転生した公爵令嬢は王子様との婚約を破棄して魔女になります!

狭山ひびき

文字の大きさ
47 / 69
温泉旅行はどきどきがいっぱいです

3

しおりを挟む
 イリアのナイトとして、ともに離宮に連れてこられた白狐ポチだったが、彼は大の水嫌いで、当然湖のボートになんて乗るはずもない。

 ポチは日当たりのいい居間の窓際に丸くなると、気持ちよさそうに昼寝を楽しむことにしたらしい。

 イリアは「いってきます」とポチの頭を撫でると、クラヴィスとアマルベルダとともに湖に向かった。

 湖に行くと、水面には想像以上の霧が立ち込めていた。

「これではボートは無理だな」

 クラヴィスはそう判じて、早くもボートを諦めようとした。確かに霧の中でボートをこぐなんて無謀すぎる。岸から向こう岸が見えないくらいなのだ、湖の中で方向感覚を失うのはわかりきっていた。

 イリアはしょんぼりして、「ほらやっぱ温泉だ」と妙に嬉しそうなクラヴィスの案に乗りかけた。しかし――

「霧がなんだっていうんだい。このアマルベルダ様の敵じゃぁないね」

 アマルベルダがそう言って、パチンと指を鳴らすと、ぶわっと吹き抜けた突風によってあっという間に霧が晴れてしまった。

「ほら、ボートだよ」

 その時イリアの隣で「ちっ」と舌打ちが聞こえたような気がしたが、振り返ったクラヴィスは優しい微笑みを浮かべていたし、おそらく気のせいだろう。

 そして、イリアたちを乗せたボートは、すーっとなめらかに湖を進みはじめた。

 もちろん、イリアたちはオールなんて漕いでいない。クラヴィスは、おそらくイリアと二人きりなら率先してオールを手にしただろうが、アマルベルダも乗ったボートで、どうして僕が漕がないといけないんだと言わんばかりだった。そしてそれはアマルベルダにも言えることで、「どうしてあたしが、そんな汗水かいてボートを漕ぐんだい」と言った魔女によって、ボートにひとりでに動く魔法がかけられたのである。

 滑るように進むボートに、イリアは楽しくなった。揺れないボートなんてはじめてだ。イリアはボートの淵から身を乗り出すと、湖に指の先をつけてみた。人肌よりも少しぬるいくらいの水温だ。

 アマルベルダもボート遊びが気に入ったようで、気をよくした魔女は人差し指を立てると、それをすいっと弧を描くように滑らせた。すると突然、遠くの湖の水がまるで大蛇のように水面から飛び出してきて、半円を描いて遠くの水面に飲み込まれた。

 イリアは感動してぱちぱちと手を叩いた。

「すごーい!」

「なぁに、簡単だよ。例えば……」

 アマルベルダはボートの淵から腕を伸ばして、水面に人差し指をつけた。すると水が一筋、空に向かって飛び上がった。

「このくらいならあんたにだってできるんじゃないかい?」

「本当ですか!?」

 いまだ失敗続きのイリアは、今度こそ魔法を成功させると意気込んだ。

 そんな様子をクラヴィスは面白くなさそうに見つめていたが、愛しのイリアが楽しそうなのを邪魔するのも忍びなく、しばらく黙ってみていることにした。

 クラヴィスはボートの淵に頬杖をついて、魔女になりたいという婚約者の魔女としての成長ぶりを見てやるつもりで、イリアが水面に手を近づける様子をながめていた。

「せぇ――のっ!」

 なんだか気合たっぷりの掛け声で、イリアが湖の水にありったけの力をこめた瞬間。

「うわあああああ―――!」

 なぜか勢いよくボートがひっくり返り、転覆した。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

パン作りに熱中しすぎて婚約破棄された令嬢、辺境の村で小さなパン屋を開いたら、毎日公爵様が「今日も妻のパンが一番うまい」と買い占めていきます

さくら
恋愛
婚約者に「パンばかり焼いていてつまらない」と見捨てられ、社交界から追放された令嬢リリアーナ。 行き場を失った彼女が辿り着いたのは、辺境の小さな村だった。 「せめて、パンを焼いて生きていこう」 そう決意して開いた小さなパン屋は、やがて村人たちの心を温め、笑顔を取り戻していく。 だが毎朝通ってきては大量に買い占める客がひとり――それは領地を治める冷徹公爵だった! 「今日も妻のパンが一番うまい」 「妻ではありません!」 毎日のように繰り返されるやりとりに、村人たちはすっかり「奥様」呼び。 頑なに否定するリリアーナだったが、公爵は本気で彼女を妻に望み、村全体を巻き込んだ甘くて賑やかな日々が始まってしまう。 やがて、彼女を捨てた元婚約者や王都からの使者が現れるが、公爵は一歩も引かない。 「彼女こそが私の妻だ」 強く断言されるたび、リリアーナの心は揺れ、やがて幸せな未来へと結ばれていく――。 パンの香りと溺愛に包まれた、辺境村でのほんわかスローライフ&ラブストーリー。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

処理中です...