いつの間にかそこは肉屋でした

松本カナエ

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7. 「バルさん」「いきなり愛称で呼ぶな」

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 王様がにこやかに俺への歓待の言葉を述べている間、俺はその隣にいるバルさんにめちゃめちゃそっくりな人から視線を外せなかった。
 多分王様の隣にいるし、さっきの第二王子とも似てるから、多分兄弟なんだろうな、とは思うけど、そうしたら、肉屋のバルさんってなんなの? 遠山の金さんみたいな感じなの?

「……わしの隣にいるのが、世継ぎのバルドゥールだ。バルドゥールにはそなたと婚姻関係を結んでもらい、そなたに子を成してもらい、この国を幸せに導いてほしいのだ」

 ちょっと情報量多くないですかね。

 俺は、まず、バルドゥールという名前に「え」となった。つい最近、グリフォンが言っていた名前ではないか。
 世継ぎというのは、次の王様ということなのかな。婚姻関係というのは結婚ですかね。
 子を成すというのは、無理じゃないか。

「あの、恐れながら申し上げますが」

 俺は、何かのゲームのキャラクターが王様に何か苦言を言う時に出だしに言っていた定型文みたいなやつをとりあえず口にした。

「何だね」

「俺……私は、男なので、子は産めないのですが……」

 あ、何か言っちゃいけない空気になった。
 その辺に並んでいる人たちが顔を見合わせている。ごめんごめん、今のなしで、ってわけにはいかないか。

「どうやらこちらに呼ばれる際に、そういう仕組みになるそうなのです」

 何か全身白い服のおじさんが恐る恐るという感じで俺に言う。
 そういう仕組みって!!
 ざっくりだけど、何だそれ。
 そういう仕組みって……!!
 こっちに来てから自慰とかしてないから、男性機能があるかどうかは知らんけど、なくなってないと思いたい。トイレは行ったりしてたし、俺の身体は正常な男です。だよね。

「こちらに来る際、白い道を歩かれたと思うのですが」

 え、あれがそんな重要な儀式っぽい言われ方をするなんて。
 年甲斐もなく白線の上を歩いていたことが、そんな意味のあるものだったなんて。

「あ、でも俺……」

 途中で何か押されて、白線からそれたんだ。

「白い道を歩き切ると、こちらに全て順応するはずなのです」

 俺は、息を飲んだ。
 歩き切っていない俺は、こちらに順応していないのか。それは、何か問題があるかも知れない。
 黙ってしまった俺を前に、王様たちはなぜか、「じゃああとは若い者に任せて」などと言いながらバルさんと俺を残して、去って行った。

「どうしよう、バルさん!!」

 俺はバルさんのところから勝手に飛び出たはずなのに、バルさんにそう声をかけてしまった。俺も随分勝手だなとは思ったけど、バルさんからは凄く冷たい視線を向けられた。

「いきなり愛称で呼ぶな。気持ち悪い」

 え??
 バルさん??

「俺だって迷惑している。いきなりお前を娶れと言われても、男同士で子を作る方法など俺も知らない。あいつらは大丈夫だの一点張り。本当に嫌になる」

 バルさん??
 何か凄い俺のこと嫌がってるじゃん。
 てっきり勝手に肉屋を出ていったから怒ってると思ってたけど、そうじゃなくて、俺とくっつけられそうで怒ってるのか。
 だから俺が行かないように荷物を隠して肉屋を装ってまで引き留めようとしていたのか。だったら申し訳なかった。

「ごめんなさい。まさか、王子様とは思わず……」

 俺はバルさんにめちゃくちゃ謝った。ただの肉屋さんだと思っていたんだよ、本当に。
 不機嫌そうな顔を隠さずに、バルさんは俺を見返した。ずっと優しい笑顔ばっかり見ていたから新鮮だなと見返していると、バルさんはちょっと目をそらした。

「何だと思ったと言うのだ」

 バルさんが問う。あの状況で肉屋以外だと思うわけない。

「あ、や、ただの肉屋かと」

「は? 俺が肉屋だと??」

 なぜか聞き返される。
 肉屋以外に見えるはずはないと思うのだけれど、めちゃめちゃキレている。何なら、こめかみの血管の音が聞こえそうだった。怖い。
 バルさんを怖いと思ったのは初めてじゃないけど、こんなに負の感情を表に出しているのは珍しい気がする。

「ごめんなさい……何とお呼びすればよろしいでしょうか」

 王子様だし、敬語大事。
 俺がへりくだった態度を取ると、バルさんは、満足したのか、「バルドゥール王太子殿下と呼べ」と言った。長過ぎる。

「じゃあ、俺のことはじゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところ……」

 俺が寿限無を暗唱し始めると、バルドゥール王太子殿下は引きつった顔になった。

「俺の正式名称長いですけど呼べますよね!」

 俺はニコッと笑って言った。

「……バルでいい。バル殿下、と呼べ」

 渋々という感じでバル殿下はそう言ったので、俺は頷いた。

「じゃあ、俺はモリトでいいですよ!」


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