22 / 81
夢現
1
季節はあっという間に移ろいゆき、すっかり半袖が似合う時期になった。大学生の夏休みは随分と長い。その分、バイトやサークルに精を出したり、普段は行けない海外旅行に出かけて羽を伸ばしたり、実家に帰省したり、充実した時間を過ごす学生がほとんどだ。
(つまらない……)
僕のように、狭いワンルームの片隅でスマホと睨めっこしている学生なんて滅多にいないだろう。だって、しかたない。実家すらない僕には、どこにも行く宛てなどないのだ。
ここまで育ててくれた祖父母は健在だ。優しい彼らは僕が顔を出すと分かったら、いそいそともてなす準備をするだろう。けれど、この暑さの中、わざわざ僕なんかのために無茶させるのは心苦しい。今年は帰ってくるのか、と電話で聞かれたけれど、バイトが忙しくて難しいと嘘をついて誤魔化した。
夏真っ盛りということは、suiだって大忙し。あんなに僕に構う時間を作れていたのが珍しいほど、元々多忙を極めるトップアイドルなのだ。絶賛全国ツアー中の彼は、毎週のように地方を回っている。こっちに帰ってきても、テレビ番組の収録や雑誌の撮影を行っているというのだから、体がいくつあっても足りないだろう。
家主のいない家でやることなんて、たかが知れている。それでもバイト代をいただいている以上、何もしないというのは駄目だと思って掃除や洗濯のために家に行っているけれど、それも決まって翠がいないときを狙っていた。
どうせまたすぐに、翠はどこか遠い地へ旅立ってしまうから。顔を合わせたら、絶対に縋り付いてしまうから。僕は翠に会いたくなかった。
一ヶ月以上の間、毎日のように付けられていた項の噛み跡はほんのりと色付いている程で、もうほとんど消えかかっている。偽りの番の印なのだから当然なのだけれど、現実を改めて思い知らされたようで、やり場のない虚しさに包まれた。
それだけ長いこと会っていないと思うと、寂しくて寂しくてたまらない。もう自分の心を誤魔化せないほど、翠に恋焦がれていた。
(今頃、翠は何万人ものファンを魅了しているんだろうなぁ……)
忙しい合間を縫って、近況報告のように毎日届くメッセージに、今日は西の方でコンサートだって、確かそう書かれていたはず。この街から出たことのない僕にとって、未知の世界だ。遠い遠いその場所から、今日、翠が家に帰ってくることはないだろう。
一週間ぶりに訪れた翠の家。ドアを開けた瞬間、彼の残り香を感じて、無意識にすうと大きく息を吸い込んだ。湧き上がる欲望。心が揺らぐのを必死に抑えて、掃除に取りかかる。
滅多に家にいないおかげで、特に目立った汚れはない。……僕がいる意味あるのかな。そう考えてしまうのを必死に打ち消して、掃除を終えた僕は今度は洗濯に取りかかる。
洗濯カゴの中に入っている、一着のシャツ。手に取った瞬間、鼻腔を蕩かす香りが漂ってきて、胸の奥が疼く。我を忘れてしまいそうになるのをなんとか耐えながら、それ以外を洗濯機に放り込む。
(……これはだめ)
(洗ったら消えちゃうから、だめ)
洗わなきゃいけないと頭では分かっているのに、本能的にそれを拒否してしまう。皺になるほどシャツを握り締めながら、まるで夢遊病にかかったみたいに覚束無い足取りで窓際に向かう。
締め切ったカーテンの中に入り込んで、そのまま座り込む。空は太陽が沈んだ代わりに、月が顔を出していた。抱え込んだ膝にシャツを乗せて、顔を埋める。ぼーっと外を眺めて、僕は大人しく洗濯が終わるのを待っていた。
あなたにおすすめの小説
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
親に虐げられてきたβが、Ωと偽ってαと婚約してしまった話
さるやま
BL
◆瑞希(受け)語り
□アキ(攻め)語り
攻め→→→→←←受け
眞鍋秋人(攻め)
優秀なα。真鍋家の次期当主。本質は狡くて狡猾だが、それを上手く隠して好青年を演じている。瑞希にはアキさんと呼ばれている。
高宮瑞希(受け)
Ωと偽っている平凡なβ。幼少期の経験からか自己肯定感が低く、自分に自信がない。自己犠牲的。
有栖蕾
花の精のように美しいと名高い美少年のΩ。アキさんの元婚約者(と言っても、正式な婚約関係になく、幼少期の口約束程度)であり、アキさんのことをまだ好いている。瑞希のことを秋人の婚約者として紹介され、許せない相手になった。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。