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新しい風

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 なんだか気まずい空気の漂う僕らを安全運転で送り届けた楠木さんは悠々と走り去っていく。この空気にした張本人のくせに、全く気にも留めていない去り際のいい笑顔が脳裏にこびりついている。

 あの人、僕らの関係を面白がっている節がある。今回だって、絶対にそう。楠木さんに頭が上がらない僕は文句ひとつ言うことすらできないのだけど。

 そして黙り込んだ律に手を引かれた僕は、導かれるがままにソファに腰掛けた。


 「……言い訳に聞こえるかもしれないけど、近いうちに話そうとは思ってた」
 「うん」
 「一年以上前から声をかけられてて、最近やっと話がまとまったんだ」
 「それがファッションショーのお仕事?」
 「そう、夏にフランスで開催されるやつ」


 どんな仕事が決まったかなんて、守秘義務があるから言えなくて当たり前なのに。黙っていたことを申し訳なく思う必要なんてないのに。

 いつだって律は誠実だ。そういうところが好きだなあと思う。

 ランウェイを堂々と歩く律の姿を想像しただけでたまらなくなる。

 神様が産んだ生きる光源。彼が瞬きをする度に煌めきの音が聴こえるし、あまりにも眩しくて未だに目が慣れないほど。世界中が更に東雲律に夢中になることを予言できる。

 腕のいいカメラマンが勢揃いするだろうし、写真にも期待できる。ネットニュースは国内外問わず全てチェックしなきゃ。


 「はぁ、またそんな目キラキラさせて……」
 「だってすごいじゃん! めちゃくちゃ楽しみにしてる!」
 「……紡さ、スーツケースの中に入れたりしない?」
 「え?」


 純粋に喜んでいれば、どろりと濁った瞳が恨めしげに見つめてくる。何を言われたのか理解が追いつかなくて、意味の無い音が口から零れた。


 「一週間も離ればなれとか無理だよ。紡も連れて行きたい」
 「いや、普通に捕まるでしょ」
 「じゃあ、ついてきてくれる?」
 「無理、ランウェイ歩く律を生で見たら即死する自信しかない」
 「ほら、またいつものじゃん。楠木さんも紡は置いていくとか酷いこと言うし……」


 真顔で何の躊躇いもなく淡々と話す姿を彼のファンが見たらどう思うのだろう。もう手遅れだと匙を投げるだろうか。

 珍しく仄暗いオーラを纏った彼からぶつぶつと放たれる文句が止まらない。


 「俺ばっかり離れがたくなってる。最初からそうだったけど」
 「律、」
 「紡からの愛が足りない……」
 「わかった、わかったから!」


 態とらしい嘆きを止めようと、少し冷たい彼の手を握った。お前は何を与えてくれるんだと伺っているのが伝わってくる。


 「ファッションショーが無事に終わったら……、」
 「終わったら?」
 「…………一緒に、住んでいい?」
 「ッ!」


 その期待に答えられるか分からないし、律の反応を見るのが怖くて俯きながら言えば、一拍置いた後手を引かれて力強く抱きしめられた。


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