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首筋に花びら

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 「いなくならないで……」
 「……」


 それは、昨夜僕が伝えた言葉と同じ。
 感情を隠そうともせず、ただ淋しいと切実に伝えてくる。

 だけど、僕は頷くことはできない。その願いを叶えられるのは、僕じゃない。

 律にお似合いのひとはいくらでもいるから。彼のそばにいるのは、僕なんかじゃなくていい。

 でも、こんな弱った律を置いて行くのは良心が痛む。
 彼を傷付けたくない。幸せでいてほしい。
 葛藤が僕の行動を抑制する。

 
 「紡、」

 ~~♪


 掴まれた手にぐっと力が入る。
 律が何かを言おうとした瞬間、スマホの着信音が静かな部屋に喧しいほどに鳴り響いた。

 その音を聞いて、ハッと我に返った。
 違う、僕のいるべきところはここじゃない。

 何とか手を離そうも試みるけれど、律もそう簡単には許してくれない。


 「電話、出ないと」


 早く出ろと急かすようにスマホは鳴り続けている。

 仕事の連絡だったら、たくさんの人に迷惑がかかる。業界人からの評価も高いのに、律の好感度をこんなことで落としたくない。

 諭すように言うと、律は苦虫を噛み潰したような表情で僕を見上げる。

 たぶん、律はわかってる。
 手を離したら、僕がいなくなるってこと。
 ……ごめんね、律。その通りだよ。



 そうしているうちに着信は一旦切れたけれど、間を置かず、またすぐにスマホがうるさく主張し始める。

 こんな朝から何度も電話をかけてくるのだ。よっぽど重要な用事なのだろう。


 「お願い……」
 「…………わかったよ」


 これ以上、貴方の負担になりたくない。

 消え入るような声で頼むと、律は本当に渋々といった顔で僕の手を離し、スマホを手にとった。


 「……もしもし」


 聞いたことのない、冷たく暗い声で律が電話に出る。感情を持たない視線は、僕にロックオンしたまま。

 彼の電話が終わるのを待っていられる程、僕の心臓は強くない。ここはいわば天界、凡人の住むところじゃない。


 (律……、さようなら)

 もう貴方に会うことはないけれど、誰よりも幸せを願ってる。

 表情が崩れるのを我慢するために唇を噛み締めて、僕は律に一礼すると、そのまま早足で家を出る。

 最後に見えた、捨てられた子犬のような顔をした律が、走っても走っても脳裏にこびりついて離れなかった。


◇◇


 「律さん、聞いてますか? あと十分で着きますからね」
 「ああ、わかってる」


 マネージャーとの通話を終えた律がベッドに沈む。

 淋しい。虚しい。悲しい。
 この世にある負の感情を全て集めて煮詰めたみたいな、そんな心境。

 彼を腕の中に閉じ込めたとき、これ以上ないほどの幸せを感じたのに……。紡がいない今は、ぽっかりと心に穴が空いたみたいだ。

 律は天井を仰ぎ見て、自分を取り巻く環境に絶望した。


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