いつの間にかそこは肉屋でした

松本カナエ

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1.  「ここはどこですか?」「ここは肉屋です」

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 俺は27歳にもなって、帰り道駅までの道のりを白線だけを辿って帰ろうとしていた。

 何となく、そうしたくなった。
 子どもみたいに、何も考えずに。

 スーツにリュック。リュックの中にはパソコンと少しの資料、昼に残したパン、それからスマホのモバイルバッテリー。
 子どもの頃みたいにガチャガチャとランドセルに全部詰め込んだりはしていないが、パソコンは軽量とはいえ重い。バランスを取りながら白線の上を歩く。
 たまに人が向かい側から来ると止まって、白線の上をしれっとキープしつつ、慎重に進む。
 アホみたいだが、何となく夢中になって白線の上を歩いていたら、トンッと肩に何かがぶつかった。
 あっと思う間もなく、俺は白線から逸れたはずが、白線を踏み外すと奈落の底に落ちるみたいな感覚で暗闇をどこまでも落ちていった。



 何で、何が起こった?
 落ちてる、どこに、何で?



 気がつくと、俺はベッドに寝ていた。
 めまいかなんかで倒れて救急搬送されたのかなと思ったものの、病院にいる感じではなく、木造の素朴な建物の中にいる。
 ゆっくり起き上がってみると、俺は丸裸だった。
 かけられていた毛布を身体に巻きつけて立ち上がる。
 ドアがある。
 ドアを思いきって開けると、ショーケースに肉が並んでいる。店員側だ。ここは肉屋か。

「ちょっ……!! そんなカッコで出てきちゃダメだよ!」

 エプロンをしたお兄さんが目を丸くしてこちらを見ていた。手には恐ろしいくらいでかい包丁が握られていて、どこかの殺人鬼かなと思うくらいインパクトがあった。そのでかい包丁を持つ腕の筋肉はすごい。頭には帽子をかぶっているけど、帽子を含めなくても身長がめちゃめちゃ高い。目の色はキレイなエメラルドグリーンで、明らかに日本人じゃない。

「あ、日本語、お上手ですね……」

 俺は思わずお兄さんの日本語を褒めた。聞き取った感じ全然違和感ない。
 俺はスッとドアを閉めた。肉屋に毛布一枚とか正気の沙汰じゃない。
 ここは外国の人がやっている肉屋さんか。
 俺の服はどこだろう。とにかく服と鞄もらって、お礼言って帰りたい。
 俺はどうにも手持ち無沙汰で、ベッドに腰かけた。
 店が一段落したのか、ドアが開いてお兄さんが顔をのぞかせた。

「大丈夫? 1週間くらい気を失ってたんだよ? 野盗かなんかに襲われたの? 丸裸で荷物もなく森に倒れてたから、びっくりしたよ」

 お兄さんの言葉の中に、よくわからない単語があって、俺は戸惑う。

「やとう?? ……森に倒れてた……?? 道じゃなくて?」

 お兄さんが目を細めて、可哀想にと言外ににじませた表情で俺を見る。

「思い出せない? ここは、王都の外れの肉屋だよ?」

「おうと……??」

 ここに来て、急にお兄さんが日本語に聞こえるのに日本語じゃない言葉で話し始めたかのように、全く意味がわからなかった。お兄さんは実は日本語上手じゃなかった。

「俺はバル、肉屋のバルだ」

 ようやく、お兄さんの自己紹介だけはわかった。

「バルさん?」

 呼ぶとお兄さんはにっこり笑った。爽やかだ。たまに筋肉番付番組に出る元体操のお兄さんみたいな爽やかさだ。

「あの、バルさん、服がなくて……」

 俺は毛布に丸まったまま、バルさんに言う。丸裸で倒れてたということは、服も鞄も盗られたということだろうか。

「あ、ごめんごめん。これ、俺のだから大きいかも知れないけど」

 用意していてくれたのか、バルさんに一式渡される。

「着替えている間向こうに行ってるね」

 気を利かせて席を外してくれたので、急いで着替えようとしたが、どこかの民族衣装なんだろうか、全然着方がわからない。パンツとシャツはかろうじて着られたが、その先が、どこから足を入れるのか上から着るのかもわからない。
 一枚の布が複雑に縫われていて色んな方向に布がぴょんぴょん出てる。結び紐みたいなものもついているが、どことどこを結ぶのか全くわからない。
 どうしよう、とオロオロして、席を外してくれていたバルさんに助けを求める。

「バルさん、これ着かたがわからなくて……」

「そっか、自分で着られないの??」

 バルさんは途端に子どもを見るような優しい目をした。服も着られないやつだと思われたようだ。こんな服着かたわからなくても仕方ないじゃないか。民族間の紛争に発展しそうだから言わないけど。

「すみません……」

 バルさんは手早く「ここに足を入れて」などと言いながら、俺に着付けはじめると、ふとつぶやいた。

「着かたがわからないって、よっぽどのお坊ちゃんなんだなぁ」

 俺はその聞き捨てならない言葉に反応した。着られないのは着たことないよくわからない服だからなだけなのに。

「お坊ちゃん??」

「もしかしたら貴族のお坊ちゃんなんじゃないかなぁ……誘拐されて、森に捨てられてたみたいな……」

 可能性らしきものを並べたバルさんは、俺の表情に途中で口を閉じた。

「あ、ごめん……」

 多分バルさんは俺がショックを受けてると思っていると思うのだが、バルさんが言ったことが全く理解できなかっただけだった。

「きぞく……って」

 焼き鳥いっぱい食べた記憶しかない。そうじゃない。

「あー、やっぱり記憶が……」

 お兄さんは俺が記憶を失くしてわけがわからなくなっていると思ったらしい。だが、俺は耳慣れない言葉に反応しているだけだ。

「俺、帰りますね。無一文なんで、少しだけお金を貸してもらえないでしょうか? 必ず返しに来ます」

 俺が言うと、お兄さんは「そんな、野盗に襲われた子にお金を返せなんて言えないよ」とか言いながら、小銭を握らせて来た。ちょっと待て、俺はいくつだと思われているんだ。お駄賃では帰れないんですけど。
 手を開くと、金色のコインが3枚。
 見たことがない。変な顔と蔓草と鳥の彫られたコイン。

「何これ?」

 俺がコインを見て困った顔をすると、バルさんはますます不安そうな顔を見せた。

「えっ? お金も忘れちゃってる状態でどこに帰るの? 大丈夫?」

 いや、日本円じゃなかったから驚いただけです。日本円扱ってないのこのお店。大丈夫はこっちのセリフですが。

「このコインにどれくらいの価値があるかはわかりませんが、あの、これでは帰れないかと……」

 民族間の紛争にならないように慎重にコメントする。
 バルさんは、難しい顔をした。

「これで庶民は3ヶ月くらい暮らせるんだけど……」

 庶民は、3ヶ月くらい、暮らせる……庶民って。

 もう、俺はキャパオーバーだった。明らかにおかしい。話が通じてるようで全く通じてなかった。
 俺が黙ったのでバルさんは、慌てたように俺の肩に手を置いた。

「記憶が戻るまで、ここに住んだら?」

 俺は、記憶喪失の振りをするしかなかった。



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