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しおりを挟む魔族大陸《ローカストス》からの侵攻に備えてか、最近のグロムは何処となく不穏な空気が漂っている。
一般市民に対して避難を呼び掛ける話も出ているが、誰も彼もがすぐに家を空けられる訳ではない。高台付近に住む貴族やらは内陸部に一時的に住処を移しているみたいだけれど、グロムに根ざした職を持つ人間は、大半が残るつもりのようだ。
平民である彼らにはいざという時の避難場所が無い――というのとは別に、単純に大半が職人であり、また職人を目指してやってくる者が多いグロムの住人としては、自分たちが育てに育て上げた街が壊される様を黙ってみている訳にはいかないのだろう。
勇者ヨゼフに対する信頼は厚いが、だからといって全てを彼一人に任せるつもりはない。魔王討伐という大役を成し遂げたヨゼフを、今度は皆で支えよう、という訳だ。
本当に、人族大陸《ミュステン》の人間は良い奴らばかりである。
さて、そういう訳で七賢人がひとり、大魔法使いのヘレナを中心に、建築職人のおっちゃん達が街に張る防御壁の相談を始めた。各地区の代表者がそれぞれ五人、ヘレナを囲んで話し合う様がここ数日様々な場所で目撃されている。
女性にしても小柄で、ホワイトピンクのふわふわの髪を揺らすヘレナが筋骨隆々の職人さん達に囲まれて歩いているのは、なんというか、ちょっと――いや、ちょっと処では無く目を惹く。
「姐さん、俺らとしてはどうしてもこの中央広場だけは守りてえんすが、海辺から直線上な分、攻め入る時には被害に遭いやすいっすよね」
「確かに、そのような状況に陥る恐れはあります。出来る限りヨゼフ様と私達で食い止めるつもりですが……」
「あ、あー、いや、姐さん達の力を信じてないって訳じゃなくってですね」
「オレらが言いてえのは、もし攻め込まれちまった時にどうしても此処は守りてえな~って話なだけで」
「ええ、勿論分かっています。先生方はきちんと私達を信頼してくれています、その上で万全を期しておきたいということですよね」
「姐さん、その先生ってのはやめてもらえっと助かりやす……照れ臭いんで……」
見た目は深窓の令嬢かと言わんばかりの華奢な美少女であるヘレナだが、筋骨隆々の職人型に囲まれても少しも物怖じしていない辺り、やはり勇者一行といったところだろうか。
より効率的な防御壁の構築のため、地形を確かめるように街を歩き続けているヘレナとおっちゃん達を横目に、俺は中央広場の像の上でだらりと身体を伸ばす。
魔族軍は既に一次防衛ラインを越えてきているらしい。伝声鴉から報告を受けて一週間でよく此処まで準備が整ったものだ。
これまでの歴史を見れば、魔王を倒せば大抵魔族は散り散りになり、再び力を持つ者が現れるのを待って集結するのだが、今回はどうもイレギュラーが起こっているらしい。
十中八九俺のせいであり、迷惑をかけてしまって非常に申し訳ないのだが、流石に一介の猫である俺にはそれらしい手伝いは出来そうに無い。
治癒魔法が必要な場合にこっそり手助けするとか、そういうことなら惜しみなく手を貸すんだが。今のところ、出来るのは町中で鬱屈としている様子の住民の側に行って精神に癒やしの魔法をかけるくらいのことだ。
俺がこの、危機的状況といえる事態でも呑気に昼寝をしているのには、一応だが理由がある。
――――今から三日前、モニカさんが俺の前に現れた。
『転生の丘』で俺の担当をしてくれた神殿の女官さんだ。神殿で見た姿と同じだったから一目で分かった。
「こんばんは、アレルスマイアー様。お久しぶりですね、今世は如何お過ごしですか」
にっこり笑ったモニカさんは、グロムの民と何ら変わりない服装をして、すっかり街に溶け込んでいた。
夜の路地裏を探索していたところに声を掛けられ、それがあのモニカさんだったという衝撃で固まっていた俺は、小首を傾げる彼女の笑みにはっと我に返った。目線を合わせるように屈み込んでくれる彼女を見上げながら、驚きの声を上げる。
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