やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや

文字の大きさ
41 / 60
レイノルズ邸の悪魔

王宮の公爵令嬢

しおりを挟む
レイノルズ翁は、悪魔を飼っている。
その悪魔は、この国を破滅に導こうといつでもあらゆる手練手管を使って、すべての者につけこんでくる。
その悪魔は悪鬼、魔性となって襲いかかる。
優しい声音で破滅を呼ぶ。悪魔には誠実さも真心もない。
レイノルズ邸の悪魔には、気をつけなくてはならない。
その悪魔の名前は……




「アイリス様、レイノルズ公爵様がお目通り願いたいとのことでございます」
歴史の授業の課題の途中、私が年表と格闘しているとき、トリスが入ってきて深々と頭をさげた。
「ええ、お願い」
私の答えを待って、トリスは再び足音もなく奥へさがった。

「トリスタンはいつみても優雅だわ…」
ちょっと退屈してきていたのか、クロードの妹姫、ペルシュが鉛筆をくるくる回して言った。

その鉛筆をとりあげて、姉姫のアリエッタがため息をつく。
「行儀がわるいわペルシュ、ルーファス様がこれからいらっしゃるのに。みられたらがっかりよ」
「あら、私は平気よ、公爵なんて好かれたいとおもってないもの、お姉さまみたいにガツガツしてないし」

そう言って姉姫のもっていた鉛筆を無理やりうばいかえした。
「誰がガツガツしてるですって!」

この二人は寄ると触るとこうして言い合いになる。しばらく静観していたものの、このままではルーファスが来た頃にはとりかえしのつかない掴み合いが起きてしまいそうだ。

こほん、とひとつ咳払いをし、
「トリス、お茶の用意をお願い」
と、トリスを呼んだ。

二人は一瞬固まってから、トリスがでてくるまでの間に乱れた服や髪を直して、椅子をひいて座り直した。

この二人はトリスのことを、孤独で規律に厳しいけれど、優雅な独身の職業婦人と思っていて、いつかあんなふうに働きたいらしい。

残念ながら多分王女をメイドに雇う家なんてないと思うけれど。



トリスのことは、早々にロマンチック好きの王妃さまからこの姫君たちに、かなり過剰な演出つきで伝わった。

もはや二人のなかでは、トリスは失われた大陸の鍵を握る王女か、あるいは亡くなったダイヤモンド王の行方不明の娘とかそういうものになっているようで、私の知っている実際のトリスとは、かなりイメージがちがっているみたいなのだ。


「いつか正体がばれて、がっかりさせるんじゃないかしら」
わたしがそう言うと、
「勝手に盛り上がって勝手にがっかりしないでほしいなあ」
と、トリスはいつも言っている。


「トリスがお嫁に行ったら、お二人はどうされるんです?」
私がこの王宮にきて3年が過ぎ、私は16、トリスは19になった。

この国の19は適齢期を少々出てしまっているのだけれど、トリスはこの3年で見た目も身のこなしも素晴らしく成長して、王宮にあがる行儀見習いの貴族令嬢にひけをとらないほどになり、見初めた出入りの商家や、なんと貴族からも私のところへ紹介して欲しいとお嫁入りの話が、次々にきている。
私もルーファスも、良い縁談があれば是非と思うけど、今のところ本人にその気がないようだ。

「あら、だってトリスタンは待っているのよ」
ペルシュは唇をとがらせた。
「ばかね、ルーファス様は違うっていってたわよ?」
アリエッタも同じような表情をした。
二人が言っているのは、トリスには誰か想うひとがいるのではないのか、ということだ。


私はトリスが、もしかしたらオックスを待っているのでは、と思うことがある。
でも、オックスはあれきり三年も会っていないのだ。
時折公爵邸を訪れてはいるものの、ルーファスと仕事の話しかしていないみたいだし、トリスのことどころか私との約束さえ忘れているのでは、と思うことさえある。

あの日オックスが言った通り、レンブラントの身元がわかれば戻ってこれるのかしら、とも思うけれどおじいさまの態度からしてそれも難しくなってしまって。
今の私に、レイノルズ邸へできることはとても少なくなってしまっていた。

しかし、あのときオックスの手紙にあった
『公爵と相続人が危険』
という言葉が、いつでも抜けない刺みたいに私を苛んでいた。

公爵邸から離れてしまったうえ、こんなに時間がたってしまった。なんとかしなくてはならないのに、私はなにもできない。




「レディ・レイノルズ!」


二人の姫の声に、はっと我にかえった。慌てた拍子に持っていた鉛筆を転がして床へおとしてしまう。

「大丈夫?疲れたのかな」
拾うためにしゃがんだ背中は、緋色に近い赤毛をきれいにとかしつけたルーファスのものだ。
「はい」
机のうえにある歴史の年表のうえに、鉛筆をおいた。

「ああ、ジゼリア戦記のあたりだね」
有名な英雄譚の名前をあげて、ルーファスがそっと一部分を指した。
「ここのあたりから物語がはじまるのかな」

それを聞いてアリエッタが、まあ、と声をあげてルーファスにとびついた。
「どのあたりでしょう?」
ペルシュも年表を覗きこみにくる。
「あれって本当にあったことですの?」


流石ルーファスだわ、と私は感心しながら2人の姫君が年表を完成させるのをみていた。先ほどまでは私一人が格闘していて、姫君たちはあまり身がはいらない様子だったのに。
メロドラマティックで有名な英雄譚の名前をだされて、二人のやる気が俄然わいたらしい。まあ、アリエッタはルーファスにいいところを見せたいだけかもしれないけど。

とにかく、年表は完成し、あとで私と三人で歴史の教師まで提出しましょ、ということで姫君ふたりはルーファスに丁寧に礼を言って、休憩にかけだしていった。





「ごめんね、勉強があるのに」
ルーファスは申し訳なさそうに言ってから、さっきまで姫君がすわっていた椅子へ腰をおろした。
「いいえ。…なにかありましたの?」
ルーファスは片足を立てて座り、顔を伏せた。こんなふうに行儀の悪い座り方をするようなことは、ルーファスにはとても珍しい。

「クララベル男爵令嬢を王宮に上げるから、後ろ楯をしてくれないかと、御大から手紙がきたよ」
ええ、と私が頷くと、ルーファスはふかぶかとため息をついて頭をかかえた。

何時もは頼りになる相談役であるおじいさまが、レンブラントには何故、ああも唯々諾々と従うのかとても不自然で、ルーファスも無下に突っぱねられずにいるようだ。

それから、蟀谷あたりをおさえては揉みほぐし、意を決したように私の方をみた。
鳶色の瞳が、日の光を反射して琥珀色にみえる。

「バルトが死んだよ。毒を食べたんだ」

その琥珀色は怒りと哀しみで、燃えるように揺らめいていた。
























しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

【完結済】悪役令嬢の妹様

ファンタジー
 星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。  そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。  ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。  やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。  ―――アイシアお姉様は私が守る!  最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する! ※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>  既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

処理中です...