいつの時代も同じだ。

「干し肉とかベーコンとかあるだろう」

「いや、生きたまま運ぶ。王都で解体するんだそうだ。だから生きたまま運びたいんだが」

「そういうことか。引き受けた」

「……いやにあっさり言うな」

「いや、丁度本社から、家畜車を導入したから要望が無いか調べろという通達が来たんだ」

「手回し良いな」

「うちの社長、こういうことに異常なほど敏感で先手先手を打っている。兎に角、こちら
も貸せるんだから文句はない」

「料金は?」

「通常の有蓋車より少し高い程度だが、餌と水はそちら持ち。掃除とかは返却後にやるから心配するな。衛生状態が気になるなら、途中自分たちでやれといったところだ」

「それなら有り難い。でも糞の始末もしてくれるのか?」

「王都に堆肥施設があってそこに運ぶのでむしろ歓迎だってさ」

「ほんと手回しが良いな」

 二人は鉄道会社に乾盃した後、一気にビールを飲み干した。

「景気の良い話だな坊や」

「やめて下さいよ。坊やと呼ぶのは」

「違うって言っている限り坊やだ。ところで牛がやって来るんだって」

「ええ、売り出すために連れてきますけど」

「一頭くらい融通してきてくれないかな? ウチで出そうと思うんだけど」

「良さそうですね」

「少しまけろ」

「えーっ」

「一番美味い肩の辺りの肉をやるからさ」

「わかりました」

「頼むぞ」

 餌で釣られるとは、まだまだ子供だとアデーレは思い、暫く坊や扱いを続けることにした。




「ちーす、あねごー」

 ガブリエル達が帰って暫くしてから鉄兜酒場に一人の客が入って来た。

「おーテオーっ」

「お、テオドーラじゃないか」

「ひさしぶりっす」

 テオドーラ・アルダー。アデーレの元部下だったが、彼女の予備役編入後、居心地が悪くなったので自ら予備役となっていた。

「何か下さい」

「自然に言うな。ツケを払ってからにしろ。王都からずっと払っていないだろう」

「金が貯まったら渡すよ」

 そう言って、席に着くテオドーラ。アデーレは諦めてテオドーラに丸焼きにしたタマネギを渡すと、彼女は皮をむいて齧り付いた。

「やっぱ姉御の料理は美味い」

「強火で焼いただけの丸焼きだぞ」

「火加減絶妙で塩の選択も良い。それに塩には胡椒も混ぜているでしょう。だから美味い」

「全く、舌だけ肥えやがって」

「姉御の下にいると料理だけには困らなかったからね。姉御の飯は美味いし」

「まったく」

 少し赤くなりながらアデーレは、追加のタマネギを焼いた。

「で、暫く見ていなかったけど何処行ったんだ?」

「ちょっと行商」

「どこに?」

「アクスム」

「何を売ったんだ?」

「ルテティア鋼」

「最近人気だな」

「うん。欲しがる奴が多くてさ、小さい欠片を持って行っても高値で買ってくれる」

「そうか」

 アデーレは、残った目を細めた。

「で、どんくらい続きそうだ。あんた転職ばっかしているだろう」

「もう、あと一週間ぐらいかな。なんかきな臭くてそれ以上は無理。まあ、こちら側で売り買いすれば結構良い商売になると思うし」

「そうか」

「暫くは、この近く回って余ったルテティア鋼探して売りに行くよ」

「北の方には行かないのかい? 最近鉄道が出来たそうじゃないか」

「興味はあるけど行かない。あっちは貴族様が一杯いて動きにくいからね。姉御だって貴族はいやだろう」

「そりゃね」

 軍隊時代貴族と言うだけで威張っている奴を何人も見てきた。そいつに関わるとろくな事が無く、軍隊を出ていったのもそれが理由の一つだ。

「レールを剥ぎ取るんじゃ無いよ」

「それやった奴、この前吊されていたよ。そんな事しなくてもあちこち調べれば余った奴はあるし」

「お前はそういうことに鼻がきくからね」

「お陰で小金が稼げます」

「そうか」

 アデーレはにっこり笑い、鮫のような笑みを口に浮かべた。

「ということは、たっぷり稼いで懐は温かいはずだよな。ふん縛ってツケを払って……」

「じゃ、仕事有るんで今日はこのくらいで」

「まて! ツケ払え!」

 アデーレのこだまが響く前に、テオドーラは酒場から逃げ出した。
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