イクリプスサーガ

紫眞

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第2章

2-1 平穏な日常

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 トントントントン

 とある一軒家。そこでは、リズミカルな包丁の音がキッチンで響いていた。キッチンには男が一人、包丁を握って立っていた。慣れた手つきで男は具材を刻み終え、次の工程へと移る。
 男は、白兎のように真っ白でくせっ毛な短髪を三角巾で隠し、少し大きめのエプロンを着て、台所に立っていた。顔立ちの幼さと身長から、男は中・高生くらいに見える。さながら調理実習にも見える光景だが、ここはとある一軒家の台所だ。
 そんな男──いや、少年が作るのは、和の朝食。今日のメニューは、卵焼きに鮭の塩焼き。そして炊きたてのご飯と、大根の味噌汁。質素ながらも、家庭の味をした、優しい味わいの朝食だ。
 朝食を作り終えると、少年は更に三人分のお弁当も詰め始める。朝食にもある卵焼きに、鮭の塩焼き。それに加えてウインナーに、肉団子。野菜にブロッコリーとプチトマトを入れ、白いご飯にごま塩をふりかけて完成だ。
 ここまでの作業を、少年はこれまた慣れた手つきで行う。その直後、階段を降りる音が聞こえ、少年は手を止めた。そして入口に視線をやり、笑顔を浮かべた。

「おはようございます。優人まさひとさん。朝食、出来てますよ」

 少年に優人、と呼ばれた男もその言葉に笑顔を浮かべ、返事を返した。

「おはよう。今日もありがとうね」

 そして、その後すぐ優人は申し訳なさそうな顔を作り、目線を下げた。

「ごめんね。今日もこれからすぐ大学行くから。後のことお願いしちゃっていいかな?」

 優人の言葉に、少年は特に気にする様子もなく、笑顔で、大丈夫ですよ。と答え、優人を見送った。
 その後、少年は片手に使用していないフライパンを手にし、二階へ上がった。そして、とある部屋の前で歩みを止め、数回、扉をノックする。しかし、しばらく待っても返事はなく、少年は深くため息を吐いた。
 やはり、荒業しかないか。と、少年が考え、ドアを開ける。
 案の定、そこにはぐうすかとイビキをかいて、気持ちよさそうに寝ている少女の姿があった。一応、陽が差せば起きるかもしれないという希望を抱き、少年はカーテンを開ける。
 少年がカーテンを開けると陽が差し込み、少女のピンクの髪を照らす。黙っていれば美少女なのに、寝ている時でも少女は可愛らしい声などとは無縁な声で寝息を立て、眠っていた。
 しかしその様を別段ずっと見ていたいと思うことも無く、無情にも少年は少女を起こす。

「おい、朝だぞ。いい加減起きたらどうだ?」

 少年は軽く少女の体を揺すり、声をかける。しかし、少女は軽く唸り声をあげるだけで、起き上がりはしない。きっとこれ以上声をかけ続けても、あと五分だのなんだの言って、まともに起きないだろう。そのことをこの数日で学習済みの少年は、持っていたフライパンを強く握りしめ、深く深呼吸をする。

 ────そして、フライパンを振り上げ、思い切り少女の頭にぶつけた。

 ゴンッ

 部屋中に、少年の手加減なしのフライパン攻撃の鈍い音が響く。音だけでどれほど痛いのか伝わるほど、強烈な攻撃だった。

「いったぁいッ!?」

 当然、少女は痛みと驚きで飛び起きる。そんな少女を見て、少年は呆れてため息を吐く。少女はぶたれた箇所を手でさすり、涙目になって暫し思案した後、きつく少年を睨みつけた。

「なにもぶつことないじゃんかっ!」
「自業自得だ。ここ何日も優しく起こしているのに、全く成長がないからな。これから自力で起きなきゃこうするから」

 と、少年は眉間に皺を寄せ、厳しい口調で言い返した。その反論に少女はうっ、と言葉をつまらせ、渋々クローゼットへ歩き出す。
 少女のその姿に満足気に少年は踵を返し、部屋を出る。少年に、少女の着替えを覗く趣味はないのだ。
 少年が味噌汁を温め直し、テーブルに少女の分の朝食を用意し終えた頃。大きなあくびとともに、少女が階段から降りてくる。そしてテーブルの上の朝食を見た途端、目を輝かせて、机に走り寄ってきた。

「うっわぁー! 美味しそう! 今日は和食なんだ」

 少女の言葉は作った身としては嬉しい限りの言葉で、少女の反応に、少年は満足気に、声を掛けた。

「あぁ。冷めないうちに食べよう」

 なんてことの無い、当たり前の日常にも思える光景。
 しかし、この二人の関係は異質なものだった。元々、二人に血縁関係はない。それだけの異質さなら、ちょっとした青春ラブコメ物なのだが……。

「そういえば今日からだよね。学校に来るの!」
「ん? あぁ、そうだな。これでバレないよう、外からお前を見る必要も無くなったし、楽だよ」

 ストーカーともとれる少年の発言に、少女は特に気にすることなくへらりと笑って、だらしなく微笑んだ。

「そっか! じゃあ今日から改めてよろしくね、雪月君!」

 そして少女は少年──『雪月』に向かって、元気よく手を差し出した。そのことに雪月は少しだけ困ったような笑顔を浮かべ、苦笑しながら言葉を紡いだ。

「あぁ、よろしく、桜」

 雪月は少女──『桜』の名を呼び、その手を握り返した。



 異質な彼らが共に暮らすようになった経緯は、数日前に遡ることになる。
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