傲慢な人

村さめ

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 父親が事業に失敗して借金を負った。僕は決まっていた大学進学をやめ、就職して家計を助けることにした。

 両親も頑張ってはいるが、彼らの稼ぎと僕の微々たる給料では、借金完済はおろか妹の高校進学すら危ぶまれる。思い余った僕は、少しヤバめな金策に手を出した。

 何かというと、まあ要するにパパ活だ。財力のある男性とデートして、見返りに金銭を受け取る。

 男同士、それも僕みたいな貧相な男とデートしたいという奇特な男性が、不思議なことに世の中には結構いたのだ。何度か危ない目にあいかけたが、最近では条件のいいパパを何人か確保することが出来ている。

 ある日僕は、そんなパパの一人である田中さんと夜景の綺麗なバーでデートしていた。

 田中さんは温厚な紳士のはずだったが、店はホテルの最上階に位置しているし、やたらと酒を勧めてくる。

 もしやこのあとホテルの部屋にもつれ込もうという算段なのだろうか。もしそうだとしたら何としても躱さなければと内心ひやひやした。

 そんな時、背後から突然乱暴に腕を掴まれた。

「痛っ……なに?」

 反射的に振り返り、視界に映った顔には既視感がある。

 ほんの数ヵ月前までは、ほとんど毎日のように見ていた顔。

 通っていた高校のカースト最上位。僕みたいな地味な生徒は会話する機会なんてほとんどなかった。イケメンで成績優秀で運動神経も抜群。おまけに資産家の御曹司。

 すごいなかっこいいなと憧れていた雲の上の男。

「安曇……」

「やはり、西岡か」

 安曇が僕の苗字を口にした。意外だ。僕なんかの存在を認知されていたのか。

 嬉しいような面映ゆいような、不思議な感情が芽生える。ふわふわと浸りかけ、不意に現実を思い出す。今はパパとのデート中。こんな姿をあの安曇に見られた。

 酒による酩酊感は一瞬で消え失せ、血の気が引いていく。

「ちょっと来い」

 安曇は僕の腕を掴んだまま店の外へと歩き出した。引きずられていく僕を、田中さんがぽかんとした顔で見送っていた。

 安曇は広い歩幅でずんずん進む。正直ついて行くのもやっとだ。「何なの」「離して」と声を上げたが答えてもくれない。

 店を出て人気のない方へ進み、非常階段の分厚い扉を押し開ける。扉を閉じてしまえば、二人きり。

「あの男、何?」

 やっと喋ってくれたかと思えば痛いところを突かれ、僕は狼狽えた。

「あ、彼は……親戚の人で……」

「親戚? これが?」

 突きつけられたスマホの画面。流れる動画はさっきまでいた店の様子。寄り添って笑い合い、こっそりと軽いキスを交わす僕と田中さん。

 それは紛れもない、僕の後ろめたい行為の証拠で。

「これは、その……」

 あまりの恥ずかしさに、今すぐこの場から消え去りたかった。言い訳をしないと。でもこの状況をうまく切り抜ける手段が何も思い浮かばない。

 よりによって、高校の頃の同級生。しかもあの安曇に見られるなんて。

 でも、いつかこんなことが起きる気がしていた。罰が当たったんだ。

 気まずい沈黙の中、不意にポケットの中の僕のスマホが震えた。無視してもずっと鳴っている。多分田中さんだろう。

「それ、貸せ」

「え、」

「何度も言わせるな。さっさと寄越せ」

 有無を言わさぬ強い語調に、思わず従ってしまう。安曇は受け取った僕のスマホをちらりと眺め、鋭い視線を向けてくる。

「パスワード」

「さ、さすがにそれは……」

「ちっ」

「な、ちょ、やめて!」

 手を無理やり掴まれ、指紋認証でロックを開けられてしまう。抵抗する僕の腕をひねりあげつつ、安曇は片手でスマホを操作している。個人情報の塊を見られている。恐怖しかない。

「返せって……っ!」

「黙れ」

 安曇はスマホの画面をスクロールしていたが、やがて「やはりな」と呟いた。おそらくメッセージアプリのパパとの会話履歴を見られたのだろう。僕は恥じ入って黙り込む。

 安曇はひとしきりの操作を終え、ようやく僕とスマホを解放してくれた。慌てて中身を確認すると、パパ活用のアプリアイコンが見当たらない。連絡先を見ると、0件になっていた。

「田中とやらはブロックしておいた。念のため怪し気なものは全て削除した」

「な、何で……」

「黙れと言った。これ以上口答えするなら、先程の動画を、高校のグループに流す」

「な……」

 そんなことされたら社会的に終わる。

 安曇は無常に告げる。

「これに懲りたら、二度と馬鹿な真似はするな」

「……」

 彼は正義感の強い人なのだろう。きっと僕のことを思ってそう言ってくれているのだ。

「でも僕……、お金が必要で……」

 僕は何を言っているんだ。そんなの聞いてくれる訳ないじゃないか。

「そうか」

 かと思えば、安曇は考える素振りをしている。まさか見逃してくれるのだろうか。

「なら金は俺が出す」

「……は?」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

「それで文句はないな。ついて来い」


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