傲慢な人

村さめ

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 目が覚めたら、服こそ身につけてはいないものの、体液やらで酷い有様になっていたはずの体がすっかり綺麗になっていた。全部夢だったのかと安堵しかけたが、あらぬ場所に走る痛みが現実を教えてくれる。安曇はきっちりと服を身につけ、備え付きの机でノートパソコンに何やら打ち込んでいた。ぐちゃぐちゃだった体を綺麗にしてくれたのは、多分彼だ。

「あの……、あり、がと……」

「は?」

 シーツを引き寄せて体を隠しつつ、ひとまずお礼を言ったら、絶対零度の視線を返されてしまった。というか僕、声ガラガラだな。あれだけ叫べばそうなるか。

「これ、よく撮れているだろう」

「?」

 安曇がスマホ画面をこちらに向けて見せてきた。

『あ゛んっ、やめ、あ゛んっ!』

「っ!?」

 昨日の行為の動画、だった。

「お、お願いっ、やめてっ!」

 慌てて目を逸らしたが、とんでもない醜態を晒す自分をもろに見てしまった。とてもじゃないけれど、見続けることなんて出来ない。心臓がバクバク鳴って、呼吸が、苦しい……。

 安曇は動画を止め、冷たく告げる。

「これ、ばら撒かれたくなければ、俺の呼び出しにはすぐ応じるように」

「そっ……、わ、わかった。で、でも仕事があるから、絶対に、会えるかどうかは……」

「仕事……だと……?」

「あ、いや……」

「……これは、今日の分」

 安曇は財布からお札を取り出して無造作に渡してくる。お金を出すというのは本気だったらしい。

「いらないのか?」

「あ……いや、その……」

「足りなければ言え。これで他の男と会う必要はなくなるな?」

「え、……あ……うん」

 受け取って、震える手で数えると、パパから貰っていたお手当の十倍ほどもあった。今日の分、と言うことは、今後もこれほどの額を……?

「ルームサービスを頼めるが。朝、食べていくか?」

「いや……用事が、あるから……帰ります」

「……また連絡する」

 床に散らばっていた服をそそくさと身につけ、逃げるようにホテルを出た。駅で、とっくに運行を開始していた電車に乗り込む。通勤の時間帯にはまだ早いため、座席が結構空いていて、崩れるように座り込み、ようやく詰めていた息を少し吐き出した。

 安曇に抱いてもらって、あれだけの金銭を受け取っておきながら、一時的にでも彼から解放されたことに安堵してしまっている。現実は残酷だ。こんな形で妄想が実現するなんて、思ってもみなかった。

 じっと座っていると、さっきの動画の光景が嫌でも頭に浮かんでくる。あんな汚い顔で泣き叫んで、きっと幻滅された。幻滅も何も、彼は僕を憎んでいる様子だったから、今更なのだろうか。あの冷たい瞳を思い返すと、心が冷めたくなっていく。

 それでも、こんな酷い形でも、安曇に抱いてもらえたこと。そして、想定以上の収入を得られたこと。それを僕は、確かにうれしいと感じている。

 みじめだった。

「はぁ……。まあ、とりあえず、今日の仕事、がんばろ……」

 考えるのも、反省するのも後回しだ。今はとにかく早く帰って支度しないと、仕事の時間に遅れてしまうから。

 僕はやや現実逃避気味に、気持ちを切り替えたのだった。
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