6 / 27
序章 悪役侍従の誕生
6話 初恋と断罪
ゴツゴツの硬い脚といい、すごい筋肉量を持っている男だ。
リュンデン公爵家の血は一般人とは違い過ぎて、本当に面白い男だと思う。
まともな成長期がなかったロレティカとは、どこにも似ている所がない。
きっと家庭環境でも、職場でも、全く違う生き方をしてきたはずだ。
「なぁ……。サルクって、呼んでいいか……?」
「今更?」
「話す機会が、なかったろ……」
「そうだね。ロレティカ、口を開けて。話はスープを飲んでからだ」
まるで陛下のような優しい口調だった。
(あぁ。お前もそうだったのか。安らぎを与えてくれる人だったんだな……)
そう思うとまた涙が目尻から溢れていく。
「また泣いてる。どこか痛い?」
「大丈夫……。でも、はじめて……、寒いと思った」
「毛布を持って来るよ。やっと気持ちを教えてくれたね」
「うん……」
頷くと、サルクは匙で掬って唇に当てた。
わずかに開けた口の中にスープを流し込むと、こくりと喉を鳴らして飲み込んだロレティカに、サルクはもう一度ゆっくりとスープを飲ませてくれた。
(温かい。それに嬉しい)
面倒くさがらずにサルクは看病してくれる。
何度も匙で掬って、食べさせてくれる。
「これで最後だよ」
「あり、が……とう……」
「どういたしまして」
お礼を言うと初めて母上以外の笑顔を見た気がした。
暗い地下牢に差す陽だまりを感じて、ロレティカの心臓が大きく動く。
「他にして欲しいことは?」
「……抱きしめて、少しの間で良いから……」
ずっと見せてはいけないと思っていた弱音が口から出る。
「人の、体温が……どんな感じ、か……知りたい……」
「分かった」
どうしてだろう。
父上にもされなかったことを、サルクは平然とやってのけてしまうんだな。
嫌がる素振りくらいしても良いのに、そんな様子を一切見せなくて、むしろロレティカを甘えさせたくて仕方がないように抱きすくめる。
膝に座るように横向きで抱えられて、外套と胸で包み込むように腕を回してくれるサルクに、ロレティカの涙腺が崩壊した。
声は出せなかった。出なかった。
それでも溢れる涙だけでも流したい。
ずっと溜め込んでいた家族への不満も、寂しくて震えていた孤独な心も、熱いくらいの体温に溶かされてロレティカの瞼はうとうとと落ちかけた。
「気付けなくてごめん……」
その呟きを最後にロレティカは泣き疲れて、腕の中で眠りについた。
それから五回ほど、サルクが運ぶスープと、温もりに身体を温められて生きたロレティカは、六回目に目を覚ました時、サルクに抱えられて久しぶりに地上へ上がった。
□ □ □
地上に来て、さらに屋外へ出て下ろされたのは、広場の祭壇前。ラグの敷かれたふわふわの床だった。
左右には王侯貴族と司祭、騎士が等間隔に並び、祭壇を挟んだ向こうには平民がロレティカを睨んでいる。
その視線が少し怖かったけど、死にかけていたロレティカは置かれた状況の方を理解することに努めた。
ぼやける思考で辺りを見渡して、壇上に設置された刑具を見つけると、いきなり大勢の前へ連れ出された理由を知った。
(あぁ、今日で終わるんだ……。どんな刑になるのか気になっていたけど、長引くような火炙りの火刑とか、広間に吊されるだけの晒し刑のどっちかだと思っていたのに、ギロチンを使った斬首刑になるとは思わなかったなぁ……)
確かに斬首刑も極刑に相応しいが、ロレティカは村の多くを燃やして来た。
普通なら火刑に処するのが妥当だと考えていたのだが、まさか一瞬の痛みで終わる斬首刑になるとは思わなかった。
それにずっと気になってはいたが、バレック陛下と父上を含めた王太后側の貴族がいないのも気になる。
確かに『魔王』と謂われるほどロレティカだけが異質ではあったが、刑は一日で終わらせた方が片付けをする側も楽だろうにどうして一緒にしなかったのだろうか。
(まぁ、別に良いか……)
ロレティカにとっては、煩わしいバレック陛下と父上の声がないのは助かる。
ただ、心残りなのは──。
(もう少しだけ、サルクに抱きしめて欲しかったな……)
隣に立つサルクを見上げる。
サルクは今までのような無表情で、祭壇を見つめていた。
壇上ではファウスト前国王に仕えていた宰相がいて、演説のように長い話をしている。
よく頭に入って来ないが、きっとロレティカの罪状を読み上げているのだろう。
もう一度サルクを見ると、視線に気付いたサルクがロレティカを見下ろした。
「どうした?」
「ううん。なんでもない……」
ただ最後の瞬間までサルクの顔を見ていたいけど、サルクは巨体で首が疲れる。
(コイツに抱いている感情は何なんだろう。友情や信仰心とは違う気がする……)
ふとレイリス殿下の隣にいる令嬢に気がついた。
北城で婚約を結んだことはバレック陛下への婚姻報告から知っていた。
見惚れたのはレイリス殿下が先だと、近衛騎士や使用人たちの間で浮世話が流れていた。
未来の王妃は緊張しながらも、断罪の場に参列しているとは、肝が据わっていると言える。
そんな彼女にレイリス殿下が声を掛けていて、ようやっと息がつけたように微笑んでいた。
愛し合っている様子にロレティカは目を逸らす。
令嬢を見ていると羨ましく思った。
(俺も女性だったらサルクと……)
その内心に気付いた。
(あぁそっか。これは、恋愛感情というものだったのか……)
サルクをもう一度見上げる。今度は目に焼き付けるように──。
鴉の羽根のように光沢を纏って煌めく黒髪。
深緑の瞳は草原のように澄んでいて、気持ちを落ち着かせてくれる。
胸がトクトクと僅かに早く鼓動を打ち鳴らした。
やっと辿り着いた答えに、ロレティカはふっと笑って、身体を倒す。
サルクの脚に擦り寄って目を瞑ると、幸せな気分になれた。
(そうか、これが恋なんだ……。俺は好きな人に見守られて死ねるんだな)
独りで死ぬのが恐くて、ファウスト前国王を思い出すと悲しい気持ちばかりだったけど、サルクがいてくれるだけで安らぎに包まれている感じがした。
本当にサルクともっと一緒にいたかったな。
みんなの前で身体を擦り寄ってもサルクは退こうとしないものだから、ロレティカは脚に寄りかかって祭壇に連れ出されるまで温もりを感じていた。
するとギロチンの刃が騎士によって持ち上げられ、紐が張った状態で杭が打たれた。
(これで、最後か──)
サルクと別れることが名残惜しい。
けれど、殺戮を行ったロレティカは、その罪を背負って裁かれないといけない。
身動ぐサルクに起き上がると、捕まった時のように兵士に引きずられて処刑台に移されるのだとばかり思っていたロレティカは、想定外なことにサルクに抱き上げられて名前を呟いていた。
「サ、ルク……?」
サルクは口を閉じたまま口角を上げていた。その口元が震えているのに気付くと、抱き上げる手が冷えていることに気づく。
(俺が処刑されるのを悲しんでくれるのか……?)
そう思うと胸が痛くなって、肩に頭を置く。
サルクの優しさが愛しい。
もっと早く気付けたら、こんな思いをさせずに済んだのに。
こんな別れは望まない。
サルクをこのままにしておきたくはない。
だからロレティカは顔を上げて笑う。
「ありがとう、サルク……。どうか、幸せになって……」
その言葉にサルクの肩が震えた。
ロレティカも死ぬのが怖い。
サルクの幸せを見守れないのが苦しい。
「ごめん……」
そう謝るとちょうど処刑台に着いたようで、サルクは震える手でロレティカの顔を国民の前に晒すように置いた。
怒号が耳に入ってくるのに、もう言葉を理解出来なかった。
色んな音が混ざり合って雑音が聴こえてくる。
小石を持っている民衆の姿に、投げられる覚悟をしていたけれど、サルクが横にそれただけで離れようとしないので、民衆は怒号だけを響かせていた。
本当にあり得ないほど優しさを持つ男に、ロレティカは枯れていなかったらしい涙を頬に伝わせた。
(本当にバカだなぁ……。罪人の俺のことなんか庇うことないのに、側にいるなんて)
それでも嬉しくて涙が溢れる。
悔い無く、全てを終えられそうな気がした。
ようやく苦しかった日々が終わるのだ。
母上に捨てられて、父上に強要されてきた侍従としての人生がやっと終われる。
微笑みを浮かべて目を閉じると首が固定された。
(まさか人生の最後に恋を知るなんて思わなかった)
身じろぐと首元に掛けられたままのペンダントに気付いた。
女神様のことも思い出して、ロレティカは存在するかも分からない神様に願い事をする。
(もし叶うなら、次の人生は──。いや、違うな。もしも同じ人生を歩めるなら、今度はサルクのために生きたい……)
生きて、もう二度とこの男の手を震わせたりしない。
だからどうか、サルクの人生を見守るために、もう一度だけ同じ時間を歩ませて。
もし、本当に女神がいるんだとしたら、願いを聞き入れて欲しい。
(サルクを幸せにしたいんだ──)
やり直しを強く願うロレティカの耳に、瞬間、シャァァと刃物を研ぐ音が聞こえた──。
あなたにおすすめの小説
【第二章完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する
とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。
「隣国以外でお願いします!」
死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。
彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。
いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。
転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。
小説家になろう様にも掲載しております。
※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。
『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―
なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。
――はずだった。
目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。
時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。
愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。
これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。
「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、
年上αの騎士と本物の愛を掴みます。
全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。
記憶を失っている間に推しの婚約者になっていました
由香
BL
事故で記憶を失っていたルカは、ある日突然思い出す。
ここが前世で夢中になっていた恋愛ゲーム世界だということを。
しかも自分は、最推しだった第一王子アルベルトの婚約者になっていた。
甘すぎる距離感。
慣れたように落とされるキス。
そして見え隠れする、王子の重すぎる執着。
忘れていた恋を、もう一度始める貴族学園BL。
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
転生先は、推しの隣
千葉琴音
BL
【呪われた公爵と、転生従者。誰も知らない「真実のルート」へ】
乙女ゲームの推しキャラ、冷徹な公爵クロードの従者として転生したリヒト。孤独な主の最期を書き換えるため、ゲームの知識を駆使して陰謀を阻止していくが、二人の心が通じ合い始めた矢先、リヒトの身に異変が起きる。指先が透け、周囲の人々から存在を忘れられ、世界から「なかったこと」にされ始めた。
主の記憶から自分が消えるのが先か、主が「孤独」の呪いから逃れるのが先か。残された時間はあとわずか。
世界の理(ことわり)に抗う、二人の執念の物語。
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
乙女ゲーの王太子に転生した俺、本命を落とすため悪役令息を先に攻略して振るつもりが本気で惚れてしまった件
黒蜜りんこ
BL
残業帰りに事故死したはずの俺は、姉貴がハマっていた乙女ゲー『王太子の花嫁~ローゼリア学園ロマンス~』の主人公・王太子レオナルドに転生していた。
姉貴がただ一人クリアできなかった本命キャラ・銀髪の貴公子リシャール。彼を落とす邪魔者だった悪役令息アシュレイを、先に攻略して振るゲス計画を立案——のはずが。
噂とは違って、アシュは恐ろしく優しい男だった。怪我した猫を治療し、孤児院に通い、家族には溺愛され、なぜか俺のことだけはずっと気にかけている。
「振るどころか、本気で惚れてるんだが?」
しかも、本命だったはずのリシャールには、何やら不穏な企みがあるらしい——。
ナルシスト王太子×不器用な守護者悪役令息。ゲス計画から始まる、本物の恋とちょっとした国家騒動の物語。ハッピーエンド確約。
『断罪予定の悪役令息ですが、冷酷第一王子にだけ求婚されています』
常陸之介寛浩📚️書籍・本能寺から始める
BL
あらすじ
侯爵家の嫡男ルシアンは、ある日、自分が前世で遊んでいたBLゲームの世界に転生していることに気づく。
しかも役どころは、ヒロインに嫉妬して破滅する“断罪予定の悪役令息”だった。
このまま物語通りに進めば、婚約者候補への嫌がらせや数々の悪行を理由に社交界から追放。家は没落し、自身も悲惨な末路を迎える。
そんな未来を回避するため、ルシアンは決意する。
目立たず、騒がず、誰とも深く関わらず、特に本来の攻略対象である第一王子には絶対に近づかない、と。
けれど、なぜか本来は誰にも心を許さず冷酷無慈悲と恐れられている第一王子アルベールが、ルシアンにだけ異様に執着してくる。
人前では冷ややかなまま。
なのに二人きりになると、まるで逃がすつもりなど最初からないと言わんばかりに距離を詰め、甘く、重く、求婚めいた言葉を囁いてくるのだ。
「君がどれほど逃げようとしても、私だけは君を離さない」
断罪を避けたいだけなのに、王子は人前で彼を庇い、社交界では“第一王子の寵愛を受ける悪役令息”という噂まで広がり始める。
さらに、ルシアンを陥れようとする貴族たち、王位争い、侯爵家に隠された事情まで絡み、物語はゲーム本来の筋書きから大きく外れていって――。
これは、破滅するはずだった悪役令息が、冷酷第一王子のただ一人の執着相手になってしまう、
甘くて重くて逃げられない、宮廷逆転溺愛BL。