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第1幕 世界改変

02 異粒子の蔓延~今日は厄日だ

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『第2事象 異粒子
 大気に降り注ぐこの異界からの素粒子は
 人体に拒絶反応を起こす。
 ただしこの異粒子こそ我々が求めていたものである。
 ホークス=シノミヤ』


 不気味な空の色が頭上に広がる。

 蒼い空に紅い雲。

 世界のあらゆる場所に突如発現した有機質建造物は異世界による侵略を象徴し、
 それらの景色は人々の不安と恐れを増大させる。

 高エネルギー研究機構の責任者ホークス博士のこの言葉は
 人の弱った心に伝搬するように、瞬く間にSNSによって世界中に拡散された。


 異粒子をウィルスの一種と解釈した政府は、空から降り注ぐ異粒子サンプルから様々なワクチンの開発に乗り出す。


――――――――――――――――
 
 ブラッドマンデーから4ヶ月後・・・・


 俺はとある施設でパジャマ姿となり、まだ普及される前の実験段階の薬が投与されていく点滴を見つめる。

 ベットの上で寝て過ごすだけでお金が入るというバイト、
 「治験」である。

 未成年が対象になる事はほとんどないのだがネットサーフィンしている時に偶然みつけられたものに応募したのだ。

「でもよお、4日間通うだけで40万円なんてホント破格だよな」

「まあその分安全性度外視しているだろうけど」

「なんか噂だとマウスに実験しただけでいきなり治験に入ってるらしいですよ」

「うわ、マジかよ」

 同年代の男子 が1グループ3人の部屋で俺たちは話をしていた。
 同じ高校に通う生徒たちだ。

 特に面識があったワケではなかったがこの治験で相部屋となり意気投合した形だ。

 柔道部のバリバリ体育会系の郷野 武志ごうの たけし
 ベット脇に大量のマンガや携帯ゲーム機をそろえる有田 遊ありた ゆう
 そして経済新聞と科学専門書を広げる俺、悠希遥架 ゆうき はるかの三人だ。

 すでに4日目最終日となった今日は退院を目前にしている。

「俺はこのバイト代でウマイものいっぱい食べてあとは貯金するんだけどよ、お前らは何に遣うんだ?」

「20万なんてはした金、あっという間にフィギュアやグッズで消費しますよ」

「おい郷野、貯金だけはやめとけ。経済が滅茶苦茶で金の価値下がりまくってくんだから」


「じゃあそういうおまえは何に使うだよ、悠希」

「まあ当面の食費で消えるだろうな。仕送り少ない所に物価が滅茶苦茶上がってきてたからな」

 これまでカップラーメンが150円で買えたのに今ではひとつ1200円になってしまったのだ。
 恐るべきハイパーインフレ。

「・・・・苦学生してるんだなおまえ」
「本当はスイス行って例の研究所を見てきたかったんだけどな」

「ブラッドマンデーを起こした所か?あそこに何があるって言うんだよ。今じゃただの爆撃されたクレーター跡だろ?」

「何って、この世界をぶっ壊した中心地だろ?天才ホークス博士がなんでこんな事をしたのか気にならないのか?」

「そんなの頭のイカれたマッドサイエンティストの自分勝手な暴走でしょう? でなきゃ単なるテロリストですよ。まったく、こんな世の中にして。おかげで新作アニメが制作されなくなったんですよ・・ブツブツ」

「この先さらに生きてくのが大変になるんだから海外旅行とかはもうムリだろ。俺もいつ中毒症状が発症するかわからねえから貯金はやめておくか」

 これが今の10代男子高校生の一般的な感覚だ。

 俺はこのつまらない世界が滅びようが気にしないのだが、希代の天才科学者が一体なぜこんな事象を起こして、そしてこの先に何を見据えていたのかを知りたかった。

「そうだな、俺は科学が好きだったからちょっと気になってただけだ」


 そんな雑談をしていると点滴の交換をしにきた係りの人が入ってきた。

「では最後の投薬に入ります。これがなくなれば検査をして解散となります。うふふ、皆さんよろしくお願いしますね」

 あれ?たしかさっきので最後って言ってなかったっけ。
 というかこの人はじめて見る人だな。
 なんか笑い顔が気持ち悪い人だ。。。

 あれ、なんか・・・眠くなってきた・・・。

『君の適正値は特に素晴らしいのでオマケにもうひとつ追加しますね。うふふ』


――――――――――――――――――――


 大統領の発表からたった数日にも関わらず世界中の製薬会社が特需と見込んで抗体薬の大量生産に入った。
 日本でも国家緊急予算が制定されて多額の補助金が市場に投入される。

 それでも薬剤の供給は足りず
 国の規制緩和を待たず製薬に関係ない他企業までもが抗体薬や薬剤に当たらない中和剤の生産ラインに設備投資を始めた。

 しかし異粒子による中毒死者数は上昇を続け、日本では数千万人の発症者と数万人の死者が出ていた。
 ブラッドマンデーのあとからはまるで戦時中や震災時のように、社会インフラは大打撃を受け教育機関も半壊した状態だった。

 もともと日々の生活に無気力であったし優等生ではなかったからむしろ学校が休みやすくなってラッキーに思えたくらいだ。

 俺は高校をサボりがちで学校に優先配給されていた抗体薬をいつももらい損なっていた。

「さすがに支給日に行かないのはまずいよなあ」

 と思いながらネットで見つけた治験バイト、その参加条件は

・他社の抗体薬及び中和剤をほとんど投与していない者

 とされていた。
 薬の配給が始まりすでに数ヶ月たっていたがずっと投薬せずも体に不調はなかった。

 どうやら発症には個人差があるようで、異粒子を吸い込んでも今のところ問題はないしむしろ普段よりも元気な気がするくらいだ。

 独り暮らしの生活費が当面の悩みだったのは物価が信じられないくらい上がってたからだ。
 戦時中はインフレになるって本当なんだな、と高給に惹かれてこのバイトを申し込んだ。


 そんなこんなで治験が終わり、サンプルの抗体薬もいくつかもらったので転売でもしようかなと考えながら家路にむかった。

――――――――――――――――――――


「お願いします、薬を譲ってくださいませんか」

 薬が支給される区民館の近くまでくると、道行く人たちに声をかける少女がいた。

 制服を着た細身の体形に、髪を小さくふたつに縛った可愛らしいコが
 泣きそうな顔で懇願している様子だった。


「家族が危篤状態なんです」

 こういった姿は最近よく見る光景だった。

 異粒子に拒絶反応を起こすと、昏睡し死に至る確率が高い。
 抗体薬や中和剤が大量に必要になるため支給された分では足りなくなるのだ。

 そしてこういった世の中の混乱に乗じて必ず現れる輩が彼女に声をかけてきた。

「ちょっと高くつくけど特別な薬を譲ってあげようか?」

「あ・・・ありがとうございます!
 病状のひどい姉がいて支給される分では治まらないんです。
 これでどうかお願いします」

 少女の手には紙幣と硬貨が溢れるほどに盛られていた。

 大した額であった。が、その価値は日に日に薄れていき今ではどこまでの価値に落ちているかわからないものでもあった。

「んーこれじゃ足りないなあ。他でもっと高く買ってくれる人がいるんだよねー」
「そうそう、別に俺たちは誰に売ったていいんだけどこんな額じゃおれたちが自分で使った方が長生きできるんだよ」

「そんな・・・あの、どうしたら薬を・・・譲ってもらえますか?」

「んー、すぐそこに俺たちの家があるからちょっと上がってきなよ」
「ケヒヒ。一緒に気持ちいい事して、そしたら薬を譲ってあげるよ」

 薬が裏ルートで流通するようになってからこういった交渉が多くなってきた。
 紙幣が価値を落とすと物々交換のような別の対価の方が好まれるようになる。
 だが交換に利用される薬は大抵粗悪品で病状を悪化させることもある。

 この異粒子という存在は平和だった日本の倫理観を崩し、さらに都市部では「第二の事象」を避け地方に逃げる形で人口も激減していった。


「わ・・・わかりました。家に、ついていきます」

 苦渋の選択といった形で少女は口をかみしていた。

「いま合意したよね!?よっしゃー。ねえ君いくつなの?」
「じゅ・・・15歳です」

「うっひょー、中学生?高校生かな?
 合意の上で未成年と一線越えられるなんて良い世の中になったぜ。
「ホークス博士様々だなー」

 今や世界の現状は全てホークス博士が戦犯だとされていたが
 恨むものもいればこうして世界の転覆を喜ぶ者もいる。

 ゲスびた二人が少女の手をとって彼らの自分勝手な欲求を満たそうと強引に連れ出そうとする。

「ちなみに家にはまだ他にオトナがいるけどさ、ロリコンのヤツはまあそんなに多くないから」

「そうそう、俺たちくらいだよな、貧乳が正義なんて考えてるの。
 あ、3人くらいは女ならなんでもいいってやつがいたか」

「ケヒヒ、みんなで楽しもうぜー。」

 うつむいていた少女の顔から血の気が引きその場に立ちすくんでしまった。





「あの、やっぱり・・・・ごめんなさい。
 わたし帰り・・・ます」

「えー!なにいってんのもう離さないよ。
 ほらこれ薬ね。
 ハイ契約は締結されましたー。
 お姉さんがヤバいんだから必要なんでしょー?」

 人通りが少ないが人がいないわけではない。
 だが道行く人は、見慣れた状況として通りすぎていく。
 警察は動いているものの、日本中で起きている混乱に全く対処しきれていない状況だ。

 もちろんオレも手出しすることはなく、
 ただこの状況を見ているだけだ。

 人の不幸が世界中で蔓延しいるなか、少女ひとりの災難になんてまるで興味がない。
 助かろうが助からまいがどちらでもいい。他人ごとだ。


 ・・・・・・。

 まあ貰い物なんだし別にコレあげてもいいんだけどな。


 と・・・気づいたら少女を掴んでいた男の腕を掴み、払い落としていた。

 まあいいか、このまま事を進めてしまおう。ポケットに入れていた抗体薬を取り出す。

 少女に持たされた薬を奪いとり男の胸元ポケットに入れて返してやった。

「貰った薬は返して、と。
 はい、俺に支給されたこの薬あげるから、コレもって帰りな」

 目を丸くしている少女だが、こういう輩に理屈は通らないものだ。

「なんだテメーは!!」

 威嚇を込めて怒鳴ってくる男に俺は無視を決め込んだ。
 話が通じるワケはないしこの少女には逃げてもらうしかない。

 ・・・・・と思っていたがそううまくは行かなかった。

 ゴッ!

 突然後頭部に衝撃が入り目の前の景色が飛んだ。

 しばらくの間、目が回る。
 いつのまにか頬を地面に擦り付けた状態でいた。

 顔を上に向けると二人のうちの一人が金属バットを振り抜いたフォームでいる。

 「テメー出しゃばってくるんじゃねーよ!!」

 おいおいいきなり躊躇なしかよ。
 いくら治安が悪くなったとはいえ人殴るのに手加減くらいするだろ。

 後遺症残したらどうするんだよ。
 あ、傷害罪とか賠償とか今の日本じゃ機能しないの・・・か

 ・・・・・・。

 薄れゆく意識の中で少女の手を背中に感じた。
 オレの事なんか気にしないで早く家族のところに帰ればいいのに。
 オレの事気にかけたってしょうがないだろ。

 男たちは倒れたオレの体に追い討ちをかける形で踏みつけ少女の腕をまた掴みあげる。

「ケヒヒヒ、正義のヒーローのつもりだったか?残念だがこのコは頂いていくぜえ!!」

 俺はなんとか起き上がろうとしてみた。
 後頭部を全力で殴られて、まだ意識がハッキリしている事に違和感を覚える。
 
 即死に至る事もある打撃だったにもかかわらずゾンビのように体を起こす俺に男共が驚いた。

 バット男はその獲物を高く持ち上げ、そして振り落とす。打点はちょうど同じくオレの後頭部だ。


「二度と起きれなくしてやる!」

 ガゴっ!!


 少女ひとりすら助けられなかったか・・・まあいい。

 力のないオレにできることなんて、

 こんなもんだ。

 ゴン!

 さらに3度目の衝撃。
 今度はもう視界が完全に暗闇となった。


-------


『キミおもしろいなー。
 弱っちいクセに何で首つっこむの~?
 もしかしてバカなのかな~?』

 俺の体はピクつきながらも耳は聞こえた。
 倒れているオレの背中に向かって誰かがしゃべりだしている。
 暴漢どもではない別のヤツのようだ。

「誰だオマエ!」
『あ、気にしないで~、すぐ退散するよ~』

 しばらくすると首筋の脊髄に何かを射たれたように激痛が走った。

『薬が馴染むにはまだ早いけど、もう覚醒させちゃうね。
 君の適正なら大丈夫そうだし』

 無抵抗な小動物に実験ごっこをする子供のように注射が刺された。

「邪魔するなチビが!」

 その後、体が激しく痙攣した。
 真っ暗だった視界が赤く染まりだす。

 全身の血が逆流するかのように血管が暴れだして痒みや激痛や高温と共に体中を巡る。
 視界が戻った時には、見える景色はすべて歪み、視界は赤く染まっていた。

 ―――そして、世界は静止しているように静寂に包まれていた―――


 俺は無意識のうちに立ち上がっていて、肩を大きく上下させながらとてつもなくゆっくりと呼吸をしている。

 体中が熱い。だが呼吸する度になぜか全身の傷みが急激に治まっていく。

 もっと大きく激しく呼吸しようとするがまるで俺は水の中にいるようにうまく呼吸ができない。
 なんなんだ?この感覚は・・・・。

 落ち着いてまわりを見渡すとバットを今にも振り下ろそうとしていた男の姿が目の前に立っていた。

 なんだよ、こいつらまだここにいたのか。
 とっくにこの場を去っていて、俺だけが長い間倒れていたのかと思った。

 どうやら倒れてまだしばらくしか時間が経っていないようだ。

 体が信じられないほど重い。
 腕を持ち上げるのもとてつもない力が必要なくらいだ。


 それにしても金属バット男はいつまで腕を上げて呆けてるつもりだ。

 周りの奴らも呆けてる。
 いや、どうやら道行く人までも動きを止めている。
 あの女の子も。

 まるでいま俺は夢の中にでもいるような気分と浮遊感。
 俺はなんとか体を動かしてみた。

 どうやら体が重いのはなく、体の動きが鈍くなっているようだ。
 まるで空間そのものが固くて動けない状態。
 なんとか腕をあげた所で頭上に向かってきていたバットを押しのけた。

 次の瞬間、突然呼吸が元に戻る。

・・・・・・!!

 止まっていたような時間も急に元通りに動き出した。
 男が手に持っていたバットは・・・・
 俺の押しのけた衝撃でなぜか信じられないくらい高く吹き飛んでいってしまった。


「うわっ・・・・て、てめーまだ立てんのか! いま何しやがった!」

 凍り付いていたような静寂な空間は解かれて、喧噪の音が耳に戻る。


 まるでなにかの映画にあった演出だ、止まっていた時間が‥‥急に元に戻る時のような。


 バット男は二本目のバットを背中から取り出した。

 おまえ・・・・、いつもそんなにバット持ち歩いてるんか。


 男は大きく構えてまた頭部を狙ってきた。

 スっと今度はしゃがんでかわす。


「くっ、しぶてーヤローだなコイツ!」

 なんだか体が軽い。スムーズに早く動く。
 不思議ともうこいつに殴られることで死ぬことはないだろうという感覚になった。

 血が相変わらずドクドクと出続けているが状況を整理させる事にした。
 少女に向かって声をかける。

「ねえそこの君さ、オレのことはいいから早くここから去ってもらえる?
 君が無事な距離とれたらオレも逃げるから」

 ずっと涙目でこちらをみていた少女に伝えた。
 でも混乱しているせいか動こうとしてくれない。

「君がここに残っても出来ることは何もないと思うよ。
 むしろいなくなってくれた方が俺が取れる選択肢は増えるんだよ――」

 ゴッ!!

 また後頭部を殴られた。これで4発。
 腕だけの本当に下手くそな振りだ。野球素人が。
 腰がまったく入ってなくて見ててムカつく。

「逃がすかアホ!てめーの薬もぶんどってあの女も連れて帰るわ」

 いい加減我慢できなくなってきたので殴り返してやった。

 ゴッッ ッ!

「ぐへええええ」

 そしたら思いのほかバットヤローが転げていった。
 一瞬また時間の流れが遅くなったようにも思えた。
 暴力なんて普段振るわないんだが、人間ってこんな軽いものだったっけ。

「てめーー!」

 するともうひとりの男までもがバットを取り出して迫ってきた。
 なんかこのあたりはバットがやけに多く所持されてるんだな。

――――――――――――

 ・・・・すると突然、

 事態が、なんの前触れもなく急変した。

 青暗かった空がさらに深い蒼色に染まる。

 遠くでそびえ立つ漆黒の塔が振動をしている事を感じ取れる。


「な・・・なんだ?」

 フラッシュがたかれたような光と雷鳴が何度か起きたあと、
 目の前に突然、黄色く光る獣が帯電状態で立っていた。

 それは馬のような立ち姿だが体には地球生物とは思えない体表面質感と複雑に入り組んだ筋肉造形、そして甲殻質を合わせ持つ生物だった。
 タテガミが金色に輝き、まるで幻想生物の麒麟を彷彿とさせる姿だ。

 区役所前に「異様」としか言い表せない獣が突然現れたため、周りにいたヤジウマ達が散開して逃げ出す。

 ・・・・あ~
 なんか大変なことが目の前で次々と起こる・・・

 あれか、もしかして今日は厄日ってやつなのか?


 その動物は突然閃光を発して姿を消し・・・・

 光がおさまった時に、男は金属バットを地面に落とし

 片腕は四足獣によって半身ごと奪われた姿で立ちすくんでいた。


「うわああ、ああああぁぁ!」
「わわわ、おまえ、う、腕がなくなってるぞ!!」

 この地球上では決して見たことのない動物。

 異次元断層、異粒子汚染につづく第三の事象、異生物転移。

その存在が目の前に現れた。


『君はこれで異粒子エネルギー適合者となった。でもチンピラなんかよりもっとタチの悪い獣相手に君はどう行動するのかな?
 ウフフ、楽しみにしてるよ~』


 ちなみに本日この件で一番の災難者はバット男その1の彼であった。
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