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第7幕 悠久へと架ける希望

44 エピローグ

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 俺の放った次元断層によって臣級は完全にその姿を消したようだった。
 周囲にいた上級、下級異生物の何体かも臣級に吊られるように異世界へと飛び込んでいった。
 残った群衆異生物は散開したものも多いが、警察と軍、そしてトーラス私兵がその討伐にかかっているそうだ。

 虚層塔のエネルギーは相当に消費している事から、おそらく推測ではあるが世界中で起きる終末大転移の頻度は下がるだろうという見込みである。

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 あのあとから俺は意識を失っていた。

 目が覚めるとそこは観咲家の寝室だった。

 またしても気を失ったかと自分に呆れてしまうが、ここは見慣れた部屋だ。
 はじめて花凜ちゃんと出会い、救ったあの日と同じ目覚め。
 そして花凜ちゃんを失ったあの夜と同じ部屋。

 でも俺は、この家を・・・・あの二人の生活を守ることができた。

 わざわざ確認するまでもない。
 台所からはトントントンと軽快な包丁の音、美味しそうな香り。
 配膳でドタバタと駆け回る彼女の元気な声。

 俺は体を起こして、障子の隙間から差し込む光を体に受けた。

「あ!遥架兄ちゃん起きたみたいだよ~」
 騒がしく廊下を走る数人の子供達の声がした。

「ごはんもう食べていいよね~」
「ちゃんと連れてきたらね、遥架くん~、起きてこれる~?」

 結奈さんの声だ。
 というかこの賑やかさはなんだ?
 人の気配がやけに多い。

 障子を開けたのはネオズ教団の少年少女たちであった。
「兄ちゃんが起きて揃わないと食べれないんだから起きてー」
「いこうよはやくー」

 布団から腕を引っ張られながら連れていかれようとする。

 その向こうに如月さんがいた。
「具合は大丈夫そうだな」
「これはどういう状況なのか説明を求めていいか?」

「施設から連れ出された教団の子供達を我々警察が保護しているのだ。だがいつまでも署においても・・・・ということで観咲家が受け入れてくれたのだよ」

「いくらなんでもこの数を面倒見切れないだろ。託児所じゃないんだから」

「俺達ちゃんとお手伝いしてるんだぜ?」
「あなたみたいにグータラ昼まで眠ってないんだから」

 そういいつつも結構な力で引き起こされる。
 そういえばコイツら適合者だ。
 異粒子の身体強化を何気なく使うんじゃない。

「わかった、自分で歩けるから。それより教団の大人達はどうなったんだ?」

「・・・・あの場にいた大人のほとんどは適合者ではありません」

 部屋を出ると廊下に一人の少女がピンとした姿勢で立っていた。
 教団の教主だった香音かのんだ。

「無事だったんだな」
「はい、おかげさまで。エレメンタルアーツの力があそこまで大きいものとは思っていませんでした。」

「ギアーズ達の目的とは違う無茶な使用法だったからな。大人達の勝手な思想に付き合わされてお前も大変だったな」

「教団の適合者含めてあの場で散った者も多く、幹部達も新しい動きに向けて去っていきました」

 あれから白スーツの博賀を見かけたものはいないとの事だ。
 まあ害をなしてくることはないだろうな、なんとなくだが。

「何かあれば如月さんが親身になってくれる、俺に出来ることがあれば頼ってくれていいからな」

「ありがとうございます。じゃあ、頼りにさせてもらいますね・・・・は、遥架兄さん」

 他の子達と同じように香音は俺を兄呼びにした。
 しかしその顔はみるみる真っ赤に染まっていき、見てるこっちまで赤くなってしまいそうになる。

 俺は気遣いのつもりで彼女の頭に手をポンと置き、そのまま廊下を進んでいった。

 台所を通ると観咲姉妹が忙しげにしているのが見える。

「おはようございます、結奈さん、花凛ちゃん」

「おはよう」
「おはよう!遥架くん!」

 いつもの、まるで何事もなかったかのように俺たちは朝の挨拶を交わした。

「ここで顔を洗っていいわよ。はいタオル」
「お昼には少し早いけど、朝ごはんも兼ねてるからいっぱい作ったの!モリモリ食べてね!」

 お互いに伝えたい気持ち、言葉はいっぱいある。
 けれどこの日常を送れている事が、何よりも嬉しくて俺たちにとって幸せな事なのだ。

 だから今は何も言わず、この喧騒をただ楽しもうという事、それを三人ともわかっているかのように、心の中で通じあってそして微笑みあった。

「ふふ、はい。じゃあこれ、食卓にもっていってくれる?」
「お安いご用です」

 山盛りのご飯がのった茶碗群をお盆に乗せてお茶の間に向かった。
 まじですごい量だな。
 食べ盛りの子供が揃ってるとはいえひとつひとつが圧巻の大盛ご飯だ。

 落とさないようにバランスをとりながらお茶の間に入ると見慣れた者が行儀良く揃っている。

 エヴァと古ヶ崎。
「お前達も来てたのか」

「んふふーもちろんだよー。早く食べようー」

「遥架君がそろそろ起きるタイミングだと見計らって来たの。そしたらまあ、ご相伴に預かる事にしたわ」

 俺の回復タイミングまでもう見計らえるようになっているのか・・・・恐れ入る。

「ひとまずエヴァ、飯の時には血生臭い話はなるべく控えるんだぞ?」

「わかってるよー。トーラスはこれからも悠希遥架と提携してくんだから。あとでじっくり話すとして、早く頂こうー」

「お兄ちゃん、はやくお茶碗をこっちに回しておくれ、オイラ餓死しちゃうよ」

 教団だったガキどもも集まりだし、我よ我よとお盆のごはんを取っていく。
 子供だけで10人くらいはいるぞ。
 ここの台所事情は大丈夫なのか?

「はーい、こっちからも取って回してってねー」
 後ろから花凛ちゃんが追加の山盛りお茶碗を持ってきた。
 どうやら支給品の余剰が多いところに警察からの子供達向け補助が大量に送られているそうだ。

「まだ台所にいっぱいあるから遠慮なく食べてね。特に遙架君ね!」
「疲れたあとには美味しいものをいっぱい食べて元気になろうね!みんな手をあわせてー、ハイ」

「「「「いただきまーす」」」」


「うめーーー!お姉ちゃんの料理ホントにうめーー」
「できたてでおいしー」
「香音、ほらこれもウマイぞ、これも」
「え、そんなに一気に食べられないって」
「あーそれ俺のー」
「ホラあんた、こっちにもあるから」

 お昼の少し前の時間、眩しい日差しが庭の草をキラキラと輝かせ、照り返した光が部屋の床や天井を明るく照らし、とてつもなく騒がしい食卓のひとときが繰り広げられていた。
 まるで世界の事などココでは何も関係ないかのような賑やかさだ。

 たとえ世界が異界化しても、大切なものを見つけ、一生懸命に生きていく事が出来れば、どこにでも幸せは得られるのだろう。
 ホークスの想い描く未来など分かり得はしないが、守るものがあるのはどんな世界でも変わらない。


 ・・・・いや、それにしても騒がしすぎるな。
 古雅崎もこんな喧噪はイヤなんじゃないのか?
 俺は気にせずに食べ続けているが隣に座る彼女を見てみると、食事をとりつつも子供達をジっと見つめていた。

「古雅崎。どうした、やかましすぎたか?」
「いえ、子供達がこんなに集まってくれるのは良いわねって思ってたの。ねえ、遥架君。私に何人の子供を作ってくれるかしら」

「ぐほっ!!」
 ついむせてしまった・・・・。
 そういえば前にそんな約束を取り付けられて、先送りにしていた事があったな。
 すっかり忘れてたというか、忘れようと努めていたな。

「私この雰囲気がわりと好きみたい。そうね、ここにいるくらいの人数は欲しいわ」
「まて、お前は確かに俺にとっての恩人だがそれとこれとは話が違う・・・・っていうかここに何人いると思ってるんだ」

「重く考えないでいいのよ。種さえくれれば、花凛ちゃんと結婚してもいいのよ」
「お前はまた俺を種馬扱いか。・・・・まて、なぜ花凛ちゃんがそこで出てくる?」

「え?遥架くん私と結婚してくれるの?」
「いやちが・・・・え?花凛ちゃん?」

「てっきりお姉ちゃんの事好きになると思ってた。わあ、嬉しいなあ!」
「ちょっとまって。ん?えーとね」
「あら?遥架くん私じゃなくて花凛狙いだったの?そっかあ、お姉さん残念だわー」

「結奈さんまでなにを?話を複雑にしないでください。って、それ絶対面白がってますよね」

 結奈さんはとても嬉しそうな顔をして笑いを隠しているようだった。

 うしろからも突っ込みが入る。
「なんだー?姉妹婚に現地妻ってか」

 庭先からまた新しく人が入ってきた。今度はなんだ・・・・斎藤譲治さんだ。

「ははは、さすがS級は一味違うじゃねーかーよ。こんな綺麗なコたちに囲まれるなんてよ」
「・・・・斎藤さん、もう話をややこしくしないでください」

 さらに後ろから別の団体もやってきた。
「やあ、皆さんお邪魔しますね」

 今度は警視庁の染井警視だ。次から次へと・・・・。
 なんで兵器開発してる理研企業の傭兵と警視庁幹部が一緒に歩いて来てるんだよ。

「トーラスとは今後共同研究、共同態勢をとる事になったんだよ」
「異粒子適合した工作員を俺が指導する事になった。傭兵が一転して国家警察。大出世だな、ハハハハ」

 染井警視はあれから始末書を書くのがとても大変だと言う。
 あの日、有明に多数の工作員を派遣したり軍と提携したりと、相当無茶な根回しをしていたようだ。
 新宿に落ちる核弾頭を止めた立役者でもあるのに目のクマがひどい。

「あとこの家の人達への食材の追加と、悠希君に調書を書くの手伝ってもらおうと思ってね」
 染井警視は俺の目の前に書類を広げてココでも仕事を始めだす。
 事の詳細を確認したいそうだ。

 そして後ろからゴソっとスーツ姿の部下達が積荷を運び込みながら、10数人単位で増えだした。


 居間ではガキ達が騒ぎ、庭は厳つい大人達で溢れる。

 世界の黄昏は過ぎて暁を迎え、そんな様子など全く感じさせない高くまぶしく太陽が、この賑やかな家を暖かく照らす。

 そして俺の隣には大切な人たちがずっと、いつまでも笑ってくれていた。


 完


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 次ページは、あとがきとなります。
 この物語にお付き合い頂き、どうもありがとうございました。
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