鉄道英雄伝説 アルファポリス版

葉山宗次郎

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第二部 第四章

外伝 停止弁

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「てめえ! なんて事してくれたんだ!」

 昭弥が中央駅を視察していると、電車の車掌室近くで大声で叫んでいる男が見えた。
 乗客同士のケンカかと思ったが、行ってみると乗務員同士、運転士と車掌が言い争っていた。

「おい、何やっているんだ」

 慌てて、昭弥が駆け寄り仲裁にはいる。

「何だてめえ!」

 邪魔しに来たと思って悪態と同時に振り返る運転士だったが。

「しゃ、社長……」

 昭弥だと気が付いてトーンを下げた。
 運転区に昭弥がよくやって来るので運転士の間では、顔が知られていた。

「何があったんだ」

 とりあえず自分への悪態は無視して二人に尋ねた。

「このばか車掌が今回の乗務で勘違いから停止弁を引きやがったんですよ」

 停止弁は緊急時に引く弁で、車掌弁とも言う。引くと非常ブレーキが作動して緊急停止する。
 運転席と車掌室は勿論、車両の何カ所かに付いており、どれか引くと貫通ブレーキに圧縮空気が流れて全てのブレーキが作動するのだ。

「ホーム上で旗が振られたと思ったからです」

 車掌が弁明した。
 万が一、ホームの上で緊急事態が起こったとき駅員が旗を振って合図し停止する事が義務づけられている。
 駅に緊急ボタンを設置しようかとも考えたが、当時は電気が無かったので常に駅員が見張るようにしていたため、旗振りで代用していた。

「それが乗客のマフラーだったんですよ」

 その旗とマフラーが似ていたため、振られたと思い、停止弁を車掌は引いた。

「お陰で発車が遅れ、ダイヤが乱れた。どういう事か解っているのか!」

 運転士の怒りは定刻運転が乱されたことに対する怒りだ。
 王国鉄道では常に定時に運転するように、到着時間だけで無く通過時間も可能な限り定刻で通るように命じていた。
 もし、ダイヤが乱れると後続が不用意に接近し、最悪の場合、追突事故を起こしてしまうためだ。
 信号器も勿論在るが、連絡が遅れて切り替わりが遅いこともあるので可能な限り時間を守ることを要請されている。
 勿論、時間通りに進むことで能力が認められ運転士の技能階級が上がり給与が上がる事も目的だが、何より定刻に運転できるというのは運転士にとって勲章だ。
 それを車掌に邪魔されて運転士は頭にきていた。

「彼は、仕事を果たしただけだ」

 しかし、昭弥は運転士を宥めるように言った。

「ですが……」

「言いたいことはわかる。ミスで遅れたというのだろう。だが、車掌は万が一、駅員の危険を知らせる旗だった場合、停止の遅れがお客様を危険に曝すと判断した。だからこそ停止弁を引いた。それは、正しいし規則上当然行うべき事だ」

「しかし」

「しかしもない。車掌は当然の仕事を果たした。それも賞賛されるべき事だ。それに、君にはこの場合、なんらペナルティはない。それどころか、回復運転を行い、定刻に戻せば評価が上がるようになっているはずだ」

「ですが」

 なおも食いつくように運転士は言う。
 昭弥は話題を変えるように尋ねた。

「定刻に戻せたか?」

「いえ、一分の遅れでした」

「停止後の回復にかかったて出た遅延は?」

「三分です」

「お客様が多い中、二分の短縮が出来たのは素晴らしいことだ。区長に評価するように伝えておくよ」

「は、はい!」

 社長に褒められたことに感動した運転士はこれ以上文句を言わなかった。
 自分の技量を認められ、報償を与えると言われるのなら、と思い運転士は満足した。

「君も、誤判断かもしれないと思いながらも良く引いてくれた。ありがとう。今後も職務に忠実にやってくれ」

「は、はい!」

 車掌にもフォローするように言って、昭弥はその場を収めた。



「少々、甘いのでは?」

「何がだ?」

 セバスチャンに指摘されて昭弥は尋ねた。

「先ほどの誤判断です。停止弁を引いて停車させダイヤを乱しては、定時運転が出来ません。輸送力が低くなります」

 セバスチャンとしては、誤判断により停止が多くなるとダイヤが乱れ運べる人数が少なくなるし、遅れてしまう。最近は王都に集まる人が多くなり、利用者も増えているがラッシュ時には満員になっている。
 列車が来ないときなどホームから人が溢れそうな程だ。
 その事を念頭にセバスチャンは意見を言った。

「あまり引きすぎるのは良くないかと」

「いや、必要だ」

 昭弥は、セバスチャンの意見をはね除けるように言い切った。

「と言うより、やらなければならない」

 確かに、毎回停止するのは非効率だし、遅れに繋がる。
 だが、百回に、千回に、万回にたった一回でもお客様の生死に繋がるようなことがあったら停止しなければ殺してしまう。
 鉄道というのは危険が付きものだ。
 先日まで連結作業で大勢の死傷者が出ていたし、一寸したミスで時に三桁に及ぶ死傷者を出す。
 そして、一回でも起きたら確実に会社のイメージにマイナスを付ける。
 何より犠牲者を出したくない。
 死人や怪我人が出ることが珍しくない、この世界だが、だからといって決して死者が出ることを許容してはならない。可能な限り減らすべきだと昭弥は考えていた。

「お客様を危険に曝してはならない。安全を確保するために確実に運用するためにも停止弁を引くことは必要だ。勿論、面白半分にやるというなら処罰するが、決して危険に対して引くのを躊躇するような状況を作るのはだめだ。このまま続けるよ」

「しかし」

「だめだ。お客様に危険が及んでいたら止めなくてはだめだ」

 勿論、セバスチャンの言いたいこといも分かるし、そう思うことが会社の一員として当然だろう。
 だが、その結果が万分の一であれ犠牲者の出ることを許容してはならない。
 昭弥はそう思っていた。だからこそ、強く否定した。

「とはいえ運転士が安全に走れるように対策を考えないと」

 だが安全に定刻運転するために事故が起きないようにする、ホームから人が転落したり接触するのを避けなければ。
 幸い、車両の増強に関してはまだ余裕があり、本数を増やしたり、一編成当たりの車両数を増やすことが出来るだろう。これでホームから人が溢れないようにする。
 しかし、それだけでは足りないと思いホームドアの計画を立てている。
 技術的にまだ不充分な物しか出来ないが、今後の技術の発展を考えて今のうちに準備しておこうと昭弥は考えていた。
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