雪と炎の国境で

こむらともあさ

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最終話

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 雪椿と朝顔を顕現させ、力を放出させた状態の艶葉と舜を、永遠の眠りにつかせる。

 雪の力を込めた箱なら、仮死状態にした2人を保管することが可能だ。そうすれば、半永久的に国境付近の気候の安定が続く。

「だがそれは、君たちを犠牲にしてもたらされる平和だ。そんなこと...させられない」

 綿雪はきつく拳を握る。


「この戦争も、俺たち2人の力だけで終わらすことができるんだ。名誉なことだろ」

「私はいいけど...舜には戦争が終わった後の夢が」

「叶いっこないと思って夢だ。戦争が終わるなら、別にいい」

 肩をすくめながら、舜はため息をつく。


「ほんとに、2人とも...」

「くどいな。俺たちはいいって言ってる」

 鋭い目が、綿雪を射抜く。それ以上は、何も言えなかった。



 準備も必要だからと、綿雪が席を外す。

 艶葉は、何の感情もない舜の横顔を覗いた。

「大丈夫?」

「艶葉が一緒なら平気だろ」

「...私?でも、舜の夢、叶えられない」

「案外、お前、可愛いからな。ずっと一緒でも悪くないかもって思ってんだよ」

 クシャクシャと髪を乱される。

(可愛いって...)

 気恥ずかしく思いながら、舜を見上げると、今にも泣きそうで。


「巻き込んで、悪いな」

 ブンブンと首を横に振る。

「巻き込まれたなんて、思ってない。むしろ、私はみんなの役に立てるなら嬉しいとすら思ってる。辛いの、舜の方じゃ」

 大きな手に視界を塞がれて、止められる。



 顔を見せずに去っていく後ろ姿と、最後にひと撫でされた額の温かさに、涙が出そうだった。



***



 砦の大きな広間に、2つの棺が並べられている。そこへ雪の国の人間たちが、力を込めていた。
 まだ、数日かかるらしい。

 舜は、ぼうっとそれを眺めていた。

(死ぬのと、どう違うんだろうな)

 考えても仕方ないかと、立ち上がる。

 廊下へ出ると、後輩たちに囲まれてしまった。

「舜さん!雪の国の奴らの言いなりになって、犠牲になるなんて...今からでも抗議を」

 勢いに押されて、背が扉に当たる。

「これでいいんだよ。お前らももう、戦わなくて済むしな。それに、この案は俺の提案だ。言いなりになんてなってない」

「でも...」

 悔しそうに俯く彼らの肩を叩いてやる。吹っ切るように笑いかけると、口をへの字にして見上げられる。

(こいつらを無駄死にさせるわけにいかない)


 自分の代わりのように、わんわん泣きながら抱きついてくる背を、ぽんぽんと叩いてやると、気が抜けるようで、口角が上がった。



 やっと解放され、角を曲がると、艶葉が立っていた。

「びっくりした...何してんだよ、こんなとこで」

「別に」

「別にって...艶葉もそんな顔するんだな。怖くなったか?」

「私は怖くなんてない。でも、舜は...」

「あー、それ以上言ってくれるな。わかってるから」

 舜はバツが悪そうに、頭を掻く。


「怖がってんのは俺だな。でも、大丈夫。ひとりじゃないし」

「うん。私がいる」

「プロポーズかよ」

「そうかも」

 眉尻を下げて笑う艶葉に、脱力する。

 気丈に腰へ手を当てて、威張ってみる。

「それなら、嫁をもらう夢は叶ったな」

 艶葉の瞳から涙が溢れ出した。ギョッとして、思わず拭ってやる。

「お嫁さんに、してくれるの...?」

 そう上目遣いで見てくる彼女を前にして、肩の荷が降りたように、笑えてきた。
 抱きしめると、ふわりと香る雪椿と暖かさに、雫がひとつ、こぼれ落ちた。





 膝で眠る舜を、撫でてやる。
 外は雪が降っていた。

(この光景も、今日で最後)



 父と母は、この土地の為によくやったと、褒めてくれるだろうか、と、思ったが、首を振った。
 もう、そんなことはどうでもよかった。

 本来、共に生きることなどできるはずのない炎の国の兵士である舜と、永遠に一緒だと考えるだけで、にやけてしまう。



「私、嬉しいの。...あなたはまだ怖がっているのに。ごめんなさい」

 唯一知っている子守唄を、口ずさむ。

 舜が、艶葉の腹側を向くように、寝返りを打った。



***



 その日は、大吹雪で。室内にいても、天候の変わりようがよくわかる日だった。

 舜はもう、吹っ切れたように、艶葉へ笑いかける。握る手は、少し震えていたけれど。


「大丈夫、きっと誰かが起こしてくれる日が来る」

「あまり期待せず、待ってるよ」

 ゆっくり力を込めていくと、雪椿は舜に、青い朝顔は艶葉に、包むように絡んでいく。



「すまない...君たちに任せることしかできない僕らを...許してくれ」

 そう泣きながら言う綿雪に、微笑みかけながら、棺へと横たわる。



 互いの花が棺を覆う頃、暖かな太陽が大地を照らし、穏やかな風が木々を揺らした。

 2人の眠りは、この日から100年、続くことになる。



 『雪の精』と『炎の精』として、崇められ、敬愛されるのだった。


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