アカンよ! 五月先生

北条丈太郎

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女教師と男子生徒

五月先生! 秘密の鉄拳!

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気がつくと、前田は見知らぬ部屋にいた。
白い天井が見えた。周囲は白い布で囲われているようだ。
ぼうっとした頭が次第に意識を取り戻し始めた。
自分の身体はベッドに横たわっていた。
(なんだ、なんで俺は……こんなとこで寝てんだ……?)
前田が起き上がろうとすると、巨体の重みでベッドが軋んだ。
(……ッ痛!)
前田は腹部に妙な痛みを感じて思わず呻いた。
「あら? 前田君、起きたの?」
白いカーテンがめくられ、年配の白衣の女性が顔を覗かせた。
「えっと? 俺は? ここは?」
「保健室よ」
「保健室? あれ? 俺は体育倉庫で……」
「思い出したみたいね」
前田は思わず自分の頬をつねってみた。
「いやあ、それがよく思い出せなくて……」
前田はゆっくりと深呼吸してみた。
「いてっ……腹が、腹が痛え」
「大丈夫?」
ベテランの保健医が前田の額の汗をぬぐった。
「あなた、体育倉庫で気を失っていたのよ」
「……」
「あんなところで一人で何をしてたの?」
「……?」
前田の記憶が少しずつ戻り始めた。
「え? 俺、一人だったっけ?」
「そうよ、体育マットの上に倒れこんでいたのよ」
(……? ち、違うぞ。俺は確か)
そのとき、保健室の扉が開き、一人の女性が入ってきた。
「前田君、大丈夫なの?」
小柄な五月が優しげに微笑み、前田の頭を撫でた。
「……っう、腹が、腹がちょっと痛くて」
「あら? 下痢でもしているのかしら」
痛みで再び横たわった前田の大きな腹を、五月はさすった。
「ちょっと見せてごらん」
五月はおもむろに前田のシャツをめくり、腹部の状態を確認した。
「あ、あ、先生、その辺で……」
前田は自分の目で腹部を確認し、ぎょっとした。
「う、うわ、なんだ?」
前田の腹部のみぞおちの辺りが青紫色に変化していた。
「あら? 内出血かしら?」
保健医がつぶやいた。
「い、い、痛え!」
保健医にみぞおちを触られ、前田は大声を出した。
「見た目はひどいけど、この程度ならほっといて大丈夫よ」
「……っう、う、ううう!」
急に前田は腹部を押さえ、苦しみ始めた。
「うぐ、うぐおお、ぼえ、ボエエエエ!」
妙なうなり声が保健室に響いた。
「先生、洗面器を!」
異変を察知した五月が慌てて保健医に指示した。
差し出された洗面器に向かって、前田は勢いよく嘔吐した。
職員室。
「……最初に前田君を発見したのは三沢先生で間違いありませんな?」
「はい、生徒から報告を受けて駆けつけました」
教頭と柔道部顧問の小川に聞かれて、五月は答えた。
「しかし、なんだってまあ、あんなところに一人で……」
「それは私にはわかりません」
教頭と小川は顔を見合わせた。
「まあ、大事に至らなくてよかったということにしておこう」
そのとき、五月の肘が軽く引っ張られた。
「三沢先生、ちょっと……」
同僚の井川麻彩が意味ありげに目配せした。
放課後の学食は生徒の数もまばらだった。
その片隅の席で、五月と麻彩が小声で話をしていた。
「五月、あんた、またやったでしょう」
井川麻彩(26歳独身)は、切れ長の瞳で五月を見つめた。
「まあ、生徒指導の一環といったところね」
「前田君、入院ですって。まずいわよ、あんた」
「自業自得よ。いい気味だわ」
「やっぱりやったのね、下手すれば暴力事件よ、これ」
「どうして? 前田君が体育倉庫で滑って転んで入院しただけでしょう」
「前田君がね、病室でひたすら五月への謝罪の言葉を繰り返してたらしいわ」
「へえ。謝られる覚えもないけど」
五月は澄ました顔でお茶を一口飲んだ。
「一部の生徒がね、五月と前田君が生徒指導室から出てくるところを見たって」
「人違いね。学年が違うもの」
「それとね、阿部君が……」
「熱っ……」
ついこぼしてしまったお茶を、五月はハンカチで拭いた。
「阿部君、阿部真之介君がどうかしたの?」
明らかに動揺した五月は声が上ずっている。
「五月と話がしたいって」
「え? ええ? 今?」
二年十二組の教室で待ってるそうよ」
五月は勢いよく立ち上がり、瞬時に姿を消した。
(あ~あ、五月の病気が始まったわ。阿部君も大変ね)
麻彩はため息をついて窓の外の夕焼けを見つめた。
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