持たざる者は世界を外れ

織羽 灯

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瓢箪から竜

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 地図で見た限りでは、
 間引きの為の討伐依頼が出ている洞窟大蜥蜴ケイブリザードの住み処、
 西の洞窟はタストルからそう離れていない位置にあった。
 俺のいたと思われる森との距離から考えると、
 半日も歩けば着く距離に思える。
 もっとも、地図の縮尺が正確かどうかは分からないが。
 街道を外れ、西へ向かって草原を進む。

「さあさあ! 偉大なるドラゴンスレイヤー、
 伝説の戦士ホルク様の伝説が今! 始まりを告げるぜェー! 」
 ぶんぶんと剣を振り回しながらホルクが叫んでいる。

「……まだ言ってる」
 相手をするのに飽きたか、
 リリキナはホルクから距離を取って歩いていた。

「あ! 今のはいずれそうなるって意思表示で、
 今回の目標が洞窟大蜥蜴だってのは分かってるからな!
 勘違いするなよリリキナぁ! 」
 スルーされたことを意外と気にしたのか、
 ホルクがリリキナに呼びかける。

「……」
 リリキナは鬱陶しい虫を見るような視線をホルクに向け、
 ふう、と溜息をついて彼をスルーした。
 
 と言っても、そこに険悪さはない。
 
 ディーガが自分達三人は幼馴染だと言っていたが、
 ならばこんなやり取りは彼らが小さい頃から続いているのだろう。
 ホルクが年齢以上に幼さを感じさせる言動を見せるせいか、
 その光景は出会って間もない俺にも容易に想像できた。

 もう一人の幼馴染であるディーガにその頃の話を尋ねてみようか。
 そう考えて、
 一人で少し前を歩いているディーガに話しかけようとした時。

「……敵だ! 」
 口から出たのは、別の言葉だった。

 自分に意図を持って近付こうとする相手の感知は、
 感覚のステータスに成否を左右される。
 全ステータスが0の俺は、本来なら目の前に現れるまで相手に気付けない。
 ステータス無視の能力も長くは持続しないので、常に周囲を警戒するのは無理だ。
 
 だから、断続的に警戒する。
 ソナーのように間隔を開けて一瞬の発動を繰り返し、
 感覚ステータスの無視を周囲への感知に使っていた。
 その感知に複数の、こちらに敵意を持って近付く何かが引っ掛かったのだ。

「む……どちらだ、タカシ」
「進行方向から見て右の方、数は六」
 俺の言葉に少し考え、ディーガは右を向いて杖を構えた。

「おッ! 」
 ホルクが喜色を含んだ声を上げ、ディーガの前に出て剣を構える。

「……」 
 リリキナはその場を動かず、手にはめていた手袋を外した。
 中にあった彼女の手は、金属の色に輝いている。
 見た感じでは、ワイヤーのような物を手に巻いているようだ。

 さっきまで騒いでいたホルクが沈黙し、
 突然緊張感を孕んだ静寂に満ちた草原。

 さわ、と草を踏み分ける音がして、
 そいつらは背の高い草むらから飛び出して来た。
 大きさは小さな子供程度の、緑の肌の小鬼。
 初めて見る俺にも、イメージで何となく名前が分かる。

「……ゴブリンッ! 」
 獲物を見つけた喜びの滲む声でホルクが叫び、
 先頭の一匹に躍りかかった。
 そのゴブリンは手に持った短剣でホルクの剣を防ごうとするが、
 腕を切断された後首を薙がれ、死体となって地面に転がった。

「ガ、ギ! 」
 後続のゴブリン達が唸るような鳴き声を上げながら、
 それぞれ手に持った武器を振り上げて突進して来た。
 だが、その突進はリリキナによって阻まれる。

「……鉄弦障壁てつげんしょうへき
 リリキナの手に巻かれたワイヤーがぶわ、と広がり、
 網目状の壁となってゴブリン達の前を遮る。

風の刃ウインドエッジ
 直後、ディーガが放った風の魔術が網の隙間を抜け、
 足止めされたゴブリン達を切り刻んだ。



「ははは! 見たか俺の、俺達の実力ッ! 」
「ホルクが倒したのは一匹だけ」

 剣を掲げて勝ち誇るホルクに、
 手袋をはめ直しながらリリキナが水を差す。
 戦いが終われば、彼らはもういつも通りだ。

 強い。
 ロールプレイングゲームでは雑魚扱いのゴブリン相手ではあるが、
 その動き、戦いの流れのスムーズさは、
 素人目にも見事なものだった。

 ディーガの方を見ると、倒したゴブリンの側にしゃがみ、
 何やらごそごそと調べている。

「……何してるんだ? 」
命核ライフコアを取っているのだが……」

「命核? それは……何だ? 」
 聞き慣れない単語に疑問を覚えて聞けば、おかしな顔をされた。

「……いや。まあ、知らないという事もあるか。
 命核とは、魔物の宿す宝石のような物だ」
 ディーガに詳しく説明してもらった所、
 魔物と呼ばれる生物はその種類に関わらず、
 体のどこかに一つ、宝石を宿しているらしい。

 強い魔物ほど美しく大きな宝石を宿しており、
 高値で買い取ってもらえるのだとか。

 命核というのは、
 その宝石を魔物の生命力の源とする伝説があり、
 その中に登場した名称が広まったのだそうだ。

「では魔物にだけそのようなものが存在するのは何故なのか?
 これには諸説があり……」

 ……ディーガは落ち着いた人だと思っていたのだが。
 
 説明が始まるとだんだんテンションが上がり始め、
 どんどん話を掘り下げていって止まらない。

 これはマズいと他の二人に助けを求めようとするが……
 二人揃って離れた位置で並び、こちらに向けて首を振っていた。
 ……流石幼馴染、こうなったら止まらないと経験で知っているようだ。



「つまり、レイス等の非実体系の魔物の命核については……」
「ええと、ディーガ! あれ目的地の洞窟じゃないか! 」

 途中でもう一回敵とか来ないかなと思ったが、
 結局俺の感覚無視ソナー感知には何も引っかからないまま、
 目的地らしき洞窟を発見するに至った。
 
 なお、その間は自分に矛先が向くのを恐れたか、
 ホルクもリリキナも少し離れて沈黙を保っていた。

「む……」
 これ幸いと話を遮ったが、
 流石に目的まで忘れてはいなかったらしいディーガは、
 素直に話を中断して俺の指した方向に注目する。

 丘のふもとにある洞穴の入り口の外に、数匹の大きな蜥蜴がいる。
 岩肌のような皮膚の色をしたあれが、
 恐らくは今回の依頼の標的、洞窟大蜥蜴だろう。
 こちらに気付いていないのか、襲ってくる様子もない。

「あれが洞窟大蜥蜴……? 」
「ああ……だが妙だ。洞窟大蜥蜴は基本的に洞窟を出ない」
 俺の確認に、ディーガが警戒した様子で答える。

 普段は洞窟を出ない洞窟大蜥蜴が、入り口付近とはいえ外に出ている。
 洞窟の中に何か異変が……? 」 

「へっ、ラッキィーじゃねーの! 
 ジメジメした洞窟の中より戦いやすいぜ! 
 いざ、ドラゴンバスターッ! 」
 剣を抜いたホルクが気合を入れるように叫ぶ。
 
 確かに、俺達の目標は洞窟大蜥蜴の間引きだ。
 外側にいるあいつらを倒せば――

 そう考えた時。
 ぞくり、と全身に震えが走った。
 
 ゴウ、と洞穴の入り口が爆散し、
 中から現れた巨大な鉤爪が洞窟大蜥蜴を引っさらう。

 崩壊する丘の中から現れる巨大な影。

 グチャグチャと洞窟大蜥蜴を喰らいながら、
 こちらを睨みつける――ドラゴン。

「マジかよオイ……」


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