【旦那様は魔王様 外伝】魔界でいちばん大嫌い~絶対に好きになんて、ならないんだから!~

狭山ひびき

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初恋は甘いけれど

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 アスヴィルは真っ白な百合の花束を抱えて城を訪れていた。

 ミリアムのもとに向かう前にシヴァの部屋に寄ると、シヴァは幽鬼ゆうきでも目にしたかのように引きつった表情で彼を出迎えた。

「なんだその花束は」

 いや、花束だけではない。

 目の下に大きなクマを作っているアスヴィルは、なぜか頬を紅潮させ、目をキラキラさせている。

 シヴァは不気味なものを見た、とばかりに首を振った。

 アスヴィルは花束を大事そうに腕に抱きしめた。
「ミリアムは、百合はお好きでしょうか?」

「は……?」

 シヴァは幻聴かと思った。

「嫌いだったら困るので、先に確認してからと思いまして……」

「はあ?」

 なぜアスヴィルがミリアムに花束を贈るのだ。ミリアムの誕生日は先月終わったばかりだし、何かを贈るような特別な日ではないはずだ。

 アスヴィルは怪訝けげんそうなシヴァの視線にさらされて、目じりを染めてもじもじしはじめた。はっきり言って、気持ち悪い。

 シヴァは何やら嫌な予感がした。

 この友人がいまだかつてこのような奇怪な行動をとることはなかったが、この妙な雰囲気には覚えがある。シヴァのもとに来る女と同じだ。彼女たちは何か贈り物を片手にシヴァを訪れては、もじもじと歯切れ悪く何かを言って去っていく。決まって頬を染めて。

(まさか……)

 シヴァ自身がそう言った感情を抱いたことはないが、シヴァはアスヴィルの身に起こったことを容易に想像することができた。できれば否定してほしかったが――

「お前、まさかミリアムに惚れたのか……?」

「……はい」

 肯定された!

 シヴァは頭を抱えた。

 何がどう転んで、このような事態になるのか、誰か説明してほしい。

 母からすればガッツポーズものだろうが、シヴァにしては面倒ごと以外ほかにない。

「お前、ミリアムのことを子供だと言っていただろう!?」

「そうなんですが……」

「なにがどうなって、どこに、あいつに惚れるような部分があるんだ!」

「妖精だったんです」

「はああ?」

「きっとミリアムは妖精だったんです」

「勘弁してくれ……」

 シヴァはぐったりとソファに体を投げだした。

 アスヴィルはそんなシヴァの様子に気が付かないのか、うっとりした表情を浮かべた。

「俺はいまだかつて、あんなに愛らしい生き物を見たことがありません。愛らしく、きらきらしていて、羽のように軽いんです。妖精以外考えられません」

 ――いや、お前、昔からミリアム知ってるよな。

 いろいろ突っ込みどころが満載だが、言いようのない倦怠感けんたいかんに襲われているシヴァには、もはやそんな気力はなかった。

 アスヴィルはシヴァの真向かいに腰を下ろすと、途端に真剣な顔をした。

「ミリアムに好かれるには、どうしたらいいでしょうか?」

「……知るか」

 シヴァはため息をついた。

 この男は、ミリアムに毛嫌いされているという認識を持っているのだろうか。いや、持っていないはずだ。正直言って、これほどまでに嫌われていて、どこをどうやってその感情を百八十度好転させようというのだ。無理に決まっている。

 ここは友人の精神衛生上、早いうちに諦めさせた方がいいのかもしれない。

 なぜならあの妹は、人の――特にアスヴィルの――感情の機微になど、いちいちかまったりはしない。その一言がどれほど相手に大ダメージを与えるかなんて、これっぽっちも考慮しないのだ。放っておけばアスヴィルが灰になる。

 けれども――

「ああ、ミリアム……」

 今まさに恋がはじまったばかりで、うっとりと自分の世界に浸っているアスヴィルを、塩辛い現実世界に引きずり戻すのはいかんせん可哀そうだった。

 シヴァは悩んだ。

 友人のためを思うなら、ここで現実世界に引き戻し、ミリアムを諦めさせるのが一番いいだろう。しかし、おそらく生まれてはじめて訪れたであろう初恋に、何もしないままに蓋をさせるのは、酷な気もした。

 シヴァは小さく訊いてみた。

「ミリアムは、難しいと思うぞ……?」

「覚悟の上です! あんなに愛らしいんです、俺以外にも、きっとたくさん心を寄せている男がいるはずですから、難しいのは当然です」

「いや、そういう意味での難しいじゃないんだが……」

 アスヴィルが思うところのライバルの存在は、母と愚弟セリウスの手によって、ことごとくつぶされている。そこのところは、アスヴィルの心配は無用なのだ。

 だが、ライバルをつぶしていくよりも、もっと高い山をアスヴィルが昇らないといけないだけで――

「諦める気は……?」

「ありません!」

 打てば響くように即答するアスヴィルに、シヴァは「やめておけ」と諭すことを諦めた。

 万に一つの可能性をつかみに行きたいというのならば、好きにすればいい。灰になったらかき集めに行ってやろう。

 シヴァは友人が大事そうに抱える花束を指さし、ぼそりと言った。

「安心しろ。ミリアムは、百合、好きだぞ」
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