鉄道英雄伝説 アルファポリス版

葉山宗次郎

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第二部 第三章

器械加工

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「全然増えていないな。車両が」

 報告書を見て皇帝は、呟いた。

「人数は増えましたが、工房の器械に慣れていない上に、器械が足りません」

「ないないづくしだな。仕方有るまい、王国から器械を購入しろ」

「しかし、売ってくれますか」

「連中は商売人だ。売れるとあらば親でも売るぞ

「しかし……」

「良いから購入しろ! 私だって腸が煮えくりかえるほど屈辱的なのだ」

「は、はああああっ」

 そう皇帝は言ったが担当者は楽観しなかった。鉄道は王国の重要な資産であり、ライバルであり熾烈な競争を繰り広げる帝国鉄道に売るはずは無い、と考えていた。
 なので、アリバイ作りのために王国鉄道に器械の購入を依頼したら、即日見積もりが返ってきて納入予定までの日程まで書き記して来たのには、担当者は腰を抜かした。
 これほど速い上に、何ら受け入れ準備を整えていなかったため、細かい調整を行って器械を直ぐに購入することになり、工房に設置された。



「そうか、無事に器械が導入されたか」

 器械が取り付けられたとの報告を皇帝は受けていた。

「はい、ですが、連中の器械は我々と違いまして、特定の部品しか作れないようにしています」

「我々に部品を製造出来ないようにしているのだな」

 皇帝は苦虫をかみつぶした。

「連中は治具とか言う者を使って作っているそうだな」

「はい、検査器具も開発して、一つ一つ検査して作っているそうです」

「ならば我々も使えば良いではないか」

「はあ、しかし売ってくれますか」

「一セットずつ購入して、コピーすれば良い。兎に角作れ」

 作ったが、暫くして不良品が出てきた。はじめは一〇個に一つだったが、やがて二つになり、三つになり、五つを超えて、全てが不良品になるのに三ヶ月ほどだった。



「よし、これでいいぞ」

 王国鉄道の会社から器械を導入する事となり、その整備を任されたジャン。
 必死に器械を調整して、ベルトを張って天井の動力軸と接続。器械がきちんと動くか確かめる。

「完璧だ」

 工房の器械は、動かし方など色々あり覚えにくかったが、王国鉄道の器械なら中身を知っている。これなら道具をセットするだけで生産出来る。

「さて、給料をはずんでくれるかな」

 今日は給料日、給料の金額をジャンは楽しいにしていた。
 そして、修業の鐘が鳴ると給料を貰いに行った。

「なっ」

 ジャンは愕然とした。
 予想していた金額より、遥かに少なかった。

「どういう事なんだよ!」

 ジャンは工房長に抗議した。

「働いたのに、どうしてこんな金額なんだよ!」

「働いていないだろう」

「待てよ、見ていなかったのか! 器械の整備をしていただろうが!」

「だが、お前は製品を作っていない。整備ばかりやって部品を作っていないだろう」

「セットすれば自動でやってくれる器械だ。俺が操作する必要は無い」

「つまり、生産していなと言うことだろう」

「俺が整備しないと器械は動かなかっただろう!」

「自分の道具を手入れするのは当然だ。だが、それで作ったとは言えないだろう。作ったのは器械だ」

「クソッタレ! こんなところやめてやる!」



「工房で雇われた人達がまた働かせてくれと言っていますが」

 社長室でセバスチャンが昭弥に報告していた。

「人手不足だろうから入れて上げて」

 普通なら文句が出そうだが、この世界の人々は条件の良い職場へ移ることの方が多い。ある工房で修行したら別の工房へ行って修行して腕を磨くという慣習があったので、別の工房へ移り、それから戻ってくることは良く行われている。

「解りました。しかし、帝国の工房は酷いですね。働いている人の給料を不払いにするなんて」

「うーん、給与形態の違いだからね」

 昭弥の工場では日給で渡している。就業時間内は工場内で指示に従って働く義務があるが、給与を渡す。更に作業内容によって手当を追加するようになっている。

「帝国の工房は出来高払いだからね。製品か部品を作ったことで渡すから。器械の整備を道具の手入れと同じと考えているから低くなるんだよね」

「酷いですね器械がまともに動かないと部品が作れないのに」

「それまでの慣習で行っているから、変更しようとすると元からいる人から文句が出てくるし」

 その点昭弥の工場ははじめから作ったため自由に規則を作ることが出来た。
 給与形態も、支給条件も最初から目的に合った物を作ることが出来る。

「それと帝国の工房が治具を使ったら不良品ばかり出来るという話しですが」

「治具がボロボロになってきているんだろうね」

「どうしてウチと違うんですか。同じ寸法のハズですけど」

「ウチは治具にも、きちんと仕上げしているからね。焼き入れして焼き鈍ししたりしている」

「何故そんなことを」

「すり減るからだよ。治具は何万回と使うから。だから少しずつすり減って、合格ラインを越えて広がって、不良品しか入らなくなる。使い物にならないんだよ」

 昭弥が日本にいたとき聞いた話だが、中国に検査用のキットや治具を発注した。発注した理由は日本の物より安かったからだ。納入された物の寸法を確認して、正確である事を確認して使い始めたが、徐々に不良品が増えてきた。改めて調べてみると、寸法が狂い始めていた。
 仕上げを行わなかったために治具やキットに強度が無く、不良品しか寸法が合わなくなっていたのだ。

「仕事は一つ一つ丁寧にやらないとね」

「なるほど。しかし、我々の器械を使えばかなり効率よく作れるのでは」

「そりゃね。必死になって改良したから」

 昭弥は機関車工場を作るに当たって、徹底的に工作器械の改良を行っていた。
 例えば旋盤だと固定する部分と切削部分を近づけている。離れているとモーメントが働いて精度が落ちるからだ。
 器械の材料も木材から鉄に切り替えて、耐久性と精度を上げている。
 一番苦労したのは中ぐり盤、シリンダーを作る器械だった。
 何しろ筒の中を通る刃を固定する方法が絶望的だったからだ。
 何しろ酷い器械になると、材料の中に固定用の台車を置いて回転させていたのだから。
 簡単に言うと、削る予定の場所に台車を置いて外の器械とロープで刃を固定して削るのだが、台車が材料内部の凹凸で揺れやすく、それが刃に伝わって削る部分が浅くなったり深くなったりする。内部の凹凸がより大きな幅でトレースされる事さえあるのだ。

「改良には苦労したぜ」

 長く硬い部品を製造したり、鋼に変更したり色々苦労して作り出したのだ。

「しかし、社長は本当に技術とかに詳しいですね」

「まあ、二番目に通った高校がまあ、良かったからね」

 最初は普通科の全日制に通ったが、虐めとかにあって馴染めず、鉄道趣味を優先して不登校になった。そのため、夏休み明けに単位制の通信高校の工業コースに移った。
 その中の実習で蒸気機関車の製作というのがあった。
 ミニチュアの蒸気機関車を作るのだが、旋盤やフライス盤の操作などを教わった上、出来るのが蒸気機関車であるため、昭弥は毎日学校に通い朝から夜遅くまで作業に没頭。
 結果、完璧に作りだし、実際に火を入れて動かせた。
 火を入れて自分で動かしたあの感動を昭弥は今も覚えている。
 自分で作り出した管や機構が滑らかに動き出し、前に進んで行く姿。
 素人から見れば当たり前かもしれない。熟練の人から見たら幼稚かも知れない。
 だが、それは昭弥にとって自分で初めて成し遂げた、意味のある、いや自分の意志で達成した結晶であり、具現化した偉業だった。
 それまでの塾や学校より遥かに役に立つ経験と知識を与えてくれたことに感謝していた。
 他人にとっては、取るに足らない、小さいことでも昭弥にとって確実に自分が自力で作り出した確かな成果だった。

「工作機械の方も工作技術の授業のお陰で、どういう工作機械を設計すれば良いか解っていたしね」

 ちなみに機械と器械には明確な違いがあり、動力源の有無で区別される。
 内部に動力源があると機械、無いと器械だ。
 この世界では蒸気機関があるが大型過ぎて一台一台に取り付けると非効率だ。なので大型の蒸気機関で天井にある動力軸を回す、その下に設置された器械とベルトで繋げて動力を伝達して動かすという方法を取っている。なので、機械はまだ少ない。

「軍事や武器の知識もですか?」

 大戦で様々な武器や戦争のやり方を昭弥が提案していたことをセバスチャンは思い出して、尋ねた。

「まあね」

 昭弥は曖昧に答えた。
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