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気まずい朝と謝罪 1
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クリフ・ラザフォードは、一睡もできずに朝を迎えた。
昨日は伯父である前国王によってまとめられたマクニール伯爵家の長女アナスタージアとの結婚式だった。
この結婚は、国に莫大な献金をしてくれたマクニール家に報いるためにまとめられた縁だ。
そして、かの伯爵家を政治の世界に関わらせるために整えられたものでもある。
バレル王国は昔から争いの少ない平和な国だ。
それゆえ、よく言えば伝統、悪く言えば古臭い考え方を守り、時代の波に乗り遅れた国でもある。
周辺国が富んでいく中、古参貴族たちは未だに貴族が商売をはじめることに眉を顰め、自領を富ませるために改革を進めることを厭う。
要するに、貴族の椅子にふんぞり返って楽して生活がしたいだけの連中なのだ。
それに危機感を覚えた伯父は、新興貴族制度を用いて国に新しい風を吹かせようとした。
荒療治とも言う。
それにより、国の財政は何とか上向き、潤っているとまではいかないが、国の機能が停止するという危機は脱したと言えよう。
国が何とか正常に機能しはじめたのを見届けて、伯父は息子に玉座を譲り、今は王家直轄地の一つである土地を管理しながらのんびりと暮らしている。
伯父が退位するに伴って、王弟だったクリフの父も、クリフに爵位を譲って母を伴って公爵領に引っ込んだ。
今からこの国に新しい風を吹かせて国をよりよくしていこうという時期に、古い人間がいつまでも政の中心にのさばっていてはならないという伯父の考えに、父と母が同調したためである。
公爵領のことは自分たちで何とかするから、クリフは従兄である若き国王ギルバートを支えながら、新妻と楽しく王都で暮らせとも父は言ったが――さて、どうしたものか。
(さすがに、昨日のあれはまずかった……)
昨夜、クリフは多少酒が入っていたこともあり、よりにもよって結婚したばかりの新妻アナスタージアに初恋の相手がいることを暴露し「心の中に別の女性への気持ちを残して君と夫婦にはなれない」などと言ってしまった。
一夜明けてなんてことをと青ざめたが、口からでてしまった言葉は取り消せない。
(こんなことになるのなら、自分に忘却の魔法をかけなければよかった……)
この世界には魔法という特別な力を使うことができる人が存在する。
それはほんの一握りの人間で、特にその力を有している人間は貴族や王族の中に多い。
クリフもそんな特別な力を持った一人であるが――彼は今日ほど、その力を持って生まれたことを後悔したことはなかった。
クリフに初恋の人がいるのは間違いない。
どうやら自分は、アナスタージアとの結婚に際し、初恋の人を想い続けたまま彼女と結婚できないと、初恋の女性を忘れようとしたらしい。
だから自分自身に忘却の魔法をかけたのだろう。経緯自体忘却してしまっているので定かではないが、きっとそうに違いない。
しかし、忘却の魔法で初恋を忘れようとしたクリフは、初恋の女性がどこの誰であるのかは忘れたが「初恋の女性がいた」という事実は忘れることができなかった。
誰かに強く恋焦がれていた。その気持ちだけが心の奥深くに刻まれて残っているのだ。
顔も名前も忘れているのに、愛した気持ちだけが消えていない。
そのことにひどく狼狽した自分が、酔った勢いも手伝って、あろうことか、これから共に生きていかなくてはならない妻に向かって「夫婦になれない」などと言ってしまった。
(どうしよう……)
父から爵位を譲り受けたためクリフは公爵だ。
公爵として、跡継ぎを儲ける必要がある。
いや、跡継ぎ云々より前に、何も知らずに嫁いできてくれたアナスタージアに対して、昨日のあの発言はあまりにもひどすぎた。
(怒っているだろうか。そうに決まっている。どうしたらいい? 撤回は無理だよな……)
違うんだ、などと言ったところで今更遅い。
アナスタージアは傷ついただろう。
「はあ……」
自室のベッドの縁に腰かけて、深くうなだれる。
アナスタージアは明るく朗らかなとても可愛らしい女性だ。
ストロベリーブロンドのふわふわした髪にキャラメル色の瞳。
華奢な体の上に小さな頭がちょこんと乗っていて、男性の中でも背の高い方のクリフから見れば、小動物のようにも映る。
はじめて会ったのが五年前。
いつもにこにことクリフの話を聞いてくれて、控えめで、心の優しい女性だ。
昨日の結婚式だって、純白のドレスに身を包んだ彼女はまるで天使のように美しかった。
そう――美しすぎたのが、また悪かったのかもしれない。
たぶん自分は、美しく可愛いアナスタージアに危機感を覚えたのだ。
このままでは胸の奥に刻まれた初恋の女性の存在を、忘れ去ってしまうかもしれないと。
忘れようとして忘却の魔法をかけたのに、忘れることに危機感を覚えるなんて矛盾していると思う。
しかしクリフは、可愛く美しく優しいアナスタージアに、自分の心が奪われる危険を感じた。
妻に心を奪われるのは何ら間違ったことではないはずなのに、一部の記憶を忘却したばかりで混乱していたのか、自分の心を守ろうと、とんでもないことを言ってしまったのだ。
「どうしよう……」
もう朝だ。そろそろダイニングに降りなければ、アナスタージアが一人で朝食をとることになる。
昨日一人寂しく夜を明かしたアナスタージアを、また一人にしてしまうのだ。
「よし」
クリフは気合を入れて立ち上がった。
まずは謝ろう。それからだ。
そうして部屋の扉を開けたクリフは、その先にどーんと仁王立ちで待ち構えていたメイド頭のドロシアを発見し、うっと顔を引きつらせた。
昨日は伯父である前国王によってまとめられたマクニール伯爵家の長女アナスタージアとの結婚式だった。
この結婚は、国に莫大な献金をしてくれたマクニール家に報いるためにまとめられた縁だ。
そして、かの伯爵家を政治の世界に関わらせるために整えられたものでもある。
バレル王国は昔から争いの少ない平和な国だ。
それゆえ、よく言えば伝統、悪く言えば古臭い考え方を守り、時代の波に乗り遅れた国でもある。
周辺国が富んでいく中、古参貴族たちは未だに貴族が商売をはじめることに眉を顰め、自領を富ませるために改革を進めることを厭う。
要するに、貴族の椅子にふんぞり返って楽して生活がしたいだけの連中なのだ。
それに危機感を覚えた伯父は、新興貴族制度を用いて国に新しい風を吹かせようとした。
荒療治とも言う。
それにより、国の財政は何とか上向き、潤っているとまではいかないが、国の機能が停止するという危機は脱したと言えよう。
国が何とか正常に機能しはじめたのを見届けて、伯父は息子に玉座を譲り、今は王家直轄地の一つである土地を管理しながらのんびりと暮らしている。
伯父が退位するに伴って、王弟だったクリフの父も、クリフに爵位を譲って母を伴って公爵領に引っ込んだ。
今からこの国に新しい風を吹かせて国をよりよくしていこうという時期に、古い人間がいつまでも政の中心にのさばっていてはならないという伯父の考えに、父と母が同調したためである。
公爵領のことは自分たちで何とかするから、クリフは従兄である若き国王ギルバートを支えながら、新妻と楽しく王都で暮らせとも父は言ったが――さて、どうしたものか。
(さすがに、昨日のあれはまずかった……)
昨夜、クリフは多少酒が入っていたこともあり、よりにもよって結婚したばかりの新妻アナスタージアに初恋の相手がいることを暴露し「心の中に別の女性への気持ちを残して君と夫婦にはなれない」などと言ってしまった。
一夜明けてなんてことをと青ざめたが、口からでてしまった言葉は取り消せない。
(こんなことになるのなら、自分に忘却の魔法をかけなければよかった……)
この世界には魔法という特別な力を使うことができる人が存在する。
それはほんの一握りの人間で、特にその力を有している人間は貴族や王族の中に多い。
クリフもそんな特別な力を持った一人であるが――彼は今日ほど、その力を持って生まれたことを後悔したことはなかった。
クリフに初恋の人がいるのは間違いない。
どうやら自分は、アナスタージアとの結婚に際し、初恋の人を想い続けたまま彼女と結婚できないと、初恋の女性を忘れようとしたらしい。
だから自分自身に忘却の魔法をかけたのだろう。経緯自体忘却してしまっているので定かではないが、きっとそうに違いない。
しかし、忘却の魔法で初恋を忘れようとしたクリフは、初恋の女性がどこの誰であるのかは忘れたが「初恋の女性がいた」という事実は忘れることができなかった。
誰かに強く恋焦がれていた。その気持ちだけが心の奥深くに刻まれて残っているのだ。
顔も名前も忘れているのに、愛した気持ちだけが消えていない。
そのことにひどく狼狽した自分が、酔った勢いも手伝って、あろうことか、これから共に生きていかなくてはならない妻に向かって「夫婦になれない」などと言ってしまった。
(どうしよう……)
父から爵位を譲り受けたためクリフは公爵だ。
公爵として、跡継ぎを儲ける必要がある。
いや、跡継ぎ云々より前に、何も知らずに嫁いできてくれたアナスタージアに対して、昨日のあの発言はあまりにもひどすぎた。
(怒っているだろうか。そうに決まっている。どうしたらいい? 撤回は無理だよな……)
違うんだ、などと言ったところで今更遅い。
アナスタージアは傷ついただろう。
「はあ……」
自室のベッドの縁に腰かけて、深くうなだれる。
アナスタージアは明るく朗らかなとても可愛らしい女性だ。
ストロベリーブロンドのふわふわした髪にキャラメル色の瞳。
華奢な体の上に小さな頭がちょこんと乗っていて、男性の中でも背の高い方のクリフから見れば、小動物のようにも映る。
はじめて会ったのが五年前。
いつもにこにことクリフの話を聞いてくれて、控えめで、心の優しい女性だ。
昨日の結婚式だって、純白のドレスに身を包んだ彼女はまるで天使のように美しかった。
そう――美しすぎたのが、また悪かったのかもしれない。
たぶん自分は、美しく可愛いアナスタージアに危機感を覚えたのだ。
このままでは胸の奥に刻まれた初恋の女性の存在を、忘れ去ってしまうかもしれないと。
忘れようとして忘却の魔法をかけたのに、忘れることに危機感を覚えるなんて矛盾していると思う。
しかしクリフは、可愛く美しく優しいアナスタージアに、自分の心が奪われる危険を感じた。
妻に心を奪われるのは何ら間違ったことではないはずなのに、一部の記憶を忘却したばかりで混乱していたのか、自分の心を守ろうと、とんでもないことを言ってしまったのだ。
「どうしよう……」
もう朝だ。そろそろダイニングに降りなければ、アナスタージアが一人で朝食をとることになる。
昨日一人寂しく夜を明かしたアナスタージアを、また一人にしてしまうのだ。
「よし」
クリフは気合を入れて立ち上がった。
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