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降ってきた妖精

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「まさに犬猿の仲だな」

 ミリアムとアスヴィルの仲を、シヴァはそう表現した。

 だが、表現された方のアスヴィルは意外そうな表情を浮かべた。

「そうですか?」

「……そこで疑問を持てるお前の感覚を、俺はたまにすごいと思う」

「ミリアムは子供です。俺は道理を諭しているだけですよ」

 なるほど、確かに一理あるかもしれない。そして、アスヴィルはミリアムと違い、彼女のことを嫌ってはいないのだろう。我儘なミリアムに注意をしているだけ――、おそらく彼はそういう意識で接しているようだ。

 ただ、そのような意見が言えるということは、ミリアムに蛇蝎だかつのごとく嫌われているという自覚は持っていないということである。

 ミリアムは兄のシヴァから見ても非常にわかりやすい性格の妹だった。

 嫌いなものは嫌い、いやなものはいや、好きなものは好き。そこにある感情や欲求に非常に忠実に行動し公言する、竹を割ったと言えば聞こえはいいが、とても単細胞な性格だ。

 心中で思っていても、それを口にすることで面倒ごとを引き起こしそうものなら沈黙を決め込むシヴァとは、真逆の性格と言ってもいいだろう。

「あれも、もう十五になったがな」

 五歳のときならいざ知らず、十五歳になったミリアムは、昔と比べて多少の分別はついているようだ。

 だが、面白いことに、アスヴィルに対してだけは昔と変わらないように見える。極力会うことを避けているようだが、たまに出くわしたときの、あの蛆虫うじむしでも見るような表情は、当事者ではないシヴァからすれば少し面白い。

 しかしアスヴィルは。

「十五歳なんて、まだまだ子供じゃないですか」

 と言う。

 どうやら、アスヴィルの中では、ミリアムは五歳の時と同じ扱いのままらしい。

 シヴァはそんなアスヴィルを見て、心の中でこっそり母に同情した。

 母はアスヴィルがお気に入りで、密かにミリアムとアスヴィルが結婚してくれればいいなと考えていることをシヴァは知っていた。

 だが、この二人を見る限り、それは夢のまた夢だろう。

「そういえば、グノーがそろそろ隠居するらしいな」

 シヴァはふと話題を変えた。アスヴィルの父であるグノー侯が隠居するという噂は、シヴァの耳にも届いている。

 グノーは齢千五百歳を超え、シヴァの祖父が魔王の座にいたころから七侯ななこうの一人だった。魔界の領地を任されている七侯の中でも、グノーは一番長くその座に座っている男だった。

 それは、グノーがなかなか結婚しなかったことと、結婚してもすぐに子宝に恵まれなかったこと、さらに言えばアスヴィルが産まれたのちは、まだまだ生まれてすぐの子供には譲れないと言ってその座に座り続けたことによるが、いい加減アスヴィルも三百歳を超え、そろそろ譲る気になったようだった。

「ええ、隠居してのんびりすると言っていました」

「代替わりはいつだ?」

「おそらく、ここ数年の内には」

「そうか。どうやらお前の方が先になりそうだな」

 シヴァは小さく笑った。シヴァの父親である魔王も、あわよくばさっさと引退し、田舎で母とともにイチャイチャしてすごしたいと言っているが、ミリアムが産まれたことでもう少し城に居座る気になったらしく、いまだ魔王の代替わりは行われていない。

 すると、アスヴィルは顔を曇らせた。

「代替わりはいいのですが……」

「何か心配事か?」

「いえ。心配事ではなく、代替わり前に結婚しろと、父が……」

 なんでも、結婚せずに七侯の座に就いたグノーは、結婚せずにその座についたことを後悔していたらしい。結果的にはそれで最愛の妻に巡り合えたからよかったらしいが、息子には代替わり前に結婚し、早めに世継ぎを作っておけというのが彼の希望のようだ。

 アスヴィルは友人の心中を察して同情した。

 シヴァにしてもそうだが、アスヴィルも、いかんせん女という生き物に心を開かない。もし自分が父親である魔王に、魔王になる前に結婚しろとでも言われようものなら、その座をさっさとセリウスに譲り渡しどこかに逃亡するだろう。

 アスヴィルは盛大にため息をついた。

「明日も、お見合いらしいです」

「それは、……大変だな」

 シヴァは自分が見合いをさせられる場面を想像して苦い顔をした。

 アスヴィルはそのあとシヴァ相手に「結婚したくない」と二言三言愚痴を言って、友人の部屋を辞したのだった。
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