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第2章
2-25 幕間 狂愛の男
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僕は一般的には『優秀』な部類に入ると、昔から自負していた。
僕の生まれは日本の東京にある少し名の知れた名家『戸倉』家。戸倉家は異端が生まれやすく、僕も例にもれず異端を持っていた。だが、周囲にはそのことは絶対に言わなかったのだが。だって、『洗脳』の異端なんて、面倒ごとしか呼ばないだろう?
そんな僕には『天才』の兄がおり、戸倉の期待の申し子だった。天才の兄は当然異端を持っていたし、僕とは違いその力を隠すことはなかった。
僕は所詮『優秀』止まりの存在だったため、家での価値はそこまで高くはなかったのだ。けれど、それを悲観することはない。何故なら僕は奴らにどう思われようとどうだってよかったからだ。
僕はなるべく『いい子』を演じ、物腰柔らかで真面目なキャラを周囲に定着させていった。面倒ごとはご免だったし、本性を出す必要性が全く感じなかったのだ。それは家族にも同様で。皆、僕が真面目でいい子だと本気で信じていた。
両親は『戸倉』の威信を守るため、兄に厳しく教育を施す。その様子は子供の僕から見ても、行き過ぎた教育のように思えた。
兄は毎朝四時に起床し、道場で剣術や体術を叩きこまれ、体裁の為市内の学校へ送られた。しかし、学校で学ぶ勉学だけでは飽き足らず。奴らは兄に戸倉の歴史や裏社会の事などを徹底的に叩きこんでいたのだ。詳しい内容は正直分からない。僕には教えてもらえなかったし、興味もなかったから。
だが、兄は文句ひとつ言わず、完璧にすべてをこなしていた。僕とは違い本当に善人気質で、親の期待に応えるだけの実力のある『天才』。
そんな兄は高校卒業を期にあの両親を黙らせ、塾の講師を始めた。どうやら子供の成長を見守るのが好きで『教師』になりたいんだとか。両親との間にどんな話し合いが行われたか知らないが、結局兄の希望は通った。
僕はというと、親の言いなりで大学を選んだ。別にあいつらが怖かったとかそう言うわけじゃない。ただ、人生に『何か』を見出すことが出来ず、流れに身を任せただけの結果だった。
そして今から一年前。僕が大学生になる少し前のことだ。
────その日、僕は『運命』に出会った。
その子は艶やかな短めの黒髪をなびかせ、近隣の中学校の制服を着ていた。見た目は中の上。どこでもいる少し可愛いだけの女の子だった。
だが、僕は確かに彼女に『運命』を感じたのだ。
彼女のその鋭く、真っ直ぐな『目』。それは見ているだけで凍えそうな程冷徹で。しかし、その中に明確な眼前への恐怖も混じっている。彼女の目には二つの本来共存しえない感情が混じりあっていた。
そしてその佇まいもまた素晴らしく。今にも折れてしまいそうなのに、自分よりも図体のでかい男に立ち向かい、凛としている姿勢。しかしそれを相手へ悟らせない様、まるで気高き神獣の如く佇んでいる。
本当は震え上がって、泣き出したいのだろうに。背後に控える女のためか。彼女は決して神獣の仮面を取ることは無かった。
────それが本当に愛おしく。
反対に、彼女の背後の女は、なんの面白みもなかった。
女の容姿も平凡で。どこにでもいるつまらない人間。目の前の男に脅えきって小動物のように縮こまる姿。それは正しく己の保身のことしか頭にない、普通の人間だ。
会話の内容からして、ストーカーに付け狙われている友を、彼女が庇っているようだった。
「いい加減にしてください……! これ以上奈緒美に近づかないでッ! 警察に訴えますよ!?」
「あぁん? お前にそんな事言われる筋合いはないッ! 彼女と俺は運命なんだッ! なぁ、そうだろ奈緒美?」
「ひぃ……ッ! ち、ちが……。わ、私……ッ!」
怯え、委縮する女とは違い、僕の運命の女神はその瞳に恐怖を宿しながらも、一歩も引くことなく、女を庇っていた。ストーカー男が今にも殴りかかろうとしているのにもかかわらず、だ。
あぁ、愛おしい……!! 今までいろんな奴を見てきたが、こんなにも心が動かされたのは初めてだ……ッ!!
欲しい。彼女の全てが。もっと。もっと彼女の可能性を見たい……ッ!
そう、今まで感じたことのない崇高な理想が僕の中に生まれた。
一目ぼれだったのだ。人生で初めて生きる意味を、光を見出した瞬間だった……ッ!
彼女は僕の光で全てだ。あぁ、なんて最高な気分なんだろう……ッ!!
僕が助けに入ろうかと思ったが、いつの間にか周囲の人が通報していた警察が到着し、ストーカー男は連行されていった。
その後、僕は使えるものはすべて使って、彼女──『郡空』ちゃんについて調べた。
名前、生年月日、好きな食べ物、嫌いな食べ物、両親、交友関係などなど。知りえることは全て調査した。
そうしてわかったことは、彼女は至って平凡な人生を歩んでいるということだった。何が彼女をあんなに素敵な人間にしたんだろう? もし、彼女が『こちら側』を知ったら、もっと素敵な目をしてくれるんだろうか?
そして、僕がどう空ちゃんと接触しようか考えているときだった。神が馬鹿げた『ゲーム』を始めたのだ。
元々、『神』の存在は知っていたし、『使徒』の存在も知っていた。だが、僕には関係ないと思っていたし、関わることもないと思っていたのだ。
しかし、神がとんでもないことを提案してきたせいで、僕の平穏は壊れた。だって、まさか神を決めるゲームをこんなちんけな島国で行うなんて、誰も予想できないだろ?
そのせいで両親は目に野心を宿し、兄と僕にゲームへの参加を強制した。兄は偽善の心から参加していたが、僕は違う。
チャンスだ。と、そう思ったのだから……ッ!
このゲームに空ちゃんを参加させ、『ジョーカー』を殺させれば彼女を『神』にできるじゃないか! その上、ゲームで人間の闇に触れさせれば、彼女はよりよい『目』をするようになるに違いない……ッ!
そういえば、家で飼っているあいつも、僕同様補佐として駆り出されていたが、兄はあまりいい顔はしなかった。まるであれを『人間』の様に扱う兄は、本当に偽善者だと思う。そんなにあれが大事なら殺してやればいいのに。
まぁ、あれのことなんて僕にはどうでもいい。僕は表向き兄に協力するふりをして、裏では空ちゃんを『完璧な神』にする下準備を進めていた。
その途中、兄が死んだのは予想外だったが。だが、どの道兄を神になどするつもりはなかったし、邪魔になっただろうから死んでくれて丁度よかったか。しかし、あの異能は惜しかったな……。まぁ、見つけ次第犯人を殺して手に入れればいいか。
それにしても、あの兄が空ちゃんと親しかったのは本当に腹ただしかった。兄が空ちゃんの心配をする度、何度殺してやろうと思ったか……。
だが、そんな邪魔者も死んだ。そして、それも相まって空ちゃんは絶望へ堕ちた。……少し、兄のおかげで絶望したのが気に入らないと思ったが。
その後、すぐに僕は彼女の記憶を書き換えた。そのおかげで、彼女は僕を慕ってくれるようになったのだ。その高揚感から、兄への嫉妬などすぐに忘れてしまった。
無垢な顔で僕を信じ、『愛』を向けてくれる彼女を、より一層愛おしく感じた。
あぁ、なんて愚かで愛おしいんだろう……ッ! 素敵だよ、空ちゃん……ッ!
けれど、まだだ。まだ駄目だ。僕を心から信頼して、僕だけを支えにしてくれないと。
それには彼女はまだ堕ちきれてない。
僕の見立てでは、空ちゃんもまた、僕と『同類』だ。愛のためにすべてを投げ出せる僕と。
でも彼女はまだ僕のように染まりきれていないのだ。
なら、次でチェックメイトだ。
ふふ、どんな風に絶望に堕とそうか? 彼女が僕だけ見て、僕だけの為に動いてくれるには、僕はどんな『紳士』を演じればいいかな? 誰を『悪役』に据えようか。
そんな崇高な理想を胸に、僕は一人の女に目を付けた。
あれの名前は『西連寺桜』。馬鹿で人を疑うことを知らなそうな女だ。
そんな女だ。絶対うまくいくとおもっていたのに……ッ!
実際、途中まではうまくいっていた。僕の異端の発動条件である、ある程度信頼されることもクリアしていたと思ったし、『洗脳』を使用することにしたのだ。
思えば、あれを利用しようとしたのがすべての間違いだったのだろう。
あの女のせいで、僕の計画は全て台無しになったのだ……ッ!!
許さない……ッ! 殺すッ! あの女ッ!!! 絶対地獄を見せてやる……ッ!!
あいつは楽には殺してやらない……ッ!
今は束の間の平穏を楽しんでいるがいいッ!
必ず、僕はお前に復讐してやるッ!
そう決意を新たに、僕は夜の闇へと溶けて行った。
僕の生まれは日本の東京にある少し名の知れた名家『戸倉』家。戸倉家は異端が生まれやすく、僕も例にもれず異端を持っていた。だが、周囲にはそのことは絶対に言わなかったのだが。だって、『洗脳』の異端なんて、面倒ごとしか呼ばないだろう?
そんな僕には『天才』の兄がおり、戸倉の期待の申し子だった。天才の兄は当然異端を持っていたし、僕とは違いその力を隠すことはなかった。
僕は所詮『優秀』止まりの存在だったため、家での価値はそこまで高くはなかったのだ。けれど、それを悲観することはない。何故なら僕は奴らにどう思われようとどうだってよかったからだ。
僕はなるべく『いい子』を演じ、物腰柔らかで真面目なキャラを周囲に定着させていった。面倒ごとはご免だったし、本性を出す必要性が全く感じなかったのだ。それは家族にも同様で。皆、僕が真面目でいい子だと本気で信じていた。
両親は『戸倉』の威信を守るため、兄に厳しく教育を施す。その様子は子供の僕から見ても、行き過ぎた教育のように思えた。
兄は毎朝四時に起床し、道場で剣術や体術を叩きこまれ、体裁の為市内の学校へ送られた。しかし、学校で学ぶ勉学だけでは飽き足らず。奴らは兄に戸倉の歴史や裏社会の事などを徹底的に叩きこんでいたのだ。詳しい内容は正直分からない。僕には教えてもらえなかったし、興味もなかったから。
だが、兄は文句ひとつ言わず、完璧にすべてをこなしていた。僕とは違い本当に善人気質で、親の期待に応えるだけの実力のある『天才』。
そんな兄は高校卒業を期にあの両親を黙らせ、塾の講師を始めた。どうやら子供の成長を見守るのが好きで『教師』になりたいんだとか。両親との間にどんな話し合いが行われたか知らないが、結局兄の希望は通った。
僕はというと、親の言いなりで大学を選んだ。別にあいつらが怖かったとかそう言うわけじゃない。ただ、人生に『何か』を見出すことが出来ず、流れに身を任せただけの結果だった。
そして今から一年前。僕が大学生になる少し前のことだ。
────その日、僕は『運命』に出会った。
その子は艶やかな短めの黒髪をなびかせ、近隣の中学校の制服を着ていた。見た目は中の上。どこでもいる少し可愛いだけの女の子だった。
だが、僕は確かに彼女に『運命』を感じたのだ。
彼女のその鋭く、真っ直ぐな『目』。それは見ているだけで凍えそうな程冷徹で。しかし、その中に明確な眼前への恐怖も混じっている。彼女の目には二つの本来共存しえない感情が混じりあっていた。
そしてその佇まいもまた素晴らしく。今にも折れてしまいそうなのに、自分よりも図体のでかい男に立ち向かい、凛としている姿勢。しかしそれを相手へ悟らせない様、まるで気高き神獣の如く佇んでいる。
本当は震え上がって、泣き出したいのだろうに。背後に控える女のためか。彼女は決して神獣の仮面を取ることは無かった。
────それが本当に愛おしく。
反対に、彼女の背後の女は、なんの面白みもなかった。
女の容姿も平凡で。どこにでもいるつまらない人間。目の前の男に脅えきって小動物のように縮こまる姿。それは正しく己の保身のことしか頭にない、普通の人間だ。
会話の内容からして、ストーカーに付け狙われている友を、彼女が庇っているようだった。
「いい加減にしてください……! これ以上奈緒美に近づかないでッ! 警察に訴えますよ!?」
「あぁん? お前にそんな事言われる筋合いはないッ! 彼女と俺は運命なんだッ! なぁ、そうだろ奈緒美?」
「ひぃ……ッ! ち、ちが……。わ、私……ッ!」
怯え、委縮する女とは違い、僕の運命の女神はその瞳に恐怖を宿しながらも、一歩も引くことなく、女を庇っていた。ストーカー男が今にも殴りかかろうとしているのにもかかわらず、だ。
あぁ、愛おしい……!! 今までいろんな奴を見てきたが、こんなにも心が動かされたのは初めてだ……ッ!!
欲しい。彼女の全てが。もっと。もっと彼女の可能性を見たい……ッ!
そう、今まで感じたことのない崇高な理想が僕の中に生まれた。
一目ぼれだったのだ。人生で初めて生きる意味を、光を見出した瞬間だった……ッ!
彼女は僕の光で全てだ。あぁ、なんて最高な気分なんだろう……ッ!!
僕が助けに入ろうかと思ったが、いつの間にか周囲の人が通報していた警察が到着し、ストーカー男は連行されていった。
その後、僕は使えるものはすべて使って、彼女──『郡空』ちゃんについて調べた。
名前、生年月日、好きな食べ物、嫌いな食べ物、両親、交友関係などなど。知りえることは全て調査した。
そうしてわかったことは、彼女は至って平凡な人生を歩んでいるということだった。何が彼女をあんなに素敵な人間にしたんだろう? もし、彼女が『こちら側』を知ったら、もっと素敵な目をしてくれるんだろうか?
そして、僕がどう空ちゃんと接触しようか考えているときだった。神が馬鹿げた『ゲーム』を始めたのだ。
元々、『神』の存在は知っていたし、『使徒』の存在も知っていた。だが、僕には関係ないと思っていたし、関わることもないと思っていたのだ。
しかし、神がとんでもないことを提案してきたせいで、僕の平穏は壊れた。だって、まさか神を決めるゲームをこんなちんけな島国で行うなんて、誰も予想できないだろ?
そのせいで両親は目に野心を宿し、兄と僕にゲームへの参加を強制した。兄は偽善の心から参加していたが、僕は違う。
チャンスだ。と、そう思ったのだから……ッ!
このゲームに空ちゃんを参加させ、『ジョーカー』を殺させれば彼女を『神』にできるじゃないか! その上、ゲームで人間の闇に触れさせれば、彼女はよりよい『目』をするようになるに違いない……ッ!
そういえば、家で飼っているあいつも、僕同様補佐として駆り出されていたが、兄はあまりいい顔はしなかった。まるであれを『人間』の様に扱う兄は、本当に偽善者だと思う。そんなにあれが大事なら殺してやればいいのに。
まぁ、あれのことなんて僕にはどうでもいい。僕は表向き兄に協力するふりをして、裏では空ちゃんを『完璧な神』にする下準備を進めていた。
その途中、兄が死んだのは予想外だったが。だが、どの道兄を神になどするつもりはなかったし、邪魔になっただろうから死んでくれて丁度よかったか。しかし、あの異能は惜しかったな……。まぁ、見つけ次第犯人を殺して手に入れればいいか。
それにしても、あの兄が空ちゃんと親しかったのは本当に腹ただしかった。兄が空ちゃんの心配をする度、何度殺してやろうと思ったか……。
だが、そんな邪魔者も死んだ。そして、それも相まって空ちゃんは絶望へ堕ちた。……少し、兄のおかげで絶望したのが気に入らないと思ったが。
その後、すぐに僕は彼女の記憶を書き換えた。そのおかげで、彼女は僕を慕ってくれるようになったのだ。その高揚感から、兄への嫉妬などすぐに忘れてしまった。
無垢な顔で僕を信じ、『愛』を向けてくれる彼女を、より一層愛おしく感じた。
あぁ、なんて愚かで愛おしいんだろう……ッ! 素敵だよ、空ちゃん……ッ!
けれど、まだだ。まだ駄目だ。僕を心から信頼して、僕だけを支えにしてくれないと。
それには彼女はまだ堕ちきれてない。
僕の見立てでは、空ちゃんもまた、僕と『同類』だ。愛のためにすべてを投げ出せる僕と。
でも彼女はまだ僕のように染まりきれていないのだ。
なら、次でチェックメイトだ。
ふふ、どんな風に絶望に堕とそうか? 彼女が僕だけ見て、僕だけの為に動いてくれるには、僕はどんな『紳士』を演じればいいかな? 誰を『悪役』に据えようか。
そんな崇高な理想を胸に、僕は一人の女に目を付けた。
あれの名前は『西連寺桜』。馬鹿で人を疑うことを知らなそうな女だ。
そんな女だ。絶対うまくいくとおもっていたのに……ッ!
実際、途中まではうまくいっていた。僕の異端の発動条件である、ある程度信頼されることもクリアしていたと思ったし、『洗脳』を使用することにしたのだ。
思えば、あれを利用しようとしたのがすべての間違いだったのだろう。
あの女のせいで、僕の計画は全て台無しになったのだ……ッ!!
許さない……ッ! 殺すッ! あの女ッ!!! 絶対地獄を見せてやる……ッ!!
あいつは楽には殺してやらない……ッ!
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