転生した公爵令嬢は王子様との婚約を破棄して魔女になります!

狭山ひびき

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弟子にしてほしいんですが、だめですか?

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 イリア・グランティーノは未来を知っている。

 それは、彼女がそれを一度経験したからだ。

 未来で、イリアはクラヴィスの妻として、王妃として生きた。

 未来のクラヴィスは今よりももっと冷たくて、微笑まなくて、イリアに愛はささやかなかったが、イリアは彼を愛していたし、彼の幸せを願っていた。

 二人の子供も生まれて、それなりにうまくやっていたと思う。

 けれどもその平穏な日々は、突如として終わりを告げたのだ。

 隣国の――、侵略しんりゃくだった。

 友好を結んでいたはずの隣国が、突然襲い掛かってきたのだ。

 小さな火種すらなかったはずの隣国から仕掛けられた突然の戦争に、シェロン国の王――クラヴィスはどうすることもできなかった。国はあっという間に敵国に飲まれ、クラヴィスと二人の子供は、イリアの目の前で殺された。

 イリアだけはなぜか殺されずに城の地下に幽閉された。勝利のあかしとして敵国――フェルナーン国のめかけにされるのだと聞かされたのは、幽閉されてからどのくらい経ったころだったろうか。あまりに放心して、何も考えられずに、ただ涙を流して日々をすごしていたイリアには、正常な日付の感覚などあろうはずもなかった。

 死なせてほしいと思った。

 夫と子供のあとを追わせてほしいと願った。

 愛する家族の命を奪った敵国の王の妾になど、死んでもなりたくない。

 そして呪った。フェルナーン国を、フェルナーン王を。目の前で家族の命を奪ったフェルナーンの兵士を。

 殺してやると思った。

 フェルナーン国に連れて行くなら連れて行けばいいだろう。そこで、王を刺し殺してやる、と。

 たとえその場で切り捨てられようと、必ずフェルナーン王の息の根を止めてやるんだと。

 そしてフェルナーン王に復讐することだけを考えて日々を送っていたイリアの下にあらわれたのは、敵国の兵士でも、輸送のための迎えでもなく、一人の魔女だった。

「まったく、あんたみたいに強い念を送られたらかなわないよ」

 イリアは驚いた。泣き腫らした目を大きく見開いて、声がどこから聞こえてくるのだろうと狭い地下室の中に視線を彷徨さまよわせた。

 しかし、誰もおらず、首をひねったイリアの目の前で、白い煙が巻き起こった。

 イリアは息を呑んだ。

 煙はあっという間に人の形に固まって、そこから一人の女が現れたからだ。

「しー。騒いじゃいけないよ。気づかれると厄介だからね」

「あなた、は……?」

「アマルベルダ。魔女だよ」

「魔女……」

 イリアは放心した頭で考えた。ひと昔前には王家にもお抱えの魔女がいたという。しかし今ではすっかりその存在は消え失せていて、せいぜい噂で聞くくらいで、本物にあったのはこれがはじめてだ。

 魔女はイリアのそばに膝を折ると、その目尻にそっと指の腹を這わせた。

「かわいそうに。こんなに泣きはらして。まったく、むごいことをするもんだ」

 魔女は痛ましそうに眉を寄せて、それからイリアの手に小さな小瓶を持たせた。

「これは?」

「もしも過去をやり直したいなら飲むといい。ちょっと苦いし、苦しい思いをするかもしれないけどね。敵を討つ覚悟があるなら、それくらいはどうってことないだろう」

「どうし……て?」

「魔女は気まぐれなもんさ。あんたのその慟哭どうこくのような心の叫びが、その気まぐれをちょっと動かしただけ」

 飲むも飲まないも、好きにするといいよ――、そう言ってアマルベルダは現れたときと同じように煙になって消えた。

 残されたイリアは、手元の小瓶をじっと見つめた。

(過去を……、やりなおす?)

 本当だろうか。嘘ではないだろうか。そんなこと到底信じられるはずもない。

 しかし、イリアの脳裏に、愛する夫と子供たちの顔がよぎった。過去に行けば、彼らともう一度会えるのだろうか。クラヴィスに、会うことができるのだろうか。

 どうせ死ぬ覚悟を決めていた。フェルナーン王の妾になんてなるつもりはなかったから。

 これがもしも毒だったとしても、なんだというのだ。

 それならば、万に一つの可能性にかけてみたかった。

(会いたい―――)

 イリアは小瓶のふたを開けた。しゅぽんと軽い音を立てて小瓶の蓋は開いた。相当な覚悟の前に、ずいぶんと気の抜けるような音を立ててくれるものだと思った。

 イリアは一瞬の迷いののちに、小瓶の中身を一気にあおった。

 薬は、驚くほど苦かった。そして、嘔吐えずきそうになりながら必死に飲み下すと、今度は喉が焼けるように熱くなった。

 イリアは喉をおさえて、その場でのたうった。

 喉が熱い。全身が熱い。関節が軋み、呼吸ができない。

 やはり、毒だったのかもしれない。

 イリアはそう思いながら意識を手放し――、気がついたら、城の庭で、クラヴィスを紹介されていた。

 そう、イリアが五歳のとき――、彼とはじめて会ったその瞬間に、戻っていた。
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