22 / 69
嫉妬とお仕置きと
2
しおりを挟む
「クラヴィス、人を指さしては、だめよ?」
あんぐりと口を開けるクラヴィスと、楽しそうにけたけたと笑うアマルベルダに割って入るように、少々空気の読めない発言をしたのはイリアだった。
クラヴィスはよろよろとよろめいてイリアのベッドの淵に腰を下ろすと、両手で顔を覆って俯いた。
「なんなんだ一体……」
その言葉には例えようのない疲労感があった。
この騒動の中でも、イリアの横では、白狐ポチがくーくーと気持ちよさそうな寝息を立てている。なかなか大物な狐だ。
「魔女が男なんて、聞いたこともない……」
「おや、そう言うのを性差別っていうんだよ。失礼しちゃうねぇ」
「その口調やめてくれ、頭が痛くなってくる」
そしてクラヴィスはしばらく自信を落ち着けるように深呼吸をくり返すと、ベッドに横になったままのイリアに視線を移した。
「魔女」
「なんだい?」
「イリアと話がある。はずせ」
アマルベルダは何か言いたそうにしていたが、ひらひらと手を振った。
「まあ、いいけどね。言っておくけど、その娘はまだ体調が万全じゃないんだから、無理さすんじゃないよ」
イリアはハッとした。この場でクラヴィスと二人きりになりたくない。慌ててすがるようにアマルベルダを見れば、魔女は「まあ、がんばんなさーい」とでもいうようにウインクをして去っていった。
部屋に残されたイリアは、ほかに縋るものはないかと視線を彷徨わせて、すやすやと気持ちよさそうに眠っているポチに気づいた。狐だが、いないよりはましである。イリアはポチを起こそうと手を伸ばしかけたが、その時に「イリア」とクラヴィスに呼ばれてびくっと手を引っ込めた。
恐る恐る彼を見れば、にっこりと微笑んでいる。しかしイリアにはその笑顔が怖かった。
(これは……、怒ってる、のよね)
一見すると優雅でとても優しい笑みだ。しかしその完璧な笑顔が、イリアの心に警鐘を鳴らした。これは怒っている。間違いなく怒っている。幼いころに調子に乗って城の庭の池に飛び込んで溺れかけて、クラヴィスにこっぴどく説教されたことがあるが、その時に浮かべていた笑顔に似ていた――いや、その時よりもはるかに怖い。
「イリア」
彼はもう一度イリアの名前を呼び、微笑んだまま、イリアの顔の横に手をついた。ぎしりとベッドが軋む。逃げ出せないように――、まるで閉じ込められるようにイリアの左右の顔の横にそれぞれ手をついたクラヴィスに、イリアの心臓はドクドクと音を立てた。
もう二度と会えないかもしれないと思っていた愛する人に会えた喜びよりも、恐怖の方がいや増さる。怖い。怖すぎる。イリアはポチに助けを求めたが、彼に起きる気配はなかった。
「さて、説明してもらおうか。これは一体どういうこと?」
クラヴィスはまだ笑顔だった。
イリアは半泣きになった。
これなら、問答無用で怒鳴りつけられた方が何倍も怖くない。
イリアはぷるぷると子ウサギのように震えながら、小声で返す。
「だ、だから……、魔女になりたくて……」
嘘ではない。嘘ではないのに、クラヴィスはぴくっと片眉を跳ね上げると、笑顔のまま言った。
「うん。わかった。――お仕置きだな」
あんぐりと口を開けるクラヴィスと、楽しそうにけたけたと笑うアマルベルダに割って入るように、少々空気の読めない発言をしたのはイリアだった。
クラヴィスはよろよろとよろめいてイリアのベッドの淵に腰を下ろすと、両手で顔を覆って俯いた。
「なんなんだ一体……」
その言葉には例えようのない疲労感があった。
この騒動の中でも、イリアの横では、白狐ポチがくーくーと気持ちよさそうな寝息を立てている。なかなか大物な狐だ。
「魔女が男なんて、聞いたこともない……」
「おや、そう言うのを性差別っていうんだよ。失礼しちゃうねぇ」
「その口調やめてくれ、頭が痛くなってくる」
そしてクラヴィスはしばらく自信を落ち着けるように深呼吸をくり返すと、ベッドに横になったままのイリアに視線を移した。
「魔女」
「なんだい?」
「イリアと話がある。はずせ」
アマルベルダは何か言いたそうにしていたが、ひらひらと手を振った。
「まあ、いいけどね。言っておくけど、その娘はまだ体調が万全じゃないんだから、無理さすんじゃないよ」
イリアはハッとした。この場でクラヴィスと二人きりになりたくない。慌ててすがるようにアマルベルダを見れば、魔女は「まあ、がんばんなさーい」とでもいうようにウインクをして去っていった。
部屋に残されたイリアは、ほかに縋るものはないかと視線を彷徨わせて、すやすやと気持ちよさそうに眠っているポチに気づいた。狐だが、いないよりはましである。イリアはポチを起こそうと手を伸ばしかけたが、その時に「イリア」とクラヴィスに呼ばれてびくっと手を引っ込めた。
恐る恐る彼を見れば、にっこりと微笑んでいる。しかしイリアにはその笑顔が怖かった。
(これは……、怒ってる、のよね)
一見すると優雅でとても優しい笑みだ。しかしその完璧な笑顔が、イリアの心に警鐘を鳴らした。これは怒っている。間違いなく怒っている。幼いころに調子に乗って城の庭の池に飛び込んで溺れかけて、クラヴィスにこっぴどく説教されたことがあるが、その時に浮かべていた笑顔に似ていた――いや、その時よりもはるかに怖い。
「イリア」
彼はもう一度イリアの名前を呼び、微笑んだまま、イリアの顔の横に手をついた。ぎしりとベッドが軋む。逃げ出せないように――、まるで閉じ込められるようにイリアの左右の顔の横にそれぞれ手をついたクラヴィスに、イリアの心臓はドクドクと音を立てた。
もう二度と会えないかもしれないと思っていた愛する人に会えた喜びよりも、恐怖の方がいや増さる。怖い。怖すぎる。イリアはポチに助けを求めたが、彼に起きる気配はなかった。
「さて、説明してもらおうか。これは一体どういうこと?」
クラヴィスはまだ笑顔だった。
イリアは半泣きになった。
これなら、問答無用で怒鳴りつけられた方が何倍も怖くない。
イリアはぷるぷると子ウサギのように震えながら、小声で返す。
「だ、だから……、魔女になりたくて……」
嘘ではない。嘘ではないのに、クラヴィスはぴくっと片眉を跳ね上げると、笑顔のまま言った。
「うん。わかった。――お仕置きだな」
18
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました
鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。
素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。
とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。
「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
パン作りに熱中しすぎて婚約破棄された令嬢、辺境の村で小さなパン屋を開いたら、毎日公爵様が「今日も妻のパンが一番うまい」と買い占めていきます
さくら
恋愛
婚約者に「パンばかり焼いていてつまらない」と見捨てられ、社交界から追放された令嬢リリアーナ。
行き場を失った彼女が辿り着いたのは、辺境の小さな村だった。
「せめて、パンを焼いて生きていこう」
そう決意して開いた小さなパン屋は、やがて村人たちの心を温め、笑顔を取り戻していく。
だが毎朝通ってきては大量に買い占める客がひとり――それは領地を治める冷徹公爵だった!
「今日も妻のパンが一番うまい」
「妻ではありません!」
毎日のように繰り返されるやりとりに、村人たちはすっかり「奥様」呼び。
頑なに否定するリリアーナだったが、公爵は本気で彼女を妻に望み、村全体を巻き込んだ甘くて賑やかな日々が始まってしまう。
やがて、彼女を捨てた元婚約者や王都からの使者が現れるが、公爵は一歩も引かない。
「彼女こそが私の妻だ」
強く断言されるたび、リリアーナの心は揺れ、やがて幸せな未来へと結ばれていく――。
パンの香りと溺愛に包まれた、辺境村でのほんわかスローライフ&ラブストーリー。
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。
みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。
ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。
失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。
ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。
こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。
二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる