超能力者は探偵に憧れる

田中かな

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僕の名前は奈良篠郷平《ならしのごうへい》
ここ、愛上探偵事務所で探偵助手をつとめている。
目の前の応接テーブルでは依頼人と所長兼探偵の愛上樹玖子《あいうえきくこ》が話している。久しぶりの依頼だ。

「それでは、そちらの旦那さんの浮気調査がご依頼、ということでよろしいでしょうか。」

樹玖子さんの問いかけに依頼人の貴婦人はうなづいた。今日の依頼は浮気調査か。愛上探偵事務所は浮気調査は大得意だからね。僕は事務所の掃除をしながら聞き耳をたてる。

「それで、電話でお伝えした旦那さんの普段身につけている物はお持ちですか?」

「え、ええ。主人がいつも着ているコートを。でも、いったい何に使うのかしら?まさか、探偵犬に匂いを覚えさせる、なんて言うんじゃないでしょうね?」

「ふふっ。探偵犬ですか!それはいいですね!今度検討してみます。」

樹玖子さんは婦人の問いかけをあしらいつつコートを受け取る。まあコートを何に使うかは愛上探偵事務所のトップシークレットだから仕方ない。

その後、依頼を受ける際の書類のやりとりが終わり、

「それでは、よろしくお願いします。」

といって依頼人の婦人は帰っていった。僕も拭き掃除がもうすぐ終る。掃除を始める前と同じくらいピカピカだ。ピカピカな事務所を維持するのも助手の役目だ。決して聞き耳をたてるのに夢中でサボっていたわけではない。

すると、書類の整理を終えた樹玖子さんがこちらを向いた。
いよいよ捜査開始だ。

「それじゃあゴン君。さっそく始めてくれるかしら?」

「僕はゴンじゃなくてごうへい、ですよ。所長。」

樹玖子さんは僕のことをずっとゴン君と呼ぶ。僕もこの事務所に来て2年も経つのだから、そろそろ覚えてほしいものだ。とはいえ、わかっててからかっていると思うのだけれど。

そうして僕は雑巾を片付けて樹玖子さんのいるテーブルに向かう。

「このコートでいいんですよね。」

「ええ、そうよ、よろしくね。ゴン君。」

ゴンじゃなくてごうへいです。と心の中で呟いて僕は右手の手袋を外す。
それではいよいよ始めるぞ。
僕はテーブルの上のコートにそっと手を触れる。
その瞬間、僕の脳裏に映像が流れ込んでくる。
ここは…どこかの部屋みたいだ。大きなベッドが近くにある。コートをかけているのはお金持ちらしい中年の男の人だ。近くに女の人もいる。
そこで、映像は終わった。

「ふう。終わりました。」

「ご苦労さま、ゴン君。」

そう言うと樹玖子さんは持っていた封筒から1枚の写真を取り出して僕に尋ねた。

「見えたのはこの男かしら?」

僕は写真を覗き込む。たしかに先ほど見た中年の男と同一人物だった。

「はい、この男で間違いないです。」

僕がそう答えると、

「よし。ならその男は依頼人の旦那で間違いないわね。」

樹玖子さんは写真をまた封筒にしまうと、再び僕に尋ねた。

「それじゃあ他に手がかりは?なにか見えたものはあるかしら?」

ええと、先ほど見えたものは…

「どこか部屋の中でした。それから…女の人と大きなベッドがありましたね。」

僕はそう答えると樹玖子さんはにやりと笑みを浮かべる。

「女の人にベッド…ラブホテルに決まりね!」

ラブホテル…ということはやはり…

「これで浮気の証拠は掴んだも同然ね。あとは場所を特定して張り込むだけ、と。お手柄よ、ゴン君!」

「ありがとうございます。」

「それにしてもさすがね。これは今回も楽勝よ!超能力さまさまだわ。」

そう、超能力。僕、奈良篠郷平は超能力者である。とはいえ念動力を使えたり瞬間移動ができるわけではない。ただ、触れた物の残留思念のような、記憶のようなものを読み取りることができ、その読み取った記憶を僕は映像として見ることができる。
樹玖子さんいわくサイコメトリという能力だ。映像についてはいつ、どこで、どんな映像を見ることができるのかは触れて見ないとわからない。僕自身で能力を制御することはできず、触れたら勝手に僕に映像を見せてくる。
この能力が災いしているせいで僕の生活に手袋は欠かせない。布越しであればサイコメトリを発動しなくて済むからだ。生まれつきあるこの能力は幼少の頃から僕を悩ませてきた。
樹玖子さんはそんな僕を恐れもせず探偵の助手として働かせてくれる。ありがたい限りだ。そんな樹玖子さんだからこそ、僕は安心んて能力を使って捜査の手伝いができる。

「でも、僕の超能力なんて使わなくても樹玖子さんなら自力で証拠を掴めると思うんですけど。」

僕のそんな問いかけに樹玖子さんは笑いながら

「なに言ってんの。たしかに私の天才的な頭脳を持ってすれば楽勝よ。でも、それだとつまらないから見せ場をゴン君に譲っているのよ。」

などと言っている。うーん。まったくの嘘ではないと思うけど、ただ自分が楽をしたいだけなんじゃ…

「そんなことより、次よ、次」

樹玖子さんは立ち上がり、自分のデスクへ向かうと、いくつかの写真を手にとって戻ってきた。そして持ってきた写真を応接テーブルに広げていく。

「この中にさっきあなたが見た部屋と似ている写真はあるかしら?」

そう言われた僕はテーブルの上の写真を覗き込む。なるほど、意外とそれぞれの写真で違いがあるな…さっき見えた部屋と同じ写真は…

「すみません、樹玖子さん。特定はできませんでしたけど、この3枚のどれかだとお思います。」

「ふむ、ちょっと待ってね。」

樹玖子さんは再び自分のデスクに戻ると今度は地図を持ってきた。いくつか書き込みをしているのがわかる、樹玖子さんお手製の地図だ。

「ええと、依頼人の家がここで、今絞ったラブホテルの場所がこことこことここだから…」

樹玖子さんは地図をにらめっこしながら考えている。

「家や職場から一番近いこのラブホテルは奥さんの昔の職場が近いから…きっとここね!」

樹玖子さんは決め打ちでラブホテルを特定したようだ。普通ならそんな当てずっぽうで決めるなんて…と思うかもしれないが、僕はこういう時の樹玖子さんの勘を信じている。樹玖子さんの勘、よくあたるんだ。

「それじゃあ次に依頼人から旦那さんについて連絡があったらさっそく張り込みね!」


それから数日経った日の夜、事務所に電話がかかってきた。先日の依頼人だろうか。

「ゴン君、先日浮気調査の依頼人からの電話で、旦那が帰りは遅くなるとの連絡があったそうよ。さっそく現場に向かいましょう!」

「わかりました。樹玖子さん」

そこで僕はふとあることに気がつく。

「あれ?でも、それなら最初から旦那さんの会社から尾行をすれば良かったのでは?」

樹玖子さんは一瞬考えたあとハッとした顔をしてまた僕のほうへ振り向く。

「そ、そんなことないわよ。尾行が失敗する可能性もあるし、スタートよりゴールで待っていたほうが確実に決まっているもの!」

さ、行くわよ!と事務所を出ていった樹玖子さんに僕もついていくことにする。やれやれ、本当に調子がいいんだから。

僕達は樹玖子さんが目星をつけたラブホテルへ向かう。普段、現場に向かう時は経費削減のため歩いて向かうけれど、今回は先に目的地にいないと行けないのでタクシーだ。

現場付近に到着し、目的のラブホテルの入り口が撮影できるスポットへ張り込む。ターゲットである旦那さんがすぐに来るかはわからない。会社が終わってすぐにくるとも限らないし、どこかで食事してからくる可能性だってある。そもそも、本当に仕事が長引いていてそのまま帰ってしまっているかもしれない。何度か張り込みはしたことがあるけれど、その努力が報われることは必然ではないのだ。

張り込んでから3時間ほどたっただろうか。未だターゲットである旦那さんは現れていない。今回の張り込みはオケラかもしれないな。張り込みなんてもともと分の悪い賭けなんだ。僕はさっき買ってきたホットコーヒーを飲み干し、今日は引き上げませんか、と樹玖子さんに言おうとした時、

「来たわよ、ゴン君。」

本当だ!写真で見たターゲットの旦那さんで間違いない。女の人と一緒だ。この前サイコメトリで見た女の人と同じ人だろうか。僕はデジタルカメラを構えてラブホテルの入り口をフォーカスする。
…撮った!撮影した写真を確認してみると…うん、バッチリだ。ラブホテルの看板と2人が入る瞬間がしっかり撮れている。

「どう?撮れた?」

「はい、バッチリです。」

そう言って僕は撮影した写真を樹玖子さんに見せる。

「OKね!撤収よ。あったかいもの食べて帰りましょう!」
それにしてもまさか本当に現れるなんて。しかも当てずっぽうで決めた張り込み場所に。樹玖子さんの勘のほうが僕の超能力なんかよりとずっとすごい超能力だ。このあと食べたラーメンは凍えた体に染み渡ってとびきり美味しかった。

「以上のことから旦那さんの浮気は間違いないでしょう。」

張り込みから数日後、樹玖子さんは呼び出した依頼人へ調査について報告している。僕は相変わらず事務所の掃除をしながら聞き耳をたてている。報告を受けている依頼人は樹玖子さんが報告していく度に顔色が悪くなっていく。わかっているつもりでも、心のどこかでは旦那さんの清廉潔白を信じたかったのだろう。真実を明らかにするのが探偵の仕事とはいえ、こういった報告は毎回心がいたい。

「ありがとうございます。このことは主人とも話してみます。」

そういうと依頼人は立ち上がり、扉のほうへ向かった。ドアノブに手をかけたところで振り返ると、

「それにしても、なかなかの働きぶりね。噂通りだわ。」

「ありがとうございます。噂、というと今回はどなたかからの紹介だったのですか。」

「ええ、そうよ。昔の職場でアルバイトをしていた子よ。ここの探偵さんとは知り合いだ、っていうから。」

「なんと、そうでしたか!言ってくれたら探偵料をまけといたのに。」

この事務所、そんなに余裕なかったはずだけど本当だろうか。

「それじゃあ、あの子に会ったらよろしくね。近々大きな賞を取るんですって。私は、もう依頼することはないと思うから。」

「ええ、私もそうなることを祈っていますが、またなにか入り用があればご用命を。うち、猫探しも得意なものでして。」

こうして、また一つ依頼が終わった。それにしても久しぶりの依頼だったな。次の依頼もすぐに来るといいのに、なんて。そういえばさっき気になることを言っていたな。

「珍しいですね。樹玖子さんの知り合いの話がでるなんて。」

「失礼ね。私にも友達くらいいるわよ。あ!そういえば…」

話の途中で樹玖子さんはなにかを思い出したみたいで、机の上をごそごそと探している。なにを思い出したのだろうか。

「あった!これよ、これ!」

「?なんですか、それ。封筒…?」

「さっき言ってたでしょ。私の友達が近々大きな賞をとるって。これはその受賞パーティーの招待状。」

受賞パーティー!行ったことはもちろんないけどなんだかすごそうだ。

「ゴン君も一緒に行きましょう!滅多にない機会だし、なにより事件の香りがするわ!」

僕も参加していいなんて!これは楽しみだぞ。

それにしても事件の香りか。当たってほしくないけど、樹玖子さんの事件への嗅覚、あたるんだよな。
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