王子様を落とし穴に落としたら婚約者になりました ~迷惑がられているみたいですが、私あきらめませんから!~

狭山ひびき

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モモンガの欠席 6

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「モモンガのくせに風邪を引いただと?」

 いつも騒がしくまとわりつくエイミーの姿が見えなくて気になったライオネルは、昼休みに隣のクラスのシンシアに訊ねたところ、休みだという回答が帰ってきて目を丸くした。
 シンシアはあきれ顔を浮かべて頷く。

「エイミーは人間ですから風邪くらい引きますよ」

 わざわざ「人間」を強調された気がして、ライオネルはちょっとムッとしたが顔には出さずに、シンシアに礼を言って教室を出ようとした。
 けれども「殿下」とシンシアに呼び止められて足を止める。

「少しよろしいでしょうか」
「なんだ」

 シンシアがちらりと廊下に視線を向けたので、教室ではしにくい話なのかとライオネルは廊下へ足を向ける。
 廊下を少し歩いて、角まで行くと、シンシアは足を止めた。

「不躾な質問になってしまいますけど、殿下はエイミーのことをどう思っていらっしゃるんですか?」
「は?」
「だから、エイミーへの気持ちです」
「……それは、モリーン伯爵令嬢、君に関係のあることか?」
「関係あります。わたしはエイミーの友達ですから。……今のままだったら、エイミーがあんまりにも可哀想です」
「可哀想?」

 何を言われたのか理解できずに、ライオネルはぱちぱちと目をしばたたいた。
 シンシアはまっすぐにライオネルを見つめた。

「中途半端に優しくしないでくださいって言っているんです。わたしから見ると、殿下はエイミーを邪険にしてばかりです。嫌いなら嫌いだと、はっきりと態度で示してあげないと、エイミーがいつまでたっても殿下を追いかけ続けるじゃないですか。もしくは、婚約者なら表面的でもいいから優しくしてあげてください。殿下はエイミーをどうしたいんですか」

 ライオネルがエイミーをどうしたいか。彼女とどういう関係になりたいか。それは公で口にできることではない。
 ライオネルはエイミーとの婚約の解消を狙っているが、そんなことを口に出せば周囲が混乱するだけだからだ。

「これは俺とあいつの問題だ」
「本当にそうですか? 殿下は本当にその問題に向き合っていますか?」
「しつこいぞ」

 向き合っている。向き合っているからこそ、ライオネルは婚約を解消する方法を模索しているのだ。自分から無理だからエイミーから持ち掛けさせようと、どうすればエイミーがその気になるのか、ライオネルはいつだって考えている。――考えているはずだ。

「このまま結婚するおつもりなら、結婚相手としてエイミーを尊重してあげてください。そのつもりがないのなら……いい加減、エイミーを解放してあげてくれませんか」
(解放? 解放されたいのは俺の方だ。何故あのモモンガを俺が縛り付けているみたいな言い方をする。望まない婚約で縛り付けられているのは俺の方だ!)

 そう叫べたらどんなにいいだろうか。
 ライオネルは頭痛を我慢するようにこめかみを押さえて、くるりと踵を返した。

「すまないが無駄話に付き合っている暇はない。失礼する」

 ライオネルはこれから食事を取りに行くのだ。シンシアの意味不明な話に付き合っていたらくいっぱぐれてしまう。
 シンシアはライオネルを止めなかったが、背後から大きなため息が聞こえてきて、ライオネルはムカムカしてきた。

(なんなんだ、ケビンと言い、モリーン伯爵令嬢と言い! 俺は被害者だぞ⁉)

 何故、みんなあの珍獣の心を考えろと言う。
 何故、あのモモンガが可愛そうなのだ。

 ライオネルは昼食を取りにカフェテリアに向かっていた足を止めて、医務室へ方向転換した。
 医務室ではウォルターが昼食代わりのパンを食べていて、入って来たライオネルを見て首をひねる。

「どうしました、そんな情けない顔をして」
「……うるさい。情けない顔なんてしていない」

 ライオネルがむすっと言い換えしてソファに座ると、ウォルターが苦笑して、袋の中からパンを一つ取り出して目の前に置いてくれる。

「この時間ならどうせ食べていないんでしょう。一つ分けてあげますから、ほら、何があったのか話してください」

 ライオネルが子供のころから侍従を務めているウォルター相手にはごまかしはきかない。
 ライオネルはパンを一口かじって「モモンガは休みだそうだ」と言った。
 すると、ウォルターが声を出して笑う。

「はっはあ? つまり殿下はエイミー様が心配だと」
「違う!」
「じゃあなんです?」

 ライオネルはもそもそとパンを食べて少し時間稼ぎをした後で、渋々答える。

「ケビンのやつが意味のわからんことを言っていた。エイミーはモモンガでなくて人間なのだと。それから先ほど、エイミーの友人からエイミーを解放しろと言われた。二人とも、何が言いたいのかわけがわからん」
「……そうですか」

 ウォルターは笑うのをやめて、パンの袋を持ってライオネルの対面のソファに異動した。

「殿下。これは殿下が向き合わなければならない問題なので、私からは答えは差し上げられません。でもね、一つだけヒントを差し上げます。以前私は、殿下がエイミー様に嫌われたいのなら、エイミー様に『嫌い』だと言い続けるしかないと言いましたよね。実行して見ましたか?」
「した」
「そのとき、どんな気持ちになりましたか?」
「……普通だ」
「本当に?」
「本当に普通だ! 第一そんなこといつも言っているんだ! 何も変わらないだろうが!」

 変わらないはずだ。いつもと同じだ。ただいつもより強めに言っただけで、エイミーに「嫌い」と告げるのは珍しいことではない。「嫌い」だと言ったところで、あの言葉の通じないモモンガはいつもへらへらして――

 ライオネルはハッとした。

 ウォルターはライオネルの前にもう一つパンを置いて、繰り返した。

「本当に?」

 ライオネルは答えられなかった。


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