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一章

最悪の再会 ②

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 指定されていた6組の教室にやって来ると、クラスメイトたちで室内は騒がしかった。

 みんなの視線は黒板へと注がれていて、誰が入って来たのかを注視する生徒はほとんどいない。

 うわぁ、コレに突っ込まないといけないのかぁ。

 なかなか引きそうにない集団に私は意を決して群れの中に入る。

 そして、黒板に貼られた貼り紙を見ると直ぐに身を翻して集団から抜け出した。

 貼り紙を見て思ったのは、席順が何を元にした順番なのかだった。

 男女の列で分かれてはいるけれど、五十音順ではないのは確かだ。

 それでもあまり気にしないでいられたのは、私の席が一番後ろの、しかも窓側の席だったからだ。

 昼寝には最適な場所で、居眠りをしてもバレない席に私は嬉しくなって心の中でガッツポーズをする。

 ご機嫌で席に着くと、前の席にいた男二人がコソコソと何かを話すと、前席にあぐらをかいて座っていた金髪オールバックを黒のカチューシャで止めた男が、ニコニコと愛想笑いを浮かべながら話し掛けて来た。

「お前が白雪美夜?」

「そうだけど……」

「へぇー。どんなヤンキーが来るかと思ったら、普通だな。可愛いーわ」

「はぁ、どうも」

 いきなり何だろう。

 中学校でも大勢の女子と仲良くしている男子は見かけていたが、私に話しかけてくることはなく、話しかけられても事務的なものだった。

 だから、可愛いって言われたのは嬉しいけど、目立つようなことをしたかと訝しんでしまう。

「俺、榎本えのもとあきらってんの。よろしく」

「えっと、よろしく?」

 手を差し出されて、握り返した方が良いのか少し躊躇った。

 金髪なんて格好からして不良だし、相手がなんのつもりで話しかけて来たか分からなかったから。

 それでも、危害を加えるような悪い人ではなさそうなのだったので、恐る恐るだけど握手はしておいた。

 快活な印象通りブンブンと腕を大きく振って来る不良だったけど、それ以外には何事もなく手は離れた。

 すると、章の後ろ。私から二つ前の席に座っていた茶髪の短髪の男が手を振ってきた。

「俺は碓水うすい柊真とうま。よろしく」

「よろしく」

 手を振り返すと、気さくに笑う柊真。

 章はパっと見でも分かるくらい強面な男らしさがあるけれど、柊真は爽やかで好青年の様な優しい印象を受けた。

 二人とも雰囲気は違うが、整った顔だちは女子たちの視線を集めるようなイケメンだ。

 どうやら二人が話しかけて来たのは、私も疑問に思った席順について、気になる点があったからだったらしい。

「美夜チャンさぁ、先生にコネでもあんの?」

「暴走族の幹部を指しおいて、一番後ろの席だもんな」

 最初に言ってきてのは章。次につけ加えるように言ったのが柊真で、質問の理由を教えてくれた。

「何かの順番じゃない? 私にコネなんてないよ」

「いんや、持ってる。白状せぇ」

 白状せぇって……。

 私の机に肘を置いてより掛かる態勢に苦笑してしまう。

 言い方もだけど、まるで刑事ドラマを参考にしているみたいだ。

「本当だから。強いて言えば、生徒会にお兄ちゃんがいるだけだよ」

「生徒会にお兄ちゃん? 
 美夜チャンは兄妹いんのか、いいなぁ」

 章は顔に出やすいタイプなのか、分かりやすい性格をしているようだ。

 今の羨ましいそうな顔を見るに、きっと一人っ子なんだろう。

「でも生徒会じゃ弱いんだよなぁ。やっぱり先生に直接聞くしかないか」

 考える素振りを見せたあと、柊真に投げかけると、やり取りと聞いていた柊真も頷いた。

「だな。これから美夜って呼び捨てにしてもいい?」

「いいよ、私も章と柊真で呼ばせてもらうから」

「なら仲良くなった暁に連絡先、交換しようよ」

「おぉ、いいな!  交換しよーぜ!!」

「うん!」

 私は携帯を取り出して二人と連絡先を交換すると、章と柊真はこの学校の事情に詳しいのか、色々と教えてくれた。


「しっかし、美夜は俺らみたいな奴を相手でも動じないんだなぁ」

casteカースト1の席にいるだけあるよな」

「……カーストワン?」


 何それ。

 カーストって、あの“地位”のこと? 

 思わず首を傾げると、何も知らない私のことを章は意外そうな表情で見つめてきた。


「なんだ、知らんかったのか?」

「なにを……?」


 聞くと柊真が教えてくれる。


「〈caste〉って言うのは、良くあるカースト制度のことだよ。
 6組の特別コースの集まりに、問題児枠があるだろ?
 暴走族やレディースが集まるこのクラス内で、所属の族が全国とか関東のNo.1とかだったり、立場が総長や副総長のクラスになると、今、美夜が座ってる席に座れるようになるんだよ」

「意味分かるか?」

「……つまり、クラスの──問題児枠の中で最も偉い地位の人がこの席に座るって言うの?」

「そう言うことや!」

「このクラスだけだけどね。
 だから2年生のそこの席は、『赤龍』の総長である來さんが座ってるし。3年生は総長がいないから生徒会役員の白雪愁って人が座ってるな」


 ……この席ってそんな偉い席だったんだ!

 私が隠された席順の意味に呆気にとられていると、自分で言った生徒会役員の名前が、私と同じ苗字をしていることに気付いたのか、章と柊真が眉をひそめた。


「……あれ、“白雪”?」

「──ま、まさか……美夜って白雪愁の妹!?」

「え、あぁうん。そうだよ」


 当たり前のことに頷くと、どうやら愁兄はかなり有名人だったみたいで、章と柊真は目を丸くして口を大きく開けたまま固まっていた。


「でも、なんで愁兄がカースト1になってるの?
 確か『赤龍』の偉い人たちがいたよね?」

「確か……、成績と家柄が関係してるみたいだったような。あと、性格とか」


 人づてなのかな。

 柊真は顎に手を添えて思い出しながら教えてくれた。それは、章も知っているらしい。


「美夜の兄貴って学年首席だろ。しかも生徒会役員で、社長の息子で、文武両道に加えてしっかり者ときた」

「なるほど。肩書きがあるからなのか」

「そう言うこっちゃ」


 深々と頷く章に、前席の柊真もしきりに首を降っていた。


「女なのにカースト1の席にいるのも納得だな」

「美夜はお嬢様だったんかぁ」

「……それで納得しちゃうのはどうかと思うけど」


 それに、私をこの席にした本当の理由は、都内No.1『神鬼』の総長って言う肩書きがあるからなんだろう。

 それを他生徒は知らないだろうけど、愁兄の妹ってことで十分みたいで、『社長令嬢』って云う表向きの理由がある限りは一番後ろにいられるってことだ。

 しばらくすると、クラスメイトたちはそれぞれの集団を作っていて、周辺の席だけじゃなく、全体の席順にも理由がちゃんとあるのは一目瞭然だった。

 前方に優等生が大人しく座り、中間から後方に掛けて不良やギャルなど元気な生徒たちが集められている。

 私と章、柊真の隣りの席が空ているけれど、多分、不良の中でもカースト上位にいるような幹部がやって来るのだろう。

 隣りに座るのがクールな人なら嬉しいんだけど、どんな人が来るんだろう。


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