入れ替わった夏

廣瀬純七

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女子トイレ

 花火の余韻がまだ空に残る夜道を、人々のざわめきと混ざりながら歩いていた。屋台の灯りは少しずつ片付けられつつあり、浴衣姿の人々がそれぞれ帰路につく。朋美と並んで歩く達也——いや、夏美の姿の自分も、胸の奥に心地よい疲れを感じていた。

「ねえ、夏美。トイレ寄ってかない?」

 朋美がひそひそ声で言った。提灯の下、少し照れくさそうな笑みを浮かべている。達也は一瞬戸惑ったが、夏美の立場では断れない。うなずいて後をついていった。

 会場の端に設けられた仮設トイレ。行列はすでになく、ぽつりぽつりと人が入っては出てくる程度だ。達也は無意識のうちに、左側にある扉の前へと歩み寄っていた。

「ちょ、ちょっと夏美!そっちは男子だよ!」

 朋美の鋭い声に、達也ははっとして足を止めた。見ると、手をかけかけたドアには大きく『男』の文字。心臓が跳ね上がる。慌てて手を離し、振り返ると朋美が目を丸くして笑いをこらえていた。

「もう~、なにやってんの。浴衣で男子トイレ入ろうとする子、初めて見たよ!」

 顔がかっと熱くなる。夏美の姿でいる以上、その反応も完全に少女のものとして周囲に映っているのだろう。恥ずかしさに足がすくむ。達也は思わず言い訳めいた言葉を口にした。

「ちょっと、ぼーっとしてただけよ!」

 そう答えると、朋美はくすくすと笑いながら「夏美らしいなあ」と肩をすくめ、女子トイレの方へ先に歩いて行った。

 トイレの前で並んでいると、朋美がふと小さくため息をついた。

「ねえ夏美、女子トイレっていつも混んでるよね! 花火大会とか祭りのときなんて、並ぶだけで疲れちゃうよ。あれって何とかならないのかな?」

 達也は一瞬返事に詰まった。男子トイレならすぐに入れることを知っているだけに、なんとも言えない気持ちになる。しかし、夏美の立場として自然に答えなければならない。

「ほんとそうだよね……あたしも、待ってる間に浴衣の帯が苦しくなったりするし」

 自分でも驚くほど自然に口から出ていた。朋美は「でしょー!」と共感を込めて笑い、二人で小さな不満を共有するように目を合わせた。

 その瞬間、達也は再び“夏美としての自分”を強く意識した。男子としては経験したことのない悩みに共感し、同じ立場から言葉を発している自分。違和感と同時に、不思議な一体感が胸に広がっていった。

 こうして、花火大会の夜の一幕は、達也の心に新たな複雑さを刻んでいったのだった。
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