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第2話 無能扱い
王城の外へ出た瞬間、目の前に広がる景色はまるで絵巻物から飛び出したようだった。白い石造りの城壁と、赤い瓦屋根が陽光に照らされて輝いている。街路には露店が並び、人々の話し声と馬の蹄の音が重なり合って賑やかだった。それなのに、私の心の中は空っぽで、街の色彩がすべて遠くの景色のようにぼやけて見えた。
王城から渡された小袋は意外に重みがあったが、その重みは心を支えるどころか沈める錘のように感じられる。何度も握り直して、指先が汗で湿ってしまった。
「……とりあえず、宿を探さなきゃ」
自分に言い聞かせるように呟く。けれど声は人混みにかき消され、誰にも届かない。
城下町を歩いていると、商人たちが威勢よく声を張り上げている。焼き立てのパンの香り、甘い果実の匂い、鍛冶屋から響く金属音。それらはどれも生命力にあふれていた。だが、その活気の中で私は居場所を失った異物のように立ち尽くしていた。
「おい、あれじゃないか? 召喚されたって噂の……」
「けど、魔力ゼロだったってさ。役立たずのおまけだろ?」
近くを通りかかった若い兵士二人がひそひそ声で囁く。笑い声が続き、私の耳に突き刺さる。背中を丸めて、なるべく聞こえないふりをした。けれど言葉は無視しても耳に入ってきて、胸の奥を抉る。
「……気にしない、気にしない」
自分に言い聞かせながら歩を進める。だけど、視線が追ってくる気配は消えなかった。
日暮れが近づく頃、小さな宿屋を見つけて扉を押し開けた。木の扉の軋む音に続いて、食堂から漂うスープの匂いが鼻をくすぐる。
「いらっしゃい。お泊まりかい?」
丸顔の女将が笑顔を向けてくれた。その温かい声にほっとしたが、部屋代を告げられると現実の冷たさに直面する。銀貨の数を計算すれば、数週間は持つけれど長くはない。これからどうすればいいのか、まったく見えてこない。
「……お願いします。一晩だけでも」
私は銀貨を差し出し、鍵を受け取った。
部屋に入ると、簡素な木のベッドと机が置かれていた。窓の外では夕日が街を橙色に染め、子供の笑い声が遠くから聞こえる。私はベッドに腰を下ろし、小袋の中身をもう一度数えた。銀貨が手のひらに冷たく光り、その数の少なさに不安が募る。
「私……どうすればいいんだろう」
ぽつりと零れた声は、狭い部屋で孤独に響くだけだった。美咲は今ごろ王城で称えられているのだろう。聖女と呼ばれ、華やかな衣をまとい、人々の期待を浴びているに違いない。それに比べて私は……。
思わず涙がにじみそうになり、慌てて両手で目をこすった。泣いても状況は変わらない。会社で嫌なことがあっても、笑って耐えてきたじゃないか。そう自分に言い聞かせて、深呼吸を繰り返した。
夜になり、宿の一階からは賑やかな笑い声や酒の香りが漂ってくる。私は毛布を被りながら、心の奥でひとつの疑問を繰り返していた。
「異世界に召喚されたのに……私は本当に、無能なのかな?」
その答えを見つけられないまま、静かな暗闇の中でまぶたを閉じた。
王城の外へ出た瞬間、目の前に広がる景色はまるで絵巻物から飛び出したようだった。白い石造りの城壁と、赤い瓦屋根が陽光に照らされて輝いている。街路には露店が並び、人々の話し声と馬の蹄の音が重なり合って賑やかだった。それなのに、私の心の中は空っぽで、街の色彩がすべて遠くの景色のようにぼやけて見えた。
王城から渡された小袋は意外に重みがあったが、その重みは心を支えるどころか沈める錘のように感じられる。何度も握り直して、指先が汗で湿ってしまった。
「……とりあえず、宿を探さなきゃ」
自分に言い聞かせるように呟く。けれど声は人混みにかき消され、誰にも届かない。
城下町を歩いていると、商人たちが威勢よく声を張り上げている。焼き立てのパンの香り、甘い果実の匂い、鍛冶屋から響く金属音。それらはどれも生命力にあふれていた。だが、その活気の中で私は居場所を失った異物のように立ち尽くしていた。
「おい、あれじゃないか? 召喚されたって噂の……」
「けど、魔力ゼロだったってさ。役立たずのおまけだろ?」
近くを通りかかった若い兵士二人がひそひそ声で囁く。笑い声が続き、私の耳に突き刺さる。背中を丸めて、なるべく聞こえないふりをした。けれど言葉は無視しても耳に入ってきて、胸の奥を抉る。
「……気にしない、気にしない」
自分に言い聞かせながら歩を進める。だけど、視線が追ってくる気配は消えなかった。
日暮れが近づく頃、小さな宿屋を見つけて扉を押し開けた。木の扉の軋む音に続いて、食堂から漂うスープの匂いが鼻をくすぐる。
「いらっしゃい。お泊まりかい?」
丸顔の女将が笑顔を向けてくれた。その温かい声にほっとしたが、部屋代を告げられると現実の冷たさに直面する。銀貨の数を計算すれば、数週間は持つけれど長くはない。これからどうすればいいのか、まったく見えてこない。
「……お願いします。一晩だけでも」
私は銀貨を差し出し、鍵を受け取った。
部屋に入ると、簡素な木のベッドと机が置かれていた。窓の外では夕日が街を橙色に染め、子供の笑い声が遠くから聞こえる。私はベッドに腰を下ろし、小袋の中身をもう一度数えた。銀貨が手のひらに冷たく光り、その数の少なさに不安が募る。
「私……どうすればいいんだろう」
ぽつりと零れた声は、狭い部屋で孤独に響くだけだった。美咲は今ごろ王城で称えられているのだろう。聖女と呼ばれ、華やかな衣をまとい、人々の期待を浴びているに違いない。それに比べて私は……。
思わず涙がにじみそうになり、慌てて両手で目をこすった。泣いても状況は変わらない。会社で嫌なことがあっても、笑って耐えてきたじゃないか。そう自分に言い聞かせて、深呼吸を繰り返した。
夜になり、宿の一階からは賑やかな笑い声や酒の香りが漂ってくる。私は毛布を被りながら、心の奥でひとつの疑問を繰り返していた。
「異世界に召喚されたのに……私は本当に、無能なのかな?」
その答えを見つけられないまま、静かな暗闇の中でまぶたを閉じた。
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