28 / 145
仮面舞踏会
3
しおりを挟む
――どうして、キスなんてしたんだろう。
怒ったクロードにキスをされてから、夢の中の遥香――リリーは、そればかりを考えていた。
クロードのことがよくわからなかった。
彼が何を考えているのか、まったく理解できない。
遥香は政略結婚の相手で、その遥香がパッとしない女だから気に入らないのかと思っていた。それで意地悪ばかりを言うのだと。それなのに、もともとの予定のアリスの方がいいのだろうと言うと彼は怒った。
よく、わからない。
アリスの方がいいに決まっているのだ。
好きな人がいると言うアリスには申し訳ないが、クロードがアリスを望むのなら、こっそり父王にそれを伝えてもよかったのに。
政略結婚なのに、今更ぐずぐず言ったから怒ったのだろうか。
でも、クロードも少し考えればわかるはずだ。政略結婚だからこそ、将来の王妃として不安しかない自分より、快活で社交性にたけているアリスの方が圧倒的に王妃として求められる能力を持っていることを。
その証拠に、クロードの意地悪は遥香に対してだけだ。
アリスと話しているところを見かけたことがあるが、彼はいつもにこやかに、紳士的に接していた。
遥香だから、彼は意地悪をするのだ。気に入らないから。
遥香はレースを編んでいた手を止めた。
ため息をついて窓の外を見る。窓外は、雨が降っていた。
雨が音を吸収するのか、雨の日の城は閑散としていて、とても静かに感じる。
まるで時間が止まったみたいだ。
小さな雨粒の音だけが、音楽のように聞こえてくる。
遥香は手元に視線を戻すと、レース編みを再開した。もうすぐアリスの誕生日だから、プレゼント用にドレスの上にでも羽織れるショールを作っていた。
アリスと仲良くないコレットが、侍女に適当に買ってこさせればいいと毒づいていたのを思い出して、小さく笑ってしまう。文句は言うくせに、一応と言いながらもプレゼントを用意するあたり、コレットの優しさを感じる。
そうしてクロードのキスの一件を忘れるため、黙々とレース編みに集中していた遥香は、侍女が来客を告げる声に顔を上げた。
「クロード王子がいらしています」
またか。
遥香は頭が痛くなった。
キス以来、遥香は気まずくて仕方がないというのに、クロードは何も思わないようで、相変わらず頻繁に部屋を訪れる。クロード王子にとって、キスは軽い行為なのかもしれない。悩んでいるのは遥香だけで、少しだけ悔しい。
遥香はレース針をおきかけたが、クロードの冷ややかな視線や顔、意地悪な言葉の雨を思い出して、心の中が今日の空模様のようにどんよりしていくのを感じた。
「……気分がすぐれないの。クロード王子に、ごめんなさいと伝えてくれる?」
侍女にそう告げると、本当に顔色を悪くしている遥香に、彼女たちは慌てたように頷いた。
「わかりました。姫様、レース編みはいつでもできますから、ご気分がすぐれないのなら横になっていてください!」
「ゆっくりしていれば大丈夫よ。それに、午後からお姉さまとお茶の約束があるから、寝てはいられないの」
「ご気分がすぐれないのでしたら、コレット様とのお約束も後日にしては……?」
「少し頭が痛いだけだから、しばらくしたら落ち着くと思うわ。ありがとう」
遥香の頭痛の原因がクロードにあることを知らない侍女たちは、訝しげな表情を浮かべながらも首肯して、クロードに断りを入れてくれる。
遥香はホッと息を吐きだすと、再びレース編みに集中した。
できるだけ、クロードに会いたくない。
彼がセザーヌ国に滞在している間、婚約者である遥香がクロードを無視できないのは知っていた。部屋に来た彼を追い返すのもよくないことだろう。
けれど、少しだけ時間がほしかった。
意地悪や先日のキス、そして、リリックが告げた、リリックが婚約者になっていたかもしれないという事実――短い間にいろいろなことがありすぎて、遥香の心の中はさざ波が立っているように落ち着かないのだ。
少しだけでいい、心を落ち着ける時間がほしかった。
(わたし……、こんな気持ちでクロード王子と結婚して、大丈夫なのかしら)
まだ、具体的な結婚の日取りまでは決まっていない。
けれども、婚約したからには、婚約破棄などよほどのことがない限り、次は結婚という儀式が待っている。
いっそ婚約破棄になってくれればどんなにかいいか……。
遥香は雨足の強くなってきた窓外を見やり、もう一度ため息をこぼしたのだった。
怒ったクロードにキスをされてから、夢の中の遥香――リリーは、そればかりを考えていた。
クロードのことがよくわからなかった。
彼が何を考えているのか、まったく理解できない。
遥香は政略結婚の相手で、その遥香がパッとしない女だから気に入らないのかと思っていた。それで意地悪ばかりを言うのだと。それなのに、もともとの予定のアリスの方がいいのだろうと言うと彼は怒った。
よく、わからない。
アリスの方がいいに決まっているのだ。
好きな人がいると言うアリスには申し訳ないが、クロードがアリスを望むのなら、こっそり父王にそれを伝えてもよかったのに。
政略結婚なのに、今更ぐずぐず言ったから怒ったのだろうか。
でも、クロードも少し考えればわかるはずだ。政略結婚だからこそ、将来の王妃として不安しかない自分より、快活で社交性にたけているアリスの方が圧倒的に王妃として求められる能力を持っていることを。
その証拠に、クロードの意地悪は遥香に対してだけだ。
アリスと話しているところを見かけたことがあるが、彼はいつもにこやかに、紳士的に接していた。
遥香だから、彼は意地悪をするのだ。気に入らないから。
遥香はレースを編んでいた手を止めた。
ため息をついて窓の外を見る。窓外は、雨が降っていた。
雨が音を吸収するのか、雨の日の城は閑散としていて、とても静かに感じる。
まるで時間が止まったみたいだ。
小さな雨粒の音だけが、音楽のように聞こえてくる。
遥香は手元に視線を戻すと、レース編みを再開した。もうすぐアリスの誕生日だから、プレゼント用にドレスの上にでも羽織れるショールを作っていた。
アリスと仲良くないコレットが、侍女に適当に買ってこさせればいいと毒づいていたのを思い出して、小さく笑ってしまう。文句は言うくせに、一応と言いながらもプレゼントを用意するあたり、コレットの優しさを感じる。
そうしてクロードのキスの一件を忘れるため、黙々とレース編みに集中していた遥香は、侍女が来客を告げる声に顔を上げた。
「クロード王子がいらしています」
またか。
遥香は頭が痛くなった。
キス以来、遥香は気まずくて仕方がないというのに、クロードは何も思わないようで、相変わらず頻繁に部屋を訪れる。クロード王子にとって、キスは軽い行為なのかもしれない。悩んでいるのは遥香だけで、少しだけ悔しい。
遥香はレース針をおきかけたが、クロードの冷ややかな視線や顔、意地悪な言葉の雨を思い出して、心の中が今日の空模様のようにどんよりしていくのを感じた。
「……気分がすぐれないの。クロード王子に、ごめんなさいと伝えてくれる?」
侍女にそう告げると、本当に顔色を悪くしている遥香に、彼女たちは慌てたように頷いた。
「わかりました。姫様、レース編みはいつでもできますから、ご気分がすぐれないのなら横になっていてください!」
「ゆっくりしていれば大丈夫よ。それに、午後からお姉さまとお茶の約束があるから、寝てはいられないの」
「ご気分がすぐれないのでしたら、コレット様とのお約束も後日にしては……?」
「少し頭が痛いだけだから、しばらくしたら落ち着くと思うわ。ありがとう」
遥香の頭痛の原因がクロードにあることを知らない侍女たちは、訝しげな表情を浮かべながらも首肯して、クロードに断りを入れてくれる。
遥香はホッと息を吐きだすと、再びレース編みに集中した。
できるだけ、クロードに会いたくない。
彼がセザーヌ国に滞在している間、婚約者である遥香がクロードを無視できないのは知っていた。部屋に来た彼を追い返すのもよくないことだろう。
けれど、少しだけ時間がほしかった。
意地悪や先日のキス、そして、リリックが告げた、リリックが婚約者になっていたかもしれないという事実――短い間にいろいろなことがありすぎて、遥香の心の中はさざ波が立っているように落ち着かないのだ。
少しだけでいい、心を落ち着ける時間がほしかった。
(わたし……、こんな気持ちでクロード王子と結婚して、大丈夫なのかしら)
まだ、具体的な結婚の日取りまでは決まっていない。
けれども、婚約したからには、婚約破棄などよほどのことがない限り、次は結婚という儀式が待っている。
いっそ婚約破棄になってくれればどんなにかいいか……。
遥香は雨足の強くなってきた窓外を見やり、もう一度ため息をこぼしたのだった。
27
あなたにおすすめの小説
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる