2 / 15
第二話 縁側の老人
しおりを挟む
言われるがままに部屋に通され、寿彦が再度土産物を渡す。今度は時尾に丁重に受け取ってもらえた。
「寿々さんはもうすぐ帰ってくる頃ですので、しばらくお待ちください」
「はい」
通された部屋の中を好奇心のままにキョロキョロと見回したいところだが、先ほど不作法を注意されたばかりなので寿彦は大人しく自分の手元を見つめる。
そうしていると外見だけは、ますます深窓の令嬢然としている。内面は緊張で今にも心臓が破裂しそうだ。
だから部屋にもう一人いるなんて全く気が付かなかった。
「刀かね」
「ふぇ!?」
突然声を掛けられて寿彦は素っ頓狂な声を上げてしまう。
慌てて顔を上げて声の方に目をやれば、縁側に老年の男性が座っていた。
体格の良い男性だ。小太りと言っていいかもしれない。しかしその眼光は鋭い。
時尾にも感じたが恐らく二人は武家の出だろう。こちらの背筋がピンと伸びてしまうような厳格な雰囲気があった。
「は、はい、あのお守り代わりに……あ、でも剣は全く使えません」
「そりゃあお前さん、見りゃ分かる。姿勢からして素人だ」
老人はそう返す。軽口ではあるが馬鹿にしたような口調ではない。
「今は、治ったんですが、最近まで肺を患っていまして……」
寿彦が病名をぼかして告げるが老人は鋭い眼光で見透かしたように尋ねた。
「結核か」
「はい」
そう返すと老人は言葉を詰まらせ、何故か眩しそうに目を細めた。遠い何かを懐かしむような悔やんでいるようなそんな表情である。
「闘病中、祖父が病の元凶である鬼を退治した名刀にあやかってこの刀を手に入れてくださったんです」
寿彦の祖父は大工であった。黒船来航の頃から時代を先読みして西洋建築を学び、更に事業家としても成功した傑物である。
寿彦と寿々が生まれた時も「双子は縁起が悪い」と言う周囲に対して、
「男同士ならどっちを跡取りにするかでいらんおつむりを使うし、女同士ならどっちかを嫁にやってどっちかを婿を取らんきゃならんのでやはりいらんおつむりを使うが、男女なら男が跡取り女は嫁と決まってる。男も女も一度に授かってこんな目出度い話はねえだろう」
と豪快に笑い飛ばしてくれたそうである。
「それから何年かして運良く治って、こうして外を出歩けるようまでになったんです。だからこの刀はきっと救いの神なんです」
「刀に頼んだくらいで結核が治る病気かい。それで治るならあれは生き……あれだけこき使ってたら刀も助けんだろうなあ」
「?」
「いやこっちの話だ。どれ一つ見せてくれんか」
一人ごち、老人は寿彦に向かって手を出す。特に見せてはいけないものではないので、刀袋から刀を取り出そうとしたその時である。
「ただいま帰りました!」
聞き慣れた快活な声がしたかと思うと、パタパタと足音が部屋に近づきスパンと戸が開かれた。
「……お兄……様? お兄様!?」
帰宅した妹の寿々が兄、寿彦の女装姿を見るなり怪訝な顔をし、それから悲鳴じみた声を上げる。家中に響き渡る大声に寿彦はバツが悪そうに俯いた。
「お兄様……?」
老人も流石に驚いたらしく、鋭い目を丸くしている。
寿々の後ろで茶と茶菓子を運んできた時尾も真顔のまま固まっていた。
「あの……その、これには訳が……」
か細い声をますますか細くして寿彦が説明しようとしたその矢先である。
「此処は家族と言えども男子禁制です!」
寿々に負けないくらいの大声で時尾が寿彦を叱りつけた。
「寿々さんはもうすぐ帰ってくる頃ですので、しばらくお待ちください」
「はい」
通された部屋の中を好奇心のままにキョロキョロと見回したいところだが、先ほど不作法を注意されたばかりなので寿彦は大人しく自分の手元を見つめる。
そうしていると外見だけは、ますます深窓の令嬢然としている。内面は緊張で今にも心臓が破裂しそうだ。
だから部屋にもう一人いるなんて全く気が付かなかった。
「刀かね」
「ふぇ!?」
突然声を掛けられて寿彦は素っ頓狂な声を上げてしまう。
慌てて顔を上げて声の方に目をやれば、縁側に老年の男性が座っていた。
体格の良い男性だ。小太りと言っていいかもしれない。しかしその眼光は鋭い。
時尾にも感じたが恐らく二人は武家の出だろう。こちらの背筋がピンと伸びてしまうような厳格な雰囲気があった。
「は、はい、あのお守り代わりに……あ、でも剣は全く使えません」
「そりゃあお前さん、見りゃ分かる。姿勢からして素人だ」
老人はそう返す。軽口ではあるが馬鹿にしたような口調ではない。
「今は、治ったんですが、最近まで肺を患っていまして……」
寿彦が病名をぼかして告げるが老人は鋭い眼光で見透かしたように尋ねた。
「結核か」
「はい」
そう返すと老人は言葉を詰まらせ、何故か眩しそうに目を細めた。遠い何かを懐かしむような悔やんでいるようなそんな表情である。
「闘病中、祖父が病の元凶である鬼を退治した名刀にあやかってこの刀を手に入れてくださったんです」
寿彦の祖父は大工であった。黒船来航の頃から時代を先読みして西洋建築を学び、更に事業家としても成功した傑物である。
寿彦と寿々が生まれた時も「双子は縁起が悪い」と言う周囲に対して、
「男同士ならどっちを跡取りにするかでいらんおつむりを使うし、女同士ならどっちかを嫁にやってどっちかを婿を取らんきゃならんのでやはりいらんおつむりを使うが、男女なら男が跡取り女は嫁と決まってる。男も女も一度に授かってこんな目出度い話はねえだろう」
と豪快に笑い飛ばしてくれたそうである。
「それから何年かして運良く治って、こうして外を出歩けるようまでになったんです。だからこの刀はきっと救いの神なんです」
「刀に頼んだくらいで結核が治る病気かい。それで治るならあれは生き……あれだけこき使ってたら刀も助けんだろうなあ」
「?」
「いやこっちの話だ。どれ一つ見せてくれんか」
一人ごち、老人は寿彦に向かって手を出す。特に見せてはいけないものではないので、刀袋から刀を取り出そうとしたその時である。
「ただいま帰りました!」
聞き慣れた快活な声がしたかと思うと、パタパタと足音が部屋に近づきスパンと戸が開かれた。
「……お兄……様? お兄様!?」
帰宅した妹の寿々が兄、寿彦の女装姿を見るなり怪訝な顔をし、それから悲鳴じみた声を上げる。家中に響き渡る大声に寿彦はバツが悪そうに俯いた。
「お兄様……?」
老人も流石に驚いたらしく、鋭い目を丸くしている。
寿々の後ろで茶と茶菓子を運んできた時尾も真顔のまま固まっていた。
「あの……その、これには訳が……」
か細い声をますますか細くして寿彦が説明しようとしたその矢先である。
「此処は家族と言えども男子禁制です!」
寿々に負けないくらいの大声で時尾が寿彦を叱りつけた。
11
あなたにおすすめの小説
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
日本国破産?そんなことはない、財政拡大・ICTを駆使して再生プロジェクトだ!
黄昏人
SF
日本国政府の借金は1010兆円あり、GDP550兆円の約2倍でやばいと言いますね。でも所有している金融性の資産(固定資産控除)を除くとその借金は560兆円です。また、日本国の子会社である日銀が460兆円の国債、すなわち日本政府の借金を背負っています。まあ、言ってみれば奥さんに借りているようなもので、その国債の利子は結局日本政府に返ってきます。え、それなら別にやばくないじゃん、と思うでしょう。
でもやっぱりやばいのよね。政府の予算(2018年度)では98兆円の予算のうち収入は64兆円たらずで、34兆円がまた借金なのです。だから、今はあまりやばくないけど、このままいけばドボンになると思うな。
この物語は、このドツボに嵌まったような日本の財政をどうするか、中身のない頭で考えてみたものです。だから、異世界も超能力も出てきませんし、超天才も出現しません。でも、大変にボジティブなものにするつもりですので、楽しんで頂ければ幸いです。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる