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決定権は僕にない
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しおりを挟む「あんなことをしておいて身勝手なことを言ってるのはわかってる。でも、……嫌いに、ならないで」
律もそんな顔をするんだ。
なんだか一気に緊張の糸が弛んで、ふと笑みが微かに溢れた。
「僕が律を嫌いになるなんてありえないよ」
それは僕の世界の常識。律は僕の全てだ。
ずっと追いかけてきたんだ、今更嫌いになれるわけがないだろう。
律には何をされたっていい。
だけど、僕みたいな何の取り柄もない穢れた人間が神さまの傍で呼吸をしている。それが何よりも嫌なんだ。
だから律に対して怒ったことなんてないし、恨んでもいない。泣きそうになりながら謝る律に同情さえしてしまう。
僕のことなんて、すぐに忘れてしまえばよかったのに。そうすれば、優しい律はきっと傷つかなかった。
「あの日のことは絶対口外しません。だから安心して、僕のことは忘れてください」
「紡は何もわかってない!」
淡々と述べる僕をキッと睨んだ律が声を荒らげる。その声が反響して、空間にヒビが入った。
「分かってる。お互いに全部忘れて、なかったことにしてしまえば元通りなんだよ」
「ちがう。忘れたくないから、紡を繋ぎとめたいから、こうして話してる。どうでもよかったらここまでしない」
律に圧されて数歩後退りをすれば、背中に冷たいドアの感触。
「……どうして律が僕なんかに、」
「好きだからに決まってんだろ」
「……っ」
バンッと叩かれたドアが悲鳴を上げるのと同時に、言葉にならない声が漏れた。
何を言われたのか理解できなくて、日本語を全て忘れてしまったみたい。
画面の向こう側で、いつも見ていた。
芸能人を好きになって、更にはそれが男の人。誰にも言ったことのない、秘密の片思い。
八年間ずっと好きだったひとが僕のことを好きだと言う。最近信じられないことが起こりすぎていて、あまりにも現実味がない。今回こそ、どこかにカメラでも仕掛けられているんじゃないかと疑ってしまう。
だってこれまで一方的に想いを寄せていたのに、認知されて、終いには矢印がこっちに向く日がくるなんて聞いてない。
僕なんかを好きになる律なんて、解釈違いも甚だしい。そう思うのに、心がきゅんとときめいてる。
「紡のことをもっと知りたい」
「…………」
「だから忘れるなんて言わないで」
弱々しくそう呟いた律は、僕の肩に顔を埋めた。
あんなに遠いと思っていた神さまが、すぐ傍にいる。呼吸をするのも忘れてしまって、指一本動かせない。
バクバクとうるさい心臓の音が聞こえてしまっているだろう。
「あのっ、僕は……」
必死に絞り出した声。
ちゃんと話を聞こうと律が顔を上げる。
近い……。
太陽を直接見てしまったときのような、あまりの眩しさに目が潰れそう。
「……律とは、」
「ん」
付き合えません。
そう続けるつもりだったのに、うるうると涙で潤んだ瞳が訴えかけてくる。
目は口ほどに物を言うとはこのことか。
言おうとしていた言葉をぐっと飲み込んでしまう。
「…………お友達からでお願いします」
結局、僕は律に弱いのだ。
だって、律の頼みを断れるわけがないだろう。
神さまの仰せのままに。最初から決定権なんてものは存在していなかった。
最大限譲歩して思いついたのが『友達』だった。苦し紛れの提案なのに、律は嬉しそうにぱあっと笑って、やったーと周囲に花を飛ばす。
神さまと友達になってしまった……。
これからどうしよう、と内心震える僕の耳を指先で擽った律が表情を一変させてにやりと不敵に笑う。
「紡のこと、諦めたわけじゃないから」
「……え?」
「これからよろしくね」
あ、僕、間違えたかも。
パチンとウインクを飛ばす律に赤面しながらも、僕は自分の言ったことを後悔していた。
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