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はじまりの歌
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しおりを挟む目の前の現実が受け止めきれなくて、僕は咄嗟に視線を下に向ける。それでも目を向けられていることをびりびりと感じて、萎縮してしまう。
(早く……、早くこの場から立ち去りたい)
僕なんかを見つめないで。
貴方の目に映るつもりはなかったんだ。
律に届くわけないって思ってたから、あんなに気持ちを込めて歌えたのに。それを聞かれただなんて、最悪だ。律の耳を穢してしまった。
だけど、今の状況は逃げ出すことを許してくれない。そっとバレないうちに涙を拭えば、タイミングよく司会者が声をかけてくる。
「お疲れ様でした。いや、すごい歌声でしたね」
「……緊張、しました」
「歌い終わると一気に別人みたいですね」
はは、と愛想笑いを返すことしかできない。放送事故になる前に審査員が一斉に話し出す。
「俺のイチオシだからね。歌うと人が変わる、そういうところも魅力的だよ」
「トレーニング無しでこれでしょう? これからがすごく楽しみだわ」
興奮した様子で口々に褒め称えてくれる。身に余るほど光栄だ。
それなのに、ちっとも頭に入ってこない。唯一無二の存在の前から早く姿を消したい、頭の中はそればかり。
だから、どうか律にだけは話を振らないでほしい。
「スペシャル審査員の東雲さん、いかがでしたか?」
そんな願いも虚しく、司会者は楽しそうに律に声をかけた。暫くの逡巡の後、律は口を開いた。
「…………生で聴けるのを楽しみにしてました、今日は来てよかったです」
唇に弧を描いた神さまは、まるで僕の存在を知っていたかのような口ぶりで話している。そんなこと、ありえないのに……。
これまで媒体を通して聴いていた律の声が直接耳に入る。その事実だけで死んでしまいそう。
もう何も聴きたくない。この声だけを聴いていたい。オタクが顔を出すけれど、夢の時間は終わらない。
「俺の大事な曲を歌ってくれてありがとう」
嗚呼、神さま。
僕は律が好きすぎて夢でも見ているのでしょうか。
そんな言葉をかけてもらえたのが信じられなくて前を向けば、目の合った律がウインクを飛ばしてきた。もうカメラに抜かれていないそれは、僕だけに向けられたもの。
「ッ!」
当たり前に息が止まった。ファンサービスが過ぎる。もうこの記憶だけで明日から何だって頑張れそう。
全身が熱くなったまま、夢見心地な気分で僕はスタジオを後にした。
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