君の隣にいたかった

いとい・ひだまり

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君の隣にいたかった

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 このまま雪が降り続ければ、明日は十センチくらい積もっているかもしれない。
 今宵はクリスマス。街道は人々で賑わい、ネオンに照らされた雪が蛍光色を反射して綺麗に輝いている。
「ダーリン、愛してる」
「俺もだよ、ハニー」
 通りすがったカップルの会話。
 ……ああ、僕も彼とそんな関係になりたかった。



 初めて会ったのは、高校生のとき。クリスマスケーキを買いに行ったときだ。その数年後、たまたま大学が一緒になって、僕は彼と友人になった。子どもっぽくて、よく笑って、元気で、変なとこで真面目で。そんな彼を好きになった。卒業して別れてからは三年間ずっと会っていなかった。だけどついこの間、地元に帰ってきたという彼に会った。
 「久しぶり」って話しかけてきたのは向こう。僕ならきっと話しかけなかった。『あの時』の終わりを忘れて、もがくようなことはしたくなかったから。

 彼は変わっていなかった。明るくて、太陽みたいな笑顔で。だけど、一つ違った。
 左手の薬指。
「結婚したんだ」
 彼は言った。大学時代の彼女と結ばれたんだと。
「おめでとう」
 と言った。けど、光る指輪と笑顔は眩しくて、僕には痛かった。


 今宵も、彼はあの子と過ごしてるんだろう。

 あの年、あの日、僕があそこに行かなかったら、僕があの言葉を言わなかったら。そしたら……いやもっと言うと、彼が彼女を見つけなければ。そうすれば、僕は夢を見ていられただろうか。



 ――雪が降り始めた十九時頃。野晒しの路上でその年も彼は震えながらケーキを売っていた。

 恋人、家族……買う人はちらほらいるようで、売り上げはまあまあといったところ。
 腕をさすり足踏みする彼。彼がそのバイトをする最後の年となったその年も、僕は例年通りケーキを買いに来ていた。

「クリスマスもバイトとか、お疲れ様」
「あ、来てくれたのか!」
 僕を見つけた彼は嬉しそうに手招いた。
「ケーキ買わね?」
「こうなると思って、今年も家族には当日僕が買ってくるって言っておいたよ」
 懐から財布を出してお会計をする。
「なんだよそれ。今年も俺が彼女ナシだと思ってたってわけ?」
「そう」
 彼が高校の時に始めたこのバイトは「恋人いねぇし、どうせならバイトでもすっかぁ」が動機だったらしい。続いているということはつまり、そういうことだ。
「来年は違うから!」
「去年もそう言ってたけど。もしかすると一生独り身だったりしてね」
 揶揄うが、それは僕の願望でもあった。いやできることなら、僕と恋人になってくれやしないかと思っていた。もし彼がわざと恋人を作らずにいるのならと期待していたのだ。
「いーや? 来年こそ絶対可愛い彼女ゲットしてやるんだからな。大体、そう言うお前だってクリぼっちじゃん」
「僕は君がいるからぼっちじゃない。毎年同じ場所と時間に会ってる特別な仲だし」
「うわやめろよ気持ち悪い。ていうか、それなら俺もぼっちじゃねーじゃん」
 ブーッと文句を言う彼が愛しかった。

 ――流されていたのだ、きっと。
 クリスマス。子ども達にとってはプレゼントが貰える嬉しい日、恋人達にとっては好きな人とデートしてプレゼントを贈り合う甘い日。広場はイルミネーションで飾り付けられ、白い雪が舞えば一層幻想的で美しい光景になる。
 そんな、特別な日の空気に。
「愛してる」
 口が滑った。
「……え?」
 言うつもりのなかった言葉。
 何を言ったのか一瞬自分でも理解できなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。
 僕の放った言葉に、聞き間違いなのか、おふざけなのかと彼は困惑していた。心臓がキュッと締め付けられる。嫌な汗が滲み出て、僕は拳を握りしめた。いつもは嬉しい筈の彼の視線が、その時だけは痛かった。

 沈黙。
 何十秒も経ったように思えた。それでもどうにか嘘にできないかと
「……って、言える人って格好いいよな」
 僕は笑って誤魔化した。
 彼が真意に気付いたか気付いていないかは分からない。でも、綺麗なホワイトクリスマスは一瞬で白黒の冷たい世界に変わってしまった。
「なんだよ、いきなり変なこと言うなよな」
 安心したように笑う彼。冷たい現実が突きつけられる。
「ごめん。昨日クリスマスの恋愛もの見て、なんか思い出しちゃって」
 嘘。
「なんだよそれ、焦ったんだけど。言っとくけど俺は男とかごめんだぜ? お前が恋人とか絶対ヤダ」
「ははは、分かってるよ。それはこっちもそうだし」
 真っ赤な嘘。
 君の恋人になれるならと、ずっと思ってきた。毎日、毎日君のことを想ってきた。なのに……。

 駄目なんだ。

 分かってしまった。僕は彼の恋人にはなれない。こんなことなら、告白して玉砕した方が……いや、それだってきっと同じことだった。あぁ、こんな夢の覚め方なんてな。
 これ以上彼の前で笑っていられる気がしなかった。
「まあ、バイト頑張って」
「ああ、またなー」
 笑って手を振る彼。
 背を向けた僕は帰り道、ずっと涙を堪えていた。



 ――あの日から、僕は彼に会う度辛かった。
 あれは正式な告白じゃなかった。でも「愛してる」を言ってしまったことに変わりはなくて、あの瞬間は世界から音がなくなってしまったかと思った。
 でも、彼に恋人ができてからも相変わらず目で追った。好きだった。ずっと。卒業しても、会わなくなっても。
 ずっと彼が忘れられなくて、名残惜しくて、その面影を探すみたいに、毎年僕はここに来る。
 寒空の下、野晒しのケーキ売り場。
 今年もまた、あの年と同じクリスマスケーキだ。

「これください」
「お買い上げありがとうございま~す」
「どうも」
 店員さんからケーキを受け取る。
 同じ見た目、同じ値段。きっと今年も同じ味だ。味がしなかったあの日を除いて、変わったことは何一つない。
 彼との関係だって、本当は何一つ変わっていない筈だ。僕が勝手に失恋しただけで、彼にとって僕は友達の一人でしかなくて、運命なんかじゃなかった。
 分かってる。
 でも僕にとっては……。


 あぁ、あの時愛してるを言わなければ。そうしたら甘い夢が見れたかもしれない。
 ちゃんと告白していて、意識してもらえるように努力していれば恋人になれていたかもしれない。
 僕が男ではなく女なら、恋人になれていたかもしれない。……そんな、夢ばっかりだ。

 「おめでとう」と言ったのに。そう思っているのに。

 幸せそうな彼の顔が嬉しかった。でもやっぱり、好きだった。

 「おはよう」も「またね」も「ありがとう」も「ごめんね」も「おめでとう」も、沢山言葉を重ねた。交わした。でも、ただ一度だけ。「愛してる」だけが特別に、どこかへ消えてしまって。
 ずっと、思い出しては引きずっている。
 終いには、『来世なら』なんて。

 大きく、白い息が溢れる。
「情けないなぁ……っ僕」
 滲む視界と言葉。
 あの日我慢したツケが回ってきたみたいに、止まらなかった。

 落ちる涙が新雪を沈める。
 家に帰るまでには、泣き止まなければ……。



      *



読んでくださりありがとうございます(*꒡ ꒡ )
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