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第一部第四章
総反撃
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「総司令官。攻撃準備完了しました」
「ありがとうございます」
スコット大将の言葉にラザフォードは満足した。
アッシュールに集結した王国軍三〇万に対して敵は二〇万以下。数的優位に立っている。
「しかし、周軍の前に何か置いてありますね」
「鉄条網でしょう」
スコット大将が説明した自分が多用したため、遠くから見ても分かる。
「アレは厄介です。下手に乗り越えようとすると棘が服に引っかかり進めません」
「砲撃で破壊できますか?」
「出来ますが、効果は非常に低いです」
使っている砲弾は鉄製の球形砲弾のため爆発しないので細い線を破壊するのはラッキーヒットが必要。臼砲なら炸薬の爆風で吹き飛ばせるかもしれないが、近くまで征かなければならない。
「ですが連中も使い方を分かっていないようです。お任せあれ」
自信に満ちた声でスコット大将は答えた。
「攻撃開始!」
スコット大将の命令により陸の上に並んだ王国軍は反対側の陸に並ぶ周軍に向かって前進を開始した。砲撃戦が展開されるが、互いに有効弾を与えない。
順調に王国軍は前進したが、鉄条網に阻まれた。
そこへ周軍の砲撃が集まり、王国軍に損害が出始めた。
「撤退命令を」
スコット大将の命令で全軍が一斉に退却を始めた。
「追いかけろ!」
敵が退却しているところを攻撃するのは非常に有効だ。周軍は直ちに追撃態勢に入ったが、足が鈍った。
「どうした! 進まんか!」
苛立った彭が、部下を責めた。
「設置した鉄条網が邪魔で移動できません」
障害物が自分たちも阻んだのだ。
「両翼より分散し追撃を開始せよ」
命令に従い周の軍勢は鉄条網を迂回して攻撃を開始した。
だが、それこそスコット大将の待ち望んだ瞬間だった。
「撃て」
丘の背後に展開した砲兵部隊が、一斉に砲撃を開始。追撃のために鉄条網周辺に集まった部隊に砲弾が雨あられと降り注ぐ。
「応戦しろ!」
あまりの損害に彭は命じた。
「敵が見えません」
「丘の後ろ側めがけて撃て! 黙らせれば良い」
直ちに砲撃を行い丘の裏側へ砲弾の雨を降らせた。
「うむ、良い判断じゃ。だが、無意味じゃ」
丘の後ろにいたのは騎馬砲兵隊。全員が馬に乗って移動する部隊だ。
「次の地点に到着次第、砲撃するよう命じよ」
「はっ」
むやみな命令では無かった。
予め砲撃地点を設定し、必要な射角や方位を計算し伝えてある。
その甲斐もあって移動してすぐさま砲撃できる。
更に敵が鉄条網を設置してくれたことも幸いした。
こちらも移動できないが敵も移動できないため、何処に敵が行くか判断できるからだ。
「怯むな! 進め!」
後退しようとする軍を叱咤する彭だが、王国軍の正確無比な砲撃に彼らはたじろぎ、後退した。
「頃合いじゃな。全軍前進」
スコット大将は進撃を命じた。
周は攻撃時に兵が砲撃で失われたために、迎撃するだけの兵力は少なかった。
「敵に向かって前進」
中将に昇進したミード率いる王国軍の主力がやって来ると、戦列は瓦解し敗走していった。川に向かって殺到し川船に乗って対岸に向かう乗れない者は川に飛び込んで泳いだり溺れたりした。残りは降伏し、アッシュールでの戦闘は終了した。
バビロン周辺を攻撃していたのは、アグリッパ大将率いる新設の第二軍だった。
元から指揮していた第五師団を中心に、反乱に加わった部隊や貴族の私兵軍が主力の編成である。
分散して最前線に送ろうという話も有ったが、監視が面倒と言うことで集中運用される事になった。
元貴族の私兵や投降兵などが加わり三個軍団二〇万にも膨れあがっている。
そして裏切り者であるにもかかわらず、昇進させ司令官に任命されている。
それだけ信用されていると言うことか。
「いや、人材が足りないと言うことか」
現在、王国軍は急速に拡大しており一〇〇万を超えようとしている。戦争前は二五万が定数だったのに四倍以上に増えている。
兵隊の質は自警団上がりが多いため、問題無いが指揮官が少ない。特に万単位の兵員を指揮できる将軍クラスがいない。そのため、反乱軍にいたアグリッパも採用しなければならなくなった。元反乱軍の投降兵を指揮できる指揮官が彼らを指揮していたアグリッパしかいないという理由もあった。
「司令官、準備完了しました」
「うむ」
副官のメッサリナが報告してきた。
「因果なものだな」
王国軍として戦ってきたが、反乱に加わるように言われて参加し、降伏した後、再び王国軍として戦おうとしている。
「ご命令は?」
「可能な限りバビロンへ進撃せよ、だ」
大軍を展開する余地を作るために線路沿いに進撃し、バビロン攻略の為の準備を進めるようにとの事だ。
「となると、前方にいる周軍を撃破しなければ」
「そうなるな」
バビロンの前に立ちはだかるように周の軍勢二〇万がいる。
物資は川船で運び込まれているから兵糧攻めも無理だ。こちらも鉄道による補給があるが、何時までも対峙する訳にはいかない。
「正面には鉄条網という障害があるようです」
「周の軍勢を足止めしたやつか。元は鉄道の敷地に入らないようにするための仕切りだそうだが」
「砲撃でも斧でも断ち切れません」
「それは、向こうも同じだ」
アグリッパは命令を下した。
「中央は最小限にまで兵士の数を減らせ。両翼に部隊を増強。進撃させよ」
命令を受けた軍は直ちに移動を開始。両翼包囲にあたる。
「中央へ攻撃を集中されたら突破され分断されます」
「中央へ前進しようとしても自分の作った鉄条網に妨害され進撃不能だ」
有刺鉄線は誰彼構わず棘で引っかける、王国軍人でも周の兵士でも。
設置した人物でも引っかかる。
「両翼前進せよ。敵を包囲しろ」
北方で蛮族相手の戦争を繰り広げてきた兵士達であり、多少の兵力差があろうとも覆すことが出来た。
突進力では王国軍が上であり、周の戦線を瓦解させて行く。
鉄条網を使って包囲線の一部形成させ包囲網を形成させた。
「退却だ」
鎮西将軍蒋は引くように命じた。徴集兵が多く士気が低いのに対して王国軍は反乱の汚名を雪ごうと戦意は高い上に練度も高い。
バビロンまで撤退して船に乗り対岸に帰ろうとしたが、船の数が足りず、川に飛び込んで溺れたり捕虜となった。
バビロンは王国の手に戻った。
「停戦交渉の最中に攻撃を仕掛けてくるとは良い度胸だ」
ウルク方面へ移動中、攻撃を受けた近衛軍団長ガリエヌス中将は周の攻撃を受けて、迎撃を命じた。
近衛軍団は王国軍の最精鋭であり、防御は特に優れていた。
国王と共に戦場に出て、王を護ると共に敵に止めを刺すのが彼らの役目であるため、防御は鉄壁だった。三倍以上の兵力差にもかかわらず、陣形を乱すこと無く保ち続ける。
第四一歩兵師団が列車で到着、戦線に加わった。
「突撃せよ」
師団長は、少将に昇進したアデーレだった。先のアクスム攻略で手柄を立てたため、昇進し師団長になった。
「全く因果だね」
指揮官が足りないという事もあったが、彼女は良く指揮を行っていた。戦争直後は少佐として大隊を率いていたのに、三ヶ月ほどで三つの戦役と会戦を戦い、将軍として師団を率いている。昇進の速さに己の事ながら呆れた。
ユーエル大将は泣いて手元に置きたがっていて下手をすれば反乱を起こしかねなかったが、アデーレの説得でようやく手放すことを許した。
新設の歩兵師団は王都で編成を完結すると列車に乗り、ウルク戦線に投入され攻撃に加わった。
「いきなり戦闘になってしまいましたね」
ガブリエルが不安そうに言った。
「何か不安か?」
「新兵器に慣れる時間がありませんから」
彼らが王都で行っていたのは、装備改変だった。これまでのマスケット銃からライフル銃に変更になった。各歩兵大隊にはライフル中隊がいて彼らが装備していたが、アクスム相手には、長い射程の銃が必要と考えライフル銃に変えるよう申請していたが、銃が来る前にアクスムへ進出、降伏させてしまった。そしてここに転戦の際、王都に寄ったら新装備が来て変えたのだった。
「皆使えますかね」
ライフルは溝か刻んであるので弾込めが難しいし、球形の弾丸では無く尖った形の弾丸で装填方向が決まっている。違いが分からずこれまでのやり方で行っていると威力が出ない。
「一応訓練させているから大丈夫だろう。それに皆本番に強い」
「そうだと良いんですが」
ガブリエルは心配したが杞憂だった。
周軍が近衛軍団を包囲しようと延翼運動を行っていたところで、第四一師団は敵の左翼に突入。薄い周軍に打撃を与え後退させた。
「追撃!」
近衛軍団も防御陣形を解いて追撃を行った。
だが、周の陣地の前、鉄条網の前に来たとき足が止まった。
鉄条網を越えて進もうとするが、棘が引っかかり進めずそこへ銃撃を喰らった。
「怯むな! 前進しろ!」
だが、他に方法を知らない近衛軍団は追撃を続行した。
近衛軍団は王国の最精鋭だったが、このところは女王ユリアの護衛と、彼女の一撃の後の追撃と残敵掃討が主な役割だ。
女王のスカートの影に隠れていると言われるが、一撃で瓦解して散り散りになる敵を追いかけて仕留めるには数と連携が必要であり、個々の部隊が優秀な近衛軍団が必要不可欠だ。
だが、このところ一撃を与え崩壊させるのがユリアだったため、自ら一撃を与える能力が衰えていた。
更に初めて出会う鉄条網を前にどうすれば良いのか分からず、かつての戦いのように突撃するしか無かった。
「怯むな進め!」
ガリエヌス中将は、突撃命令を下すが近衛兵のしたいの山が築かれるだけだった。最後には自ら先頭に立つが鉄条網に引っかかり、動けなくなったところに銃撃を喰らい戦死した。
「軍団長が戦死したぞ!」
その言葉は近衛軍団に響き混乱を引きおこした。
直ぐに指揮官継承が行われが、追撃戦の際は指揮官が先頭に立ち、麾下の部隊に目標を指示するため、各近衛師団長に負傷、死亡が相次いでおり、混乱していた。
「後退しろ!」
だがそこにアデーレの声が響いた。
「一旦交代して陣形を立て直せ。突撃のために後ろに下がって縦隊を編成しろ!」
本来指揮権はないのだが、少将の階級の人間が他に見当たらなかったこと、指示する声が辺りに響き渡ったことで、彼女に従う近衛兵が多かった。結果的に、近衛軍団は後退し再編成できる空間を確保したが、今度は周軍が前進してきた。
鉄条網を避けるように左右に分かれてやって来る。
「クリスタ、テオドーラ、お前達は自分たちの旅団を率いて左右にそれぞれ前進。敵を抑えろ」
「あーい」
「おう」
それぞれが返事をして自分の旅団を率いて前進、防御陣形をとり、周軍を抑えた。
だが、周の兵士は、自ら作った鉄条網を通って出てこようとした。
「ガブリエル、あの鉄の茨を通ろうとしている部隊を迎撃しろ。カンザス義勇大隊を渡す」
「って、敵は数万はいますよ」
「あの茨を通ってくるのに時間がかかる。と言うよりこれ以上出せない。何とか防いでくれ。通したらクリスタとテオドーラが挟撃されて全滅する」
「は、はい。続け」
言われてガブリエルは、自分が率いていた大隊を伴って前進した。
だが、敵の数は一個軍団、五万人規模。一リーグに渡って展開している。こちらは一個歩兵大隊六百名未満で抑えなければならない。
「どうするんです」
大隊長が尋ねてきた。
「相手から距離を取って離れたところから銃撃する」
「塞ぐには兵士が足りません」
「間隔を大きく取ってそれぞれ撃つんだ」
「そんなの出来るんですか」
陣形を組むのは、集中砲火を浴びせるため、命令を伝えるため、そして脱走防止のためだ。銃の命中率は悪く二〇メルでようやくまともに当たるようになる。通信機なんてないので声の届く範囲でしか行動できない。何より、単独で戦う恐怖に打ち勝てず逃げることがないよう集団で戦わせるのだ。
「出来るよ。ライフル中隊が出来るじゃないか」
「俺たちは猟師じゃないぞ」
例外的に猟師出身のライフル中隊は、能力が高く個々に戦う事が出来る。
「それでもこれまで幾度も戦ってきただろう」
「そうだけどな」
カンザス義勇大隊は結成以来、イリノイ会戦、モンロー会戦、アクスム攻略と実戦をくぐり抜けてきている歴戦の部隊だ。
「皆十分、経験がある」
「でもなあの大軍を抑えられるのか」
「抑えられる。俺は皆が出来ると信じている」
「どうして信じるんだ。そもそもしなきゃならないのか」
「ああ、しなきゃならない」
ガブリエルは、自分の部下、仲間達に伝えた。
「このまま連中を通すと、後ろの近衛軍団にぶつかる。陣形を変換中の部隊は脆い。壊滅するだろう。同時に両翼にいる歩兵旅団、仲間も包囲されて全滅する。あいつらを通す訳にはいかないんだ」
「だからといって。立ち向かえるのかよ」
「俺は行くよ」
「何で行けるんだ」
「皆が、来てくれると信じているからな。これまで勝利してきたんだ。敗北したらこれまでの事が無意味になると言うこともわかっている。だから、来てくれると信じている」
ガブリエルは言い終えると銃を持ち直して叫んだ。
「義勇大隊散開ののち前進! 射程内において各自敵を迎撃せよ!」
ガブリエルは駈けだした。後ろを見ずに前進。鉄条網が射程内に入ると伏せて一発撃った。
一人倒れた。
ライフルは命中率がマスケット銃より高く、一〇〇メル以上離れていても当てられる。上手く狙えば二〇〇でも大丈夫だと言われている。
周の兵士は、こちらに向けて銃撃してくるが見当違いの所を通過する。
「しまった。装填できない」
前装式のため、立って弾を装填するしかないので地面に伏せていると装填できない。
万事休すと思った時、後ろから銃声が響いた。
「援護します! 物陰に!」
大隊の仲間達が近くの岩や木の陰から銃撃をしている。
彼らの援護を受けて、ガブリエルも物陰に隠れる。
既に二人ほど隠れていて、彼らも銃撃に加わっていた。
ガブリエルは装填を済ませると、再び撃った。
周の兵士達は、鉄条網から前進しようとするが、銃撃と鉄条網に阻まれて前進できずにいた。そこへライフル銃で狙撃する。
物陰に隠れながらだが、射程が長いので鉄条網を完全に狙撃範囲に収めている。
他の兵士達も各所に分散して銃撃している。
ライフルの射程と命中率で今のところ突破は許していない。
砲撃が浴びせられるが、分散した大隊への被害は殆ど無い。
だが、敵は多い。いつまで持つか。
「良くやったガブリエル!」
後ろから大きな声で叫んだのはアデーレだった。
陣形を再編成した近衛軍団を率いて突撃してきた。
「大隊縦列! 各個に目標へ突撃!」
歩兵大隊が六列縦隊となり、突っ込んできた。左右に展開した部隊はそれぞれテオドーラとクリスタの旅団を攻撃する周の軍勢に突撃。残った中央はアデーレが指揮して鉄条網に向かって突撃する。
「飼い葉の袋を何に使うんだ?」
ただ違ったのは、彼らの先頭が大きな袋を担いでいることだった。彼らは、銃撃をものともせず、鉄条網にたどり着くと、袋を鉄条網の上に放り投げた。そしてそこを足場に前進し更に袋を放り投げる。
こうやって足場を作っていくつもりだ。
周の兵士も気が付き、妨害しようと射撃を加える。
「援護しろ!」
だが、ガブリエルの大隊が銃撃を加え妨害する。
狙撃による援護の下に、近衛軍団は鉄条網を乗り越え周軍に突撃した。
「突撃!」
銃剣を揃えた近衛軍が周軍の軍団を切り裂いて行く。銃剣を突き刺し周の兵士を倒す。引き抜こうとして抜けなければ撃ってその反動で引き抜く。
近衛軍は前進を続け、周軍を各個撃破。勝利を収めた。
「防衛線を敷くんだ」
征南将軍鄧が残った兵士達に命じた。
ウルクの町に全兵力を集めバリケードを敷き、防衛体制を整える。
「まて、これで良いのか」
一箇所への兵力集中。
それが何を意味するか。王国を相手に、行う事が。
自殺行為であると。
「全軍! 対岸へ撤退!」
指示したとき、城門から轟音が響いた。
バリケードと建物が吹き飛んだ。
「突撃!」
ユリアに率いられた近衛軍団がウルクに突入した。
他の勢力が軒並み壊滅したため、ユリアが王都に残る必要も無くなった。更に敵が一箇所に集まっており、撃破するのが容易。
などの理由からユリアの親征が行われた。
特に、苦戦が伝えられたためと近衛軍団がいるためウルクへの派遣が決まった。
「正面に部隊を展開して、本陣を護れ!」
「部下に命令せず自分でやったら?」
鄧が叱咤すると年若い女性の声が響いた。
恐る恐る振り向くと、鎧を着込んだ若い女性、ユリアが立っていた。
「降伏する?」
「しゅ、周軍に降伏は」
ドンッ
ユリアが大剣を抜くと鋭い斬撃が鄧の横を通り過ぎた。
斬撃は鋭い衝撃波となって鄧の後ろの建物を粉砕した。
「……降伏します」
鄧は剣を差し出して降伏の意を表した。
こうして王国軍はウルクを再奪還することに成功した。
「ありがとうございます」
スコット大将の言葉にラザフォードは満足した。
アッシュールに集結した王国軍三〇万に対して敵は二〇万以下。数的優位に立っている。
「しかし、周軍の前に何か置いてありますね」
「鉄条網でしょう」
スコット大将が説明した自分が多用したため、遠くから見ても分かる。
「アレは厄介です。下手に乗り越えようとすると棘が服に引っかかり進めません」
「砲撃で破壊できますか?」
「出来ますが、効果は非常に低いです」
使っている砲弾は鉄製の球形砲弾のため爆発しないので細い線を破壊するのはラッキーヒットが必要。臼砲なら炸薬の爆風で吹き飛ばせるかもしれないが、近くまで征かなければならない。
「ですが連中も使い方を分かっていないようです。お任せあれ」
自信に満ちた声でスコット大将は答えた。
「攻撃開始!」
スコット大将の命令により陸の上に並んだ王国軍は反対側の陸に並ぶ周軍に向かって前進を開始した。砲撃戦が展開されるが、互いに有効弾を与えない。
順調に王国軍は前進したが、鉄条網に阻まれた。
そこへ周軍の砲撃が集まり、王国軍に損害が出始めた。
「撤退命令を」
スコット大将の命令で全軍が一斉に退却を始めた。
「追いかけろ!」
敵が退却しているところを攻撃するのは非常に有効だ。周軍は直ちに追撃態勢に入ったが、足が鈍った。
「どうした! 進まんか!」
苛立った彭が、部下を責めた。
「設置した鉄条網が邪魔で移動できません」
障害物が自分たちも阻んだのだ。
「両翼より分散し追撃を開始せよ」
命令に従い周の軍勢は鉄条網を迂回して攻撃を開始した。
だが、それこそスコット大将の待ち望んだ瞬間だった。
「撃て」
丘の背後に展開した砲兵部隊が、一斉に砲撃を開始。追撃のために鉄条網周辺に集まった部隊に砲弾が雨あられと降り注ぐ。
「応戦しろ!」
あまりの損害に彭は命じた。
「敵が見えません」
「丘の後ろ側めがけて撃て! 黙らせれば良い」
直ちに砲撃を行い丘の裏側へ砲弾の雨を降らせた。
「うむ、良い判断じゃ。だが、無意味じゃ」
丘の後ろにいたのは騎馬砲兵隊。全員が馬に乗って移動する部隊だ。
「次の地点に到着次第、砲撃するよう命じよ」
「はっ」
むやみな命令では無かった。
予め砲撃地点を設定し、必要な射角や方位を計算し伝えてある。
その甲斐もあって移動してすぐさま砲撃できる。
更に敵が鉄条網を設置してくれたことも幸いした。
こちらも移動できないが敵も移動できないため、何処に敵が行くか判断できるからだ。
「怯むな! 進め!」
後退しようとする軍を叱咤する彭だが、王国軍の正確無比な砲撃に彼らはたじろぎ、後退した。
「頃合いじゃな。全軍前進」
スコット大将は進撃を命じた。
周は攻撃時に兵が砲撃で失われたために、迎撃するだけの兵力は少なかった。
「敵に向かって前進」
中将に昇進したミード率いる王国軍の主力がやって来ると、戦列は瓦解し敗走していった。川に向かって殺到し川船に乗って対岸に向かう乗れない者は川に飛び込んで泳いだり溺れたりした。残りは降伏し、アッシュールでの戦闘は終了した。
バビロン周辺を攻撃していたのは、アグリッパ大将率いる新設の第二軍だった。
元から指揮していた第五師団を中心に、反乱に加わった部隊や貴族の私兵軍が主力の編成である。
分散して最前線に送ろうという話も有ったが、監視が面倒と言うことで集中運用される事になった。
元貴族の私兵や投降兵などが加わり三個軍団二〇万にも膨れあがっている。
そして裏切り者であるにもかかわらず、昇進させ司令官に任命されている。
それだけ信用されていると言うことか。
「いや、人材が足りないと言うことか」
現在、王国軍は急速に拡大しており一〇〇万を超えようとしている。戦争前は二五万が定数だったのに四倍以上に増えている。
兵隊の質は自警団上がりが多いため、問題無いが指揮官が少ない。特に万単位の兵員を指揮できる将軍クラスがいない。そのため、反乱軍にいたアグリッパも採用しなければならなくなった。元反乱軍の投降兵を指揮できる指揮官が彼らを指揮していたアグリッパしかいないという理由もあった。
「司令官、準備完了しました」
「うむ」
副官のメッサリナが報告してきた。
「因果なものだな」
王国軍として戦ってきたが、反乱に加わるように言われて参加し、降伏した後、再び王国軍として戦おうとしている。
「ご命令は?」
「可能な限りバビロンへ進撃せよ、だ」
大軍を展開する余地を作るために線路沿いに進撃し、バビロン攻略の為の準備を進めるようにとの事だ。
「となると、前方にいる周軍を撃破しなければ」
「そうなるな」
バビロンの前に立ちはだかるように周の軍勢二〇万がいる。
物資は川船で運び込まれているから兵糧攻めも無理だ。こちらも鉄道による補給があるが、何時までも対峙する訳にはいかない。
「正面には鉄条網という障害があるようです」
「周の軍勢を足止めしたやつか。元は鉄道の敷地に入らないようにするための仕切りだそうだが」
「砲撃でも斧でも断ち切れません」
「それは、向こうも同じだ」
アグリッパは命令を下した。
「中央は最小限にまで兵士の数を減らせ。両翼に部隊を増強。進撃させよ」
命令を受けた軍は直ちに移動を開始。両翼包囲にあたる。
「中央へ攻撃を集中されたら突破され分断されます」
「中央へ前進しようとしても自分の作った鉄条網に妨害され進撃不能だ」
有刺鉄線は誰彼構わず棘で引っかける、王国軍人でも周の兵士でも。
設置した人物でも引っかかる。
「両翼前進せよ。敵を包囲しろ」
北方で蛮族相手の戦争を繰り広げてきた兵士達であり、多少の兵力差があろうとも覆すことが出来た。
突進力では王国軍が上であり、周の戦線を瓦解させて行く。
鉄条網を使って包囲線の一部形成させ包囲網を形成させた。
「退却だ」
鎮西将軍蒋は引くように命じた。徴集兵が多く士気が低いのに対して王国軍は反乱の汚名を雪ごうと戦意は高い上に練度も高い。
バビロンまで撤退して船に乗り対岸に帰ろうとしたが、船の数が足りず、川に飛び込んで溺れたり捕虜となった。
バビロンは王国の手に戻った。
「停戦交渉の最中に攻撃を仕掛けてくるとは良い度胸だ」
ウルク方面へ移動中、攻撃を受けた近衛軍団長ガリエヌス中将は周の攻撃を受けて、迎撃を命じた。
近衛軍団は王国軍の最精鋭であり、防御は特に優れていた。
国王と共に戦場に出て、王を護ると共に敵に止めを刺すのが彼らの役目であるため、防御は鉄壁だった。三倍以上の兵力差にもかかわらず、陣形を乱すこと無く保ち続ける。
第四一歩兵師団が列車で到着、戦線に加わった。
「突撃せよ」
師団長は、少将に昇進したアデーレだった。先のアクスム攻略で手柄を立てたため、昇進し師団長になった。
「全く因果だね」
指揮官が足りないという事もあったが、彼女は良く指揮を行っていた。戦争直後は少佐として大隊を率いていたのに、三ヶ月ほどで三つの戦役と会戦を戦い、将軍として師団を率いている。昇進の速さに己の事ながら呆れた。
ユーエル大将は泣いて手元に置きたがっていて下手をすれば反乱を起こしかねなかったが、アデーレの説得でようやく手放すことを許した。
新設の歩兵師団は王都で編成を完結すると列車に乗り、ウルク戦線に投入され攻撃に加わった。
「いきなり戦闘になってしまいましたね」
ガブリエルが不安そうに言った。
「何か不安か?」
「新兵器に慣れる時間がありませんから」
彼らが王都で行っていたのは、装備改変だった。これまでのマスケット銃からライフル銃に変更になった。各歩兵大隊にはライフル中隊がいて彼らが装備していたが、アクスム相手には、長い射程の銃が必要と考えライフル銃に変えるよう申請していたが、銃が来る前にアクスムへ進出、降伏させてしまった。そしてここに転戦の際、王都に寄ったら新装備が来て変えたのだった。
「皆使えますかね」
ライフルは溝か刻んであるので弾込めが難しいし、球形の弾丸では無く尖った形の弾丸で装填方向が決まっている。違いが分からずこれまでのやり方で行っていると威力が出ない。
「一応訓練させているから大丈夫だろう。それに皆本番に強い」
「そうだと良いんですが」
ガブリエルは心配したが杞憂だった。
周軍が近衛軍団を包囲しようと延翼運動を行っていたところで、第四一師団は敵の左翼に突入。薄い周軍に打撃を与え後退させた。
「追撃!」
近衛軍団も防御陣形を解いて追撃を行った。
だが、周の陣地の前、鉄条網の前に来たとき足が止まった。
鉄条網を越えて進もうとするが、棘が引っかかり進めずそこへ銃撃を喰らった。
「怯むな! 前進しろ!」
だが、他に方法を知らない近衛軍団は追撃を続行した。
近衛軍団は王国の最精鋭だったが、このところは女王ユリアの護衛と、彼女の一撃の後の追撃と残敵掃討が主な役割だ。
女王のスカートの影に隠れていると言われるが、一撃で瓦解して散り散りになる敵を追いかけて仕留めるには数と連携が必要であり、個々の部隊が優秀な近衛軍団が必要不可欠だ。
だが、このところ一撃を与え崩壊させるのがユリアだったため、自ら一撃を与える能力が衰えていた。
更に初めて出会う鉄条網を前にどうすれば良いのか分からず、かつての戦いのように突撃するしか無かった。
「怯むな進め!」
ガリエヌス中将は、突撃命令を下すが近衛兵のしたいの山が築かれるだけだった。最後には自ら先頭に立つが鉄条網に引っかかり、動けなくなったところに銃撃を喰らい戦死した。
「軍団長が戦死したぞ!」
その言葉は近衛軍団に響き混乱を引きおこした。
直ぐに指揮官継承が行われが、追撃戦の際は指揮官が先頭に立ち、麾下の部隊に目標を指示するため、各近衛師団長に負傷、死亡が相次いでおり、混乱していた。
「後退しろ!」
だがそこにアデーレの声が響いた。
「一旦交代して陣形を立て直せ。突撃のために後ろに下がって縦隊を編成しろ!」
本来指揮権はないのだが、少将の階級の人間が他に見当たらなかったこと、指示する声が辺りに響き渡ったことで、彼女に従う近衛兵が多かった。結果的に、近衛軍団は後退し再編成できる空間を確保したが、今度は周軍が前進してきた。
鉄条網を避けるように左右に分かれてやって来る。
「クリスタ、テオドーラ、お前達は自分たちの旅団を率いて左右にそれぞれ前進。敵を抑えろ」
「あーい」
「おう」
それぞれが返事をして自分の旅団を率いて前進、防御陣形をとり、周軍を抑えた。
だが、周の兵士は、自ら作った鉄条網を通って出てこようとした。
「ガブリエル、あの鉄の茨を通ろうとしている部隊を迎撃しろ。カンザス義勇大隊を渡す」
「って、敵は数万はいますよ」
「あの茨を通ってくるのに時間がかかる。と言うよりこれ以上出せない。何とか防いでくれ。通したらクリスタとテオドーラが挟撃されて全滅する」
「は、はい。続け」
言われてガブリエルは、自分が率いていた大隊を伴って前進した。
だが、敵の数は一個軍団、五万人規模。一リーグに渡って展開している。こちらは一個歩兵大隊六百名未満で抑えなければならない。
「どうするんです」
大隊長が尋ねてきた。
「相手から距離を取って離れたところから銃撃する」
「塞ぐには兵士が足りません」
「間隔を大きく取ってそれぞれ撃つんだ」
「そんなの出来るんですか」
陣形を組むのは、集中砲火を浴びせるため、命令を伝えるため、そして脱走防止のためだ。銃の命中率は悪く二〇メルでようやくまともに当たるようになる。通信機なんてないので声の届く範囲でしか行動できない。何より、単独で戦う恐怖に打ち勝てず逃げることがないよう集団で戦わせるのだ。
「出来るよ。ライフル中隊が出来るじゃないか」
「俺たちは猟師じゃないぞ」
例外的に猟師出身のライフル中隊は、能力が高く個々に戦う事が出来る。
「それでもこれまで幾度も戦ってきただろう」
「そうだけどな」
カンザス義勇大隊は結成以来、イリノイ会戦、モンロー会戦、アクスム攻略と実戦をくぐり抜けてきている歴戦の部隊だ。
「皆十分、経験がある」
「でもなあの大軍を抑えられるのか」
「抑えられる。俺は皆が出来ると信じている」
「どうして信じるんだ。そもそもしなきゃならないのか」
「ああ、しなきゃならない」
ガブリエルは、自分の部下、仲間達に伝えた。
「このまま連中を通すと、後ろの近衛軍団にぶつかる。陣形を変換中の部隊は脆い。壊滅するだろう。同時に両翼にいる歩兵旅団、仲間も包囲されて全滅する。あいつらを通す訳にはいかないんだ」
「だからといって。立ち向かえるのかよ」
「俺は行くよ」
「何で行けるんだ」
「皆が、来てくれると信じているからな。これまで勝利してきたんだ。敗北したらこれまでの事が無意味になると言うこともわかっている。だから、来てくれると信じている」
ガブリエルは言い終えると銃を持ち直して叫んだ。
「義勇大隊散開ののち前進! 射程内において各自敵を迎撃せよ!」
ガブリエルは駈けだした。後ろを見ずに前進。鉄条網が射程内に入ると伏せて一発撃った。
一人倒れた。
ライフルは命中率がマスケット銃より高く、一〇〇メル以上離れていても当てられる。上手く狙えば二〇〇でも大丈夫だと言われている。
周の兵士は、こちらに向けて銃撃してくるが見当違いの所を通過する。
「しまった。装填できない」
前装式のため、立って弾を装填するしかないので地面に伏せていると装填できない。
万事休すと思った時、後ろから銃声が響いた。
「援護します! 物陰に!」
大隊の仲間達が近くの岩や木の陰から銃撃をしている。
彼らの援護を受けて、ガブリエルも物陰に隠れる。
既に二人ほど隠れていて、彼らも銃撃に加わっていた。
ガブリエルは装填を済ませると、再び撃った。
周の兵士達は、鉄条網から前進しようとするが、銃撃と鉄条網に阻まれて前進できずにいた。そこへライフル銃で狙撃する。
物陰に隠れながらだが、射程が長いので鉄条網を完全に狙撃範囲に収めている。
他の兵士達も各所に分散して銃撃している。
ライフルの射程と命中率で今のところ突破は許していない。
砲撃が浴びせられるが、分散した大隊への被害は殆ど無い。
だが、敵は多い。いつまで持つか。
「良くやったガブリエル!」
後ろから大きな声で叫んだのはアデーレだった。
陣形を再編成した近衛軍団を率いて突撃してきた。
「大隊縦列! 各個に目標へ突撃!」
歩兵大隊が六列縦隊となり、突っ込んできた。左右に展開した部隊はそれぞれテオドーラとクリスタの旅団を攻撃する周の軍勢に突撃。残った中央はアデーレが指揮して鉄条網に向かって突撃する。
「飼い葉の袋を何に使うんだ?」
ただ違ったのは、彼らの先頭が大きな袋を担いでいることだった。彼らは、銃撃をものともせず、鉄条網にたどり着くと、袋を鉄条網の上に放り投げた。そしてそこを足場に前進し更に袋を放り投げる。
こうやって足場を作っていくつもりだ。
周の兵士も気が付き、妨害しようと射撃を加える。
「援護しろ!」
だが、ガブリエルの大隊が銃撃を加え妨害する。
狙撃による援護の下に、近衛軍団は鉄条網を乗り越え周軍に突撃した。
「突撃!」
銃剣を揃えた近衛軍が周軍の軍団を切り裂いて行く。銃剣を突き刺し周の兵士を倒す。引き抜こうとして抜けなければ撃ってその反動で引き抜く。
近衛軍は前進を続け、周軍を各個撃破。勝利を収めた。
「防衛線を敷くんだ」
征南将軍鄧が残った兵士達に命じた。
ウルクの町に全兵力を集めバリケードを敷き、防衛体制を整える。
「まて、これで良いのか」
一箇所への兵力集中。
それが何を意味するか。王国を相手に、行う事が。
自殺行為であると。
「全軍! 対岸へ撤退!」
指示したとき、城門から轟音が響いた。
バリケードと建物が吹き飛んだ。
「突撃!」
ユリアに率いられた近衛軍団がウルクに突入した。
他の勢力が軒並み壊滅したため、ユリアが王都に残る必要も無くなった。更に敵が一箇所に集まっており、撃破するのが容易。
などの理由からユリアの親征が行われた。
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「正面に部隊を展開して、本陣を護れ!」
「部下に命令せず自分でやったら?」
鄧が叱咤すると年若い女性の声が響いた。
恐る恐る振り向くと、鎧を着込んだ若い女性、ユリアが立っていた。
「降伏する?」
「しゅ、周軍に降伏は」
ドンッ
ユリアが大剣を抜くと鋭い斬撃が鄧の横を通り過ぎた。
斬撃は鋭い衝撃波となって鄧の後ろの建物を粉砕した。
「……降伏します」
鄧は剣を差し出して降伏の意を表した。
こうして王国軍はウルクを再奪還することに成功した。
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