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16. 「目をつぶっちゃダメだ」※

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 バルさんが、いた。
 しかも庭園の中に入り込んでいた。
 黒尽くめのめちゃめちゃ怪しげな格好で。
 黒装束で、顔も見えなかったけど、声も、頭に乗った手の重みもバルさんだった。
 まあ、堂々と入ってきててもバル殿下本人と会いさえしなければ怪しまれないと思うけど、そういうわけにもいかないんだろうな。
 バルさんは、ドルが髪に飾った花を持って行った。その時に触れた耳元に俺はそっと触れた。

 そういえば、額に触れたのはバルさんの唇だった?
もしかして俺はバルさんに額にキスされたのか?

 多分こちらの世界ではそんなのはただの挨拶なんだろう。日本生まれの日本育ちの俺は初めての体験だったけど。
 俺はバルさんが撫でてくれた自分の頭に触れる。
 額、耳元、頬……そして、俺は気づいた。
 あんなに怖かったのに、俺の下半身は今、昂ぶっていた。
 信じられない。
 被虐趣味でもあるのか、俺。
 ベッドの中で俺はモゾモゾと身をよじった。
 こんな時に、男としての尊厳を確認するなんて、馬鹿らしいと思いつつ、俺は服の中に手を入れた。

「ふっ……うっ……」

 そっと俺は半勃ちになったモノをしごき始めた。
 触り始めたらもう止まらなかった。
 俺は、一心不乱に手を上下していた。

「うっ……くぅ……」

 スマホの動画もいらなかった。バルさんの手を想像していた。どんな風に触るんだろう。
 いや、頭の片隅では「何でそんなこと考えてるんだろう? 俺はバルさんのことをどうしたいわけ?」と思ってはいたけれど、せき止めることができなかった。
 終わりが近づいてきて、俺は「ティッシュとかないじゃん」と我に返ったのだが、その瞬間ふとバルさんの手が頬を撫でた感覚を思い出して、俺は果てた。

「あっ……」

 俺は、何を考えていたんだ。イッてしまった気だるさから、ぐったりしつつも、俺は自分の愚かさを思い知った。
 俺はきっとバルさんのことが好きなのだ。
 馬鹿みたいに下着を濡らしたまま、俺は布団にもぐった。
 服も汚してしまい、着替えないとダメだなと思いながら、ベッドから出るのを後回しにしていたら、ふわふわの掛ふとんの外から声がかかった。

「怪我などしていないか?」

 バル殿下だった。だから何で皆部屋に勝手に入ってくるんだよ。お母さんか。心の中で悲鳴を上げながら、俺は、バル殿下の鼻が詰まっていてにおいとか気づきませんようにと祈りながら、顔だけ出した。

「大丈夫……心配しなくていいから、ちょっと一人にして欲しい……」

 俺が望みを言うと、バル殿下の眉がきゅっと寄った。そして、俺の前髪を撫でる。

「潜り過ぎなのではないか? 汗をかいている」

 俺の額の汗を拭ってくれようとしたバル殿下の手を、俺はつい払ってしまった。

「ご……ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて……」

 多分無意識だった。バルさんに触れられた部分にバル殿下が触れるのを避けてしまった。
 本当に、今は下着も濡れて大変なことになっているから、そのままどこかに行ってほしい。

「怖かっただろう。サキドゥールがすまなかった」

 バル殿下は、俺が触れられたくないと思ったのを、刺されそうになったせいだと思ったようで、今度は痛ましいとでも言うように眉をひそめた。同じように動く眉だけでも、何となくバル殿下のお気持ちがわかってしまう。
 バル殿下はいい人だな、と思って、俺はドルに対してもそう思っていたことを思い出した。
 俺は、きゅっと目をつぶった。
 途端に、「目をつぶっちゃダメだ」と言ったバルさんのことを思い出す。
 慌てて目を開けると、思ったよりもバル殿下の顔が近くにあって驚く。まつ毛が触れ合うかと思うほどの距離で、俺は驚く。

「……具合が悪くなったのかと」

 バル殿下はのぞき込むように近づけていた顔を離した。バル殿下の顔がほんのりピンクに染まっていて、俺はバル殿下の方が調子が悪いのではないかと心配になる。

「バル殿下が具合悪いのでは……」

バル殿下は顔を腕でゴシゴシとこすると、「俺は大丈夫だ」と言ってよろよろとベッドからも離れた。

「食事を持ってきたのだが、ここに置いておく」

 そう言って、バル殿下はその後にこちらを見ることなく去って行った。
 俺に与えられた部屋とはいえ、城の一部だから仕方ないとは思うが、出たり入ったり、本当にいい加減にしてほしい。

 俺は、一人になると急いで下着と服を着替えた。そして、この下着と服を後で風呂で洗おうとリュックの中に入れていたコンビニのビニール袋に入れた。

 俺はバル殿下がテーブルに置いて行った食事を見た。
 見事に二人分あるのだが、バル殿下は一緒に食べるつもりだったのではないのだろうか。
 とりあえず、俺は自分の分を食べ始め、食べ終わってしまったがバル殿下は戻って来なかった。

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