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第2章
2-9 遅すぎる進展
桜は戸倉と別れた後、周囲を気にかけて帰ったが、特に何事もなく、無事に家へ辿り着いてしまった。まぁそんな簡単に手がかりが得られるとは思っていなかったが。
そう考え、桜は特に気落ちすることなく、今日あった甘酸っぱい出来事を思い出し、顔をニヤつかせながら歩みを進める。
家に着くと、雪月が晩御飯を作ってくれたのか、玄関までハンバーグのいい匂いが漂っていた。なるほど、今日はハンバーグか。今日はほんとにツイてる一日だなぁ。と、桜は心を沸き立たせ、リビングに入る。するとエプロン姿の雪月が、丁度ハンバーグを焼き終え、テーブルに乗せているところだった。テーブルには他にも、コンソメスープや春雨サラダなど、栄養バランスが考えられた料理が並んでいた。
桜が帰ってきたことに気がついた雪月は、薄く微笑み、桜を迎える。
「……おかえり。遅かったな。優人さんは、勉強するために部屋に篭もるらしいから、二人で食べるぞ。あ、手洗いうがいしてからな?」
「ただいまー! お兄ちゃんは私と違って勉強熱心だからねぇ。いやー、妹として鼻が高いよ! ……ってか雪月君っておか……あっなんでもない!」
雪月の言葉に、いつも通り笑顔で答える桜だったが、一瞬、失言をしそうになる。何故なら雪月の行動は、まるで母親のようだったからだ。なので桜は思わず、あれ? 雪月君って実はお母さん? と、本気で困惑した。しかしそんな事を口にしようものなら絶対説教をくらうことは目に見えていたので、桜は寸でのところで言葉を濁したのだ。
雪月は桜の言葉に若干訝しげな目を向けるが、それ以上追及することはなく、席に着く。
その後、晩ご飯を食べ終え、二人はリビングで、思い思いに寛いでいた。
雪月は料理の勉強の為か、料理本を手に、熱心に熟読している。そして桜はというと、録画していたヒーローもののドラマを見て、興奮していた。
そんな空間が続いて暫くすると、ドラマを見終わった桜が、唐突に大声で独り言を呟きはじめた。
「やっぱぴゅーぱ? じゃなきゃゲームに関わるのって難しいのかなぁー……」
そう、小さく溜息をつきながら愚痴をこぼしたのだ。桜の愚痴に、それまで料理本を読んでいた雪月だったが、本から目を離し、桜を見やる。そして少し複雑そうな顔をして、歯切れが悪そうに独り言に返事を返した。
「まぁ、そうだろうな。一般人が関わりやすいルールだと、無法地帯になるからな。……と言っても、今回は無法地帯のようなものなんだが……」
雪月の返答に桜は軽く唸りながら、座っていたソファに寝転がる。そして天井を仰ぎ見ながら、今後について、真剣に悩んでいた。
「うーんだよねぇ。どうしたら進展するかなぁ……。ってか毒嶋さんに逃げられてから結局一度も会えてないし……。次会ったら絶対警察突き出してやるんだからッ!」
「参加者を警察に突き出しても無意味だと思うが……。まぁ、好きにすればいいんじゃないか」
「ぐぬぅ。やっぱりこんなイカれたゲーム早く終わらせないと……! でもどうすれば……。あっ!」
独り言を呟くように悩み事を口にしていた桜だったが、唐突に叫び声を上げ、ソファから立ち上がる。
そんな桜の行動に、雪月は少し驚いたように目を丸くした。しかし、桜は雪月の驚きなど全く気にも止めず、言葉を続ける。
「ねぇ、雪月君! そういえば他の参加者とかって、どうやって参加者同士を見分けたり、翼を見つけたりするの? 参考までに教えてよー!」
桜は、名案を思いついたとばかりにしたり顔をし、雪月を見やる。そんな桜に、雪月は数秒の硬直の後、呆れたように深くため息を吐いた。
「……はぁぁぁぁ。あのな、桜。確かに、俺はお前の道具だから、答えられることは極力答える。だけどそれは、お前が聞いてきたことに対してのみ、だ。……言いたいことわかるか?」
「えーっと……。えへへ。つまり……どういうこと?」
雪月の真剣な問いかけに、桜は意味がわからずに苦笑いをしながら質問をし返す。そんな桜に雪月は目を吊り上げ、説教をするように大声を張り上げた。
「おーまーえーはぁーッ! つまりッ! お前が考え無しに東雲翼を探し回ってたって、俺はお前に聞かれなきゃ何にも教えられないって事だよ、この馬鹿ッ!」
そこまで言われて、桜はようやく雪月の言わんとすることが理解できた。しかし、理解はできても、最後の一言は看過できない。と、桜は反射的に口を開く。
「確かに考え無しだったかもしれないけど、馬鹿って言うなーっ! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだって知らないのっ!?」
「だったかも、じゃなくってそうだったんだよ! 普通、一週間以上も収穫なかったら俺を頼るだろッ!? 遅いんだよ聞くのがッ!」
かなりご立腹の雪月は、息を切らしながら怒鳴り続け、桜を鋭く睨みつける。確かに、桜の行動は馬鹿と言われても仕方ないほど、無意味なものだった。ただ池袋を歩き回っているだけで、翼の手がかりが得られるわけがないのだから。しかしそれはそれとして、何故ここまで怒鳴るのだろうか? そんなに自分が頼られなくて、ムカついているのだろうか。それとも──。
「雪月君……何でそんなに怒ってるの? 頼られなかったから? それとも──翼がそんなに心配?」
「────ッ!? そ、そんなわけないだろ。普通にお前の馬鹿さ加減に呆れてただけだッ!」
雪月は酷く動揺した様子で、桜の疑問を否定する。ただ呆れていたにしては、かなりご立腹だったような気がする。と、桜は思ったが、ここで詮索しても話がそれてしまうと思い、深くは追及しないでいた。
というか、雪月君。さっきまで普通に料理本読んでたのに、その裏で実は頼られ待ちだったとは……。全然気が付かなかった……。
と、桜は雪月の豹変ぶりに結構驚いていた。まぁ、それより馬鹿にされたことの方がむかついたのだけれど。
「……それより、他の参加者の事だろ? まず、参加者についてだが、神が言った通り、『使徒』が選別する。その後は選別した参加者を支援するのが使徒の仕事だ。だから基本、使徒が他の参加者の場所を教えたり、翼……このゲームでは『ジョーカー』と呼称するんだが、それの居場所を教える。まぁ、俺みたいに付きっきりなんで奴はいないがな。使徒は気分次第で姿を現す。たまーに真面目なやつは呼ばれたら出てくるが。で? 他に聞きたいことは?」
雪月は追及を避けてか、一息に説明する。それ故にあまりの情報量の多さで、桜は困惑してしまう。とりあえず、桜は雪月の言ったことを脳内で噛み砕いて翻訳しようと、情報を整理する。
暫くして、要は使徒が色々教えてくれるってことか。と、桜はようやく理解した。
成程。だから神は雪月を使えと言ったのか。と、桜は一人納得する。
そして桜はここまで考えて、唐突にある疑問が頭に浮かんだ。
「あれ? でも雪月君。普段から学校と家の事してるし、暇な時は本を読んだり、テレビ見たりしてるよね? 誰かのところに行ってたの見た事ないんだけど……。実は私の知らない間に行ってた?」
小首を傾げながら、桜は疑問を口にする。そう。雪月の今の説明だと、使徒は参加者を選別して、支援しているのだ。だと言うのに、雪月には全くその素振りがなかった。というか、雪月君が参加者を選んでいる姿なんて、全然想像出来ないな。と、桜は思う。
桜の質問に、雪月は少し複雑そうな顔をしながら口を開いた。
「……俺は選別を行ってない。これからもする予定は無い。だから心配しなくても桜を疎かにしたりしないよ」
「ほへぇ。……ん? でも神に選別しろーって言われてるんじゃない? いいの? 選ばなくって」
「……それは。…………ほんと、お前変なところで鋭い質問してくるよな……」
やはり、雪月は参加者を増やすことを、良しとしていないのだろう。桜が選別の話をすると、途端に表情を曇らせたのだから。しかし、こんな雪月の性格くらい、神は知っていそうだし、選別しろと命令していないのが、桜は不思議でならなかった。
そんな思いからきた桜の何気ない質問に、案の定雪月は言葉を詰まらせる。しかし直ぐ言葉を選ぶようにしてゆっくり口を開いた。
「そう、だな。俺達使徒は、別に参加者を選別してこい、と命令された訳じゃない。寧ろ、自ら進んで使徒は選んでいるのさ。…………神に、使徒という役目から解放されたいか? ならば、ゲームの参加者を選別し、新たなる神になるよう支援するがいい。新たな神を見つけてきたものを自由にしてやろう。なんて甘言を言われているからな」
「役目からの解放……? やっぱり使徒って神に縛られてるの……?」
「……そんなもんだ。ったく、神は何がしたいんだろうな。今回のゲーム、あまりにも無法地帯で、ルールがおざなりすぎる。使徒だって、本来ゲームをきっちり管理するために作ったはずなのに……。まぁ、俺は神の提案に興味はないから、特別な立ち位置だった、というだけだ」
と、最後は愚痴のようなものになりながらも、雪月は桜の疑問に答える。
神のやり方に不満はあるが、決して逆らうことはしない。使徒とは、自分の意志はあるはずなのに、それをすべて神に上書きされる存在なのかもしれないな。と、桜は雪月の態度を見て、そう感じた。
でも、それならなんで翼の事を調べようとする私を止めたりしたのだろうか。と、以前にも浮かんだ疑問が、再び桜の中に生まれた。しかし、以前にその質問したとき、雪月はかなり答え辛そうにし、結局答えてくれなかったことを桜は思い出す。今なら答えてくれるかもしれないが、別に今どうしても知らなければいけない事ではない。それに、出来れば雪月君が話してくれそうなタイミングで聞きたいな。と、桜は思い、浮かんだ疑問を口にすることはしなかった。
「……あぁ。そうだ。翼に会う方法があともう一つあった」
「えッ!? 何!? 教えて!」
唐突に雪月が思い出したように呟いた言葉に、桜は目を見開き、驚愕する。もしかしたら、雪月君を頼らずとも翼を探し出せるかもしれない。と、桜は希望を抱きながら、雪月の言葉を待つ。
雪月は少しもったいぶる様に沈黙した後、言葉を紡いだ。
「…………『厄災』だ。最近追加されたルールだから、俺もすっかり忘れていたが、ジョーカーが自ら参加者を襲うシステムだ。いつ、誰が、どこで狙われるかは不明。そして『厄災』にあうと侵食される。……まぁ、未だ誰も遭遇したことがないから、詳しいことはまたの機会だな」
「そうなのかぁ。うーむ、よくわかんないけど参加者じゃない私が翼に会うのは難しいってことだけは分かったよ。ぐぅ、ままならない……!」
雪月の答えに、襲うのが参加者限定ならやはり雪月君を頼るしかないのか。と、桜は落胆する。しかしこのまま諦めるわけにはいかないので、ダメもとで桜は雪月に質問を続けた。
「うーむ……じゃあ雪月君。翼の居場所って教えてくれたりする?」
「ふむ……。まぁ、そうだな。今、どの辺りにいるかだけは……別に教えてもいいか」
「えっ!? いいの!?」
「あー。まぁ別に神はそのことに関して口止めしてないしな」
そう言って、雪月は近くにあった紙とペンを取り出し、地図を書く。桜はそれを受け取り、顔を綻ばせる。ようやく一歩前進したのだ。
桜は早速この場所へ向かおうと、軽く身なりを整え、兄にバレないよう、外出の準備を進める。
「おい、桜。まさかこんな時間から向かおうとしているのか?」
しかし、それを止めたのは、意外にも地図をくれた雪月だった。桜が驚いて雪月に視線を向けると、雪月は複雑そうな表情で桜を見つめていたのだ。
「えっと……そのつもりだけど……どうして? だって、早い方がいいでしょ?」
「そう……なんだが……。そこは治安の悪い地域だ。こんな深夜にお前みたいな未成年……しかも女子高生が行く場所じゃないぞ」
「えぇ……。すっごい今更感……。大丈夫だって。私強いし!」
ぐっ、と桜は右腕に力こぶを作り、雪月にアピールをする。しかし、雪月の顔は依然不安を宿しており、納得する気配はなかった。
「……今日はもう遅い。行くのなら明日の放課後を勧める。それに、暗い中で戦うのは得策ではないだろう?」
「うぐっ。た、確かに夜は目が見えにくいかも……。うーーーでも……!」
雪月の説得に、桜は尚も引き下がろうとしなかった。確かに不利ではあるかもしれないが、それでも早く翼に会いたかったのだ。
そんな桜を見て、雪月は灰の瞳を陰らせながら懇願するように、言葉を紡いだ。
「別に、焦らなくたって、翼は『大丈夫』なんだろう……? なら、お前が死ぬ可能性を高めてまで深夜に行く必要はないはずだ」
その一言を聞いて、桜はぎょっとした。あんなにも翼を心配していた雪月が、まるで自分を心配するような言葉を囁いたからだ。いや、実際心配しているのだろう。それは今の雪月の表情がすべてを物語っている。
「雪月君……私を心配してるの……?」
「なッ……違うッ! 俺は使徒だぞ? 神の駒に無駄な感情なんて要らない……ッ。俺はただ、お前に簡単に死なれたら神の楽しみが減ると思って……!」
桜の投げかけに、雪月は虚を突かれたかのように目を見開き、顔を金魚の様に真っ赤にさせる。その顔と言葉だけで、鈍い桜でも雪月が本心から自分を心配してくれたであろうことが察せられた。
「……うん。わかったよ。今日はやめるね。明日の放課後。探してみることにする」
ならば、ヒーローとして、雪月を不安にさせることは控えるべきだろう。本当は今すぐにでも翼を探して会いたい。けれど、こんなにも情報をくれた雪月君の気持ちを無視してまで強行突破するのは、ヒーローとしてあるまじき行為だ。そう思い、桜は大人しく諦めて、今日は就寝することにした。
「あ、そうだ。明日は雪月君一緒に来る?」
「……いや、明日は別件で用がある。すまないが一人で探してもらうことになるだろうな」
「そか。了解。……じゃあ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
その後、桜は寝支度を整え、先に部屋へと戻った。そしてベットへ勢いよくダイブし、布団へ蹲る。
明日こそ、翼に会えますように。と、祈りながら、桜は眠りについた。
そう考え、桜は特に気落ちすることなく、今日あった甘酸っぱい出来事を思い出し、顔をニヤつかせながら歩みを進める。
家に着くと、雪月が晩御飯を作ってくれたのか、玄関までハンバーグのいい匂いが漂っていた。なるほど、今日はハンバーグか。今日はほんとにツイてる一日だなぁ。と、桜は心を沸き立たせ、リビングに入る。するとエプロン姿の雪月が、丁度ハンバーグを焼き終え、テーブルに乗せているところだった。テーブルには他にも、コンソメスープや春雨サラダなど、栄養バランスが考えられた料理が並んでいた。
桜が帰ってきたことに気がついた雪月は、薄く微笑み、桜を迎える。
「……おかえり。遅かったな。優人さんは、勉強するために部屋に篭もるらしいから、二人で食べるぞ。あ、手洗いうがいしてからな?」
「ただいまー! お兄ちゃんは私と違って勉強熱心だからねぇ。いやー、妹として鼻が高いよ! ……ってか雪月君っておか……あっなんでもない!」
雪月の言葉に、いつも通り笑顔で答える桜だったが、一瞬、失言をしそうになる。何故なら雪月の行動は、まるで母親のようだったからだ。なので桜は思わず、あれ? 雪月君って実はお母さん? と、本気で困惑した。しかしそんな事を口にしようものなら絶対説教をくらうことは目に見えていたので、桜は寸でのところで言葉を濁したのだ。
雪月は桜の言葉に若干訝しげな目を向けるが、それ以上追及することはなく、席に着く。
その後、晩ご飯を食べ終え、二人はリビングで、思い思いに寛いでいた。
雪月は料理の勉強の為か、料理本を手に、熱心に熟読している。そして桜はというと、録画していたヒーローもののドラマを見て、興奮していた。
そんな空間が続いて暫くすると、ドラマを見終わった桜が、唐突に大声で独り言を呟きはじめた。
「やっぱぴゅーぱ? じゃなきゃゲームに関わるのって難しいのかなぁー……」
そう、小さく溜息をつきながら愚痴をこぼしたのだ。桜の愚痴に、それまで料理本を読んでいた雪月だったが、本から目を離し、桜を見やる。そして少し複雑そうな顔をして、歯切れが悪そうに独り言に返事を返した。
「まぁ、そうだろうな。一般人が関わりやすいルールだと、無法地帯になるからな。……と言っても、今回は無法地帯のようなものなんだが……」
雪月の返答に桜は軽く唸りながら、座っていたソファに寝転がる。そして天井を仰ぎ見ながら、今後について、真剣に悩んでいた。
「うーんだよねぇ。どうしたら進展するかなぁ……。ってか毒嶋さんに逃げられてから結局一度も会えてないし……。次会ったら絶対警察突き出してやるんだからッ!」
「参加者を警察に突き出しても無意味だと思うが……。まぁ、好きにすればいいんじゃないか」
「ぐぬぅ。やっぱりこんなイカれたゲーム早く終わらせないと……! でもどうすれば……。あっ!」
独り言を呟くように悩み事を口にしていた桜だったが、唐突に叫び声を上げ、ソファから立ち上がる。
そんな桜の行動に、雪月は少し驚いたように目を丸くした。しかし、桜は雪月の驚きなど全く気にも止めず、言葉を続ける。
「ねぇ、雪月君! そういえば他の参加者とかって、どうやって参加者同士を見分けたり、翼を見つけたりするの? 参考までに教えてよー!」
桜は、名案を思いついたとばかりにしたり顔をし、雪月を見やる。そんな桜に、雪月は数秒の硬直の後、呆れたように深くため息を吐いた。
「……はぁぁぁぁ。あのな、桜。確かに、俺はお前の道具だから、答えられることは極力答える。だけどそれは、お前が聞いてきたことに対してのみ、だ。……言いたいことわかるか?」
「えーっと……。えへへ。つまり……どういうこと?」
雪月の真剣な問いかけに、桜は意味がわからずに苦笑いをしながら質問をし返す。そんな桜に雪月は目を吊り上げ、説教をするように大声を張り上げた。
「おーまーえーはぁーッ! つまりッ! お前が考え無しに東雲翼を探し回ってたって、俺はお前に聞かれなきゃ何にも教えられないって事だよ、この馬鹿ッ!」
そこまで言われて、桜はようやく雪月の言わんとすることが理解できた。しかし、理解はできても、最後の一言は看過できない。と、桜は反射的に口を開く。
「確かに考え無しだったかもしれないけど、馬鹿って言うなーっ! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだって知らないのっ!?」
「だったかも、じゃなくってそうだったんだよ! 普通、一週間以上も収穫なかったら俺を頼るだろッ!? 遅いんだよ聞くのがッ!」
かなりご立腹の雪月は、息を切らしながら怒鳴り続け、桜を鋭く睨みつける。確かに、桜の行動は馬鹿と言われても仕方ないほど、無意味なものだった。ただ池袋を歩き回っているだけで、翼の手がかりが得られるわけがないのだから。しかしそれはそれとして、何故ここまで怒鳴るのだろうか? そんなに自分が頼られなくて、ムカついているのだろうか。それとも──。
「雪月君……何でそんなに怒ってるの? 頼られなかったから? それとも──翼がそんなに心配?」
「────ッ!? そ、そんなわけないだろ。普通にお前の馬鹿さ加減に呆れてただけだッ!」
雪月は酷く動揺した様子で、桜の疑問を否定する。ただ呆れていたにしては、かなりご立腹だったような気がする。と、桜は思ったが、ここで詮索しても話がそれてしまうと思い、深くは追及しないでいた。
というか、雪月君。さっきまで普通に料理本読んでたのに、その裏で実は頼られ待ちだったとは……。全然気が付かなかった……。
と、桜は雪月の豹変ぶりに結構驚いていた。まぁ、それより馬鹿にされたことの方がむかついたのだけれど。
「……それより、他の参加者の事だろ? まず、参加者についてだが、神が言った通り、『使徒』が選別する。その後は選別した参加者を支援するのが使徒の仕事だ。だから基本、使徒が他の参加者の場所を教えたり、翼……このゲームでは『ジョーカー』と呼称するんだが、それの居場所を教える。まぁ、俺みたいに付きっきりなんで奴はいないがな。使徒は気分次第で姿を現す。たまーに真面目なやつは呼ばれたら出てくるが。で? 他に聞きたいことは?」
雪月は追及を避けてか、一息に説明する。それ故にあまりの情報量の多さで、桜は困惑してしまう。とりあえず、桜は雪月の言ったことを脳内で噛み砕いて翻訳しようと、情報を整理する。
暫くして、要は使徒が色々教えてくれるってことか。と、桜はようやく理解した。
成程。だから神は雪月を使えと言ったのか。と、桜は一人納得する。
そして桜はここまで考えて、唐突にある疑問が頭に浮かんだ。
「あれ? でも雪月君。普段から学校と家の事してるし、暇な時は本を読んだり、テレビ見たりしてるよね? 誰かのところに行ってたの見た事ないんだけど……。実は私の知らない間に行ってた?」
小首を傾げながら、桜は疑問を口にする。そう。雪月の今の説明だと、使徒は参加者を選別して、支援しているのだ。だと言うのに、雪月には全くその素振りがなかった。というか、雪月君が参加者を選んでいる姿なんて、全然想像出来ないな。と、桜は思う。
桜の質問に、雪月は少し複雑そうな顔をしながら口を開いた。
「……俺は選別を行ってない。これからもする予定は無い。だから心配しなくても桜を疎かにしたりしないよ」
「ほへぇ。……ん? でも神に選別しろーって言われてるんじゃない? いいの? 選ばなくって」
「……それは。…………ほんと、お前変なところで鋭い質問してくるよな……」
やはり、雪月は参加者を増やすことを、良しとしていないのだろう。桜が選別の話をすると、途端に表情を曇らせたのだから。しかし、こんな雪月の性格くらい、神は知っていそうだし、選別しろと命令していないのが、桜は不思議でならなかった。
そんな思いからきた桜の何気ない質問に、案の定雪月は言葉を詰まらせる。しかし直ぐ言葉を選ぶようにしてゆっくり口を開いた。
「そう、だな。俺達使徒は、別に参加者を選別してこい、と命令された訳じゃない。寧ろ、自ら進んで使徒は選んでいるのさ。…………神に、使徒という役目から解放されたいか? ならば、ゲームの参加者を選別し、新たなる神になるよう支援するがいい。新たな神を見つけてきたものを自由にしてやろう。なんて甘言を言われているからな」
「役目からの解放……? やっぱり使徒って神に縛られてるの……?」
「……そんなもんだ。ったく、神は何がしたいんだろうな。今回のゲーム、あまりにも無法地帯で、ルールがおざなりすぎる。使徒だって、本来ゲームをきっちり管理するために作ったはずなのに……。まぁ、俺は神の提案に興味はないから、特別な立ち位置だった、というだけだ」
と、最後は愚痴のようなものになりながらも、雪月は桜の疑問に答える。
神のやり方に不満はあるが、決して逆らうことはしない。使徒とは、自分の意志はあるはずなのに、それをすべて神に上書きされる存在なのかもしれないな。と、桜は雪月の態度を見て、そう感じた。
でも、それならなんで翼の事を調べようとする私を止めたりしたのだろうか。と、以前にも浮かんだ疑問が、再び桜の中に生まれた。しかし、以前にその質問したとき、雪月はかなり答え辛そうにし、結局答えてくれなかったことを桜は思い出す。今なら答えてくれるかもしれないが、別に今どうしても知らなければいけない事ではない。それに、出来れば雪月君が話してくれそうなタイミングで聞きたいな。と、桜は思い、浮かんだ疑問を口にすることはしなかった。
「……あぁ。そうだ。翼に会う方法があともう一つあった」
「えッ!? 何!? 教えて!」
唐突に雪月が思い出したように呟いた言葉に、桜は目を見開き、驚愕する。もしかしたら、雪月君を頼らずとも翼を探し出せるかもしれない。と、桜は希望を抱きながら、雪月の言葉を待つ。
雪月は少しもったいぶる様に沈黙した後、言葉を紡いだ。
「…………『厄災』だ。最近追加されたルールだから、俺もすっかり忘れていたが、ジョーカーが自ら参加者を襲うシステムだ。いつ、誰が、どこで狙われるかは不明。そして『厄災』にあうと侵食される。……まぁ、未だ誰も遭遇したことがないから、詳しいことはまたの機会だな」
「そうなのかぁ。うーむ、よくわかんないけど参加者じゃない私が翼に会うのは難しいってことだけは分かったよ。ぐぅ、ままならない……!」
雪月の答えに、襲うのが参加者限定ならやはり雪月君を頼るしかないのか。と、桜は落胆する。しかしこのまま諦めるわけにはいかないので、ダメもとで桜は雪月に質問を続けた。
「うーむ……じゃあ雪月君。翼の居場所って教えてくれたりする?」
「ふむ……。まぁ、そうだな。今、どの辺りにいるかだけは……別に教えてもいいか」
「えっ!? いいの!?」
「あー。まぁ別に神はそのことに関して口止めしてないしな」
そう言って、雪月は近くにあった紙とペンを取り出し、地図を書く。桜はそれを受け取り、顔を綻ばせる。ようやく一歩前進したのだ。
桜は早速この場所へ向かおうと、軽く身なりを整え、兄にバレないよう、外出の準備を進める。
「おい、桜。まさかこんな時間から向かおうとしているのか?」
しかし、それを止めたのは、意外にも地図をくれた雪月だった。桜が驚いて雪月に視線を向けると、雪月は複雑そうな表情で桜を見つめていたのだ。
「えっと……そのつもりだけど……どうして? だって、早い方がいいでしょ?」
「そう……なんだが……。そこは治安の悪い地域だ。こんな深夜にお前みたいな未成年……しかも女子高生が行く場所じゃないぞ」
「えぇ……。すっごい今更感……。大丈夫だって。私強いし!」
ぐっ、と桜は右腕に力こぶを作り、雪月にアピールをする。しかし、雪月の顔は依然不安を宿しており、納得する気配はなかった。
「……今日はもう遅い。行くのなら明日の放課後を勧める。それに、暗い中で戦うのは得策ではないだろう?」
「うぐっ。た、確かに夜は目が見えにくいかも……。うーーーでも……!」
雪月の説得に、桜は尚も引き下がろうとしなかった。確かに不利ではあるかもしれないが、それでも早く翼に会いたかったのだ。
そんな桜を見て、雪月は灰の瞳を陰らせながら懇願するように、言葉を紡いだ。
「別に、焦らなくたって、翼は『大丈夫』なんだろう……? なら、お前が死ぬ可能性を高めてまで深夜に行く必要はないはずだ」
その一言を聞いて、桜はぎょっとした。あんなにも翼を心配していた雪月が、まるで自分を心配するような言葉を囁いたからだ。いや、実際心配しているのだろう。それは今の雪月の表情がすべてを物語っている。
「雪月君……私を心配してるの……?」
「なッ……違うッ! 俺は使徒だぞ? 神の駒に無駄な感情なんて要らない……ッ。俺はただ、お前に簡単に死なれたら神の楽しみが減ると思って……!」
桜の投げかけに、雪月は虚を突かれたかのように目を見開き、顔を金魚の様に真っ赤にさせる。その顔と言葉だけで、鈍い桜でも雪月が本心から自分を心配してくれたであろうことが察せられた。
「……うん。わかったよ。今日はやめるね。明日の放課後。探してみることにする」
ならば、ヒーローとして、雪月を不安にさせることは控えるべきだろう。本当は今すぐにでも翼を探して会いたい。けれど、こんなにも情報をくれた雪月君の気持ちを無視してまで強行突破するのは、ヒーローとしてあるまじき行為だ。そう思い、桜は大人しく諦めて、今日は就寝することにした。
「あ、そうだ。明日は雪月君一緒に来る?」
「……いや、明日は別件で用がある。すまないが一人で探してもらうことになるだろうな」
「そか。了解。……じゃあ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
その後、桜は寝支度を整え、先に部屋へと戻った。そしてベットへ勢いよくダイブし、布団へ蹲る。
明日こそ、翼に会えますように。と、祈りながら、桜は眠りについた。
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2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。